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村人31

「……最悪な気分だ」


 吹き荒れた地面に寝転がっていた俺は雲一つない晴天を見ながら目を覚ました。


 手で首を触り、繋がっていることを安堵しながら大きく息を吐き出す。


 あれは無理だ。今のままでは絶対に勝てない。固有技を使えなかったとかの話ではない。


 力の差が酷すぎる。


 レベルが開きすぎているのが原因だろうか。俺自身もレベルが上がり、黒ゴブリンの動きは読めていた。攻撃に合わせて防御もできていたのだ。


 なのに、俺の防御力を嘲笑うような強さ。


 どうにかして、黒ゴブリンからカギを奪い取らなければいけないのだが、不可能に近い。


 次の階層にさっさと行って、その階層を攻略すれば地上に出られるというのに暗澹としてしまう。


 いっそ、黒ゴブリン用に罠でも作るか。力業で無理やり覆されそうだが。


 ウンウンと唸るが、案を練っても通用するとはどれも思えず、単純にレベルを上げるしかないと行き着く。


 だけど、どれだけのレベルを上げれば勝てるというのか。


 途方もなく感じる。


 カギの在処は判明し、後は奪い取るだけ。それなのに、難易度が跳ね上がっている。


「レベル上げって、オークかウルフを倒すしかないよな……」


 勝てるだろうか、という不安はある。


 俺のレベルも異常に上がっているから、一対一なら勝機はあるはずだが……。


 ポケットに入れていた鑑定石を起動する。


 現在、俺のレベルは389だ。


 最強と言ってもいいぐらいのレベルである。勇者の八倍だ。国の騎士長よりも遥かに高い。


 固有技を使っていないとはいえ、ゴブリンにはこれで完全敗北した。


 だが、あれは例外。この階層で一体のみの災害みたいなものだろう。どうみても勝てなさそうなアルラウネも中央に居るが、あれは無視していい奴だ。


 群れで行動しているオークやウルフは、ゴブリンよりも弱いはず。そうじゃなければ俺はこの階層で延々と囚われることになる。


 勝てる相手を見つけ、ひたすら狩るしかない。


 そして、黒ゴブリンにリベンジだ。


 そうと決まれば、方針は決定した。俺は太ももを叩いて立ち上がり、気合いを入れる。


 やるのはレベルを上げること。ついでに、固有技を使って効果を確認。


 あとは最優先で食料と水の確保か。安全な寝床も見つけよう。


 ――俺はダンジョン攻略を開始する。


 



 階層の中央部分から離れ、森林地帯を主に探索する。


 中央に鎮座するアルラウネから距離を取った形だ。


 階層の外側は森が多く、崖のような山岳によって行き止まりとなっている。崖を登っても、その先は行き止まりだ。上から落ちたときにチラっと見えていたが、崖の反対側なんてものは無かった。


 出口は壊れた遺跡の扉だけ。


 階層を囲うように崖の壁が円を描くように配置され、森が生い茂っている。


 中央に近くなるにつれて熱帯地域に変わるとアルラウネが伸ばしている蔓や、小さな蔓が細い木に巻き付いているものになる。


 横幅が広い十字に流れる川もあるが、濁りすぎていて生物が生息しているのかは謎だ。多分、食える魚は居ない。


 俺がダンジョン攻略にあたり、真っ先にフロアの外側部分の森を選んだ理由はレベル上げと食料探しだ。


 森には灰色のオークや銀色のウルフが生息し、俺はそいつらを狩りつつ水と食料を探す。


 森の中を歩きつつ、散策中。


 普通の木々が生い茂り、草とか生えている。足場はそこまで悪くはなく、たまに木の根が浮き上がっていて躓きそうになるぐらいだ。


 これだけ木が生えていれば食べれそうなものもありそうだが……。


 動物と呼べるべきものは見ていない。遠目で確認出来たのはオークとウルフだけだ。


 木の実とか花とかもない。木々が乱立しているだけ。


 何なんだ、このダンジョンは。


 不自然なほど食える物がない。


 普通の森だったら、何かしらあるはずだ。あんまり食べたくはないが、キノコだったり、虫だったり。


 俺の村の近くはそうだった。


 なのに、森にはオークとウルフが生息しているだけ。


 あいつらは何を食べているんだ。木でも食ってんのか。


 気になって見かけたオークを尾行してみた。


 大半が群れで行動しているが、一匹で単独行動をしているオークが何匹か居るのだ。


 見た目は豚のような顔に、人と同じように二足歩行をしている。特徴は灰色の皮膚に、眼が真っ黒。


 第一印象が恐ろしい見た目で近づきたくはなかったが、レベルを上げるためにも狩るしかない。


 ただ、こいつらの食料事情が知りたくて、はぐれているオークを尾行した。


 やたらと大きいオークは足取りをふらふらとしながら木に体をぶつけつつ、進んでいく。歩くと反動で地面が僅かに揺れていて、重量感が凄まじい。


 距離を取りつつ、灰色の背中を追っていると途中で水場があった。


 森の中にある泉だ。透明な水で、木に囲まれている池のようなものだった。


 ただ、オークは水を飲むでもなく、スルーして森の中を進んでいく。


 俺はオークの背中と泉に照準を迷わせつつ、二往復すると欲望に負けて水場に顔を突っ込んだ。


 色合い的に毒沼とかではない。普通に飲めそう。


 少しだけ口に含んで確かめ、問題ないことを確認すると喉を鳴らして水を飲み込んだ。


「うま……」


 腹が膨れるほど水分補給すると餓死感も薄れ、生き返った心地がする。


 俺は一息つき、決めた。


 この近くを拠点とする。周辺で良いところがあれば寝床を作り、食料は何とかする。大事なのは水だ。


 泉の場所を頭の中で地図を作ると周辺の捜索を再開する。


 数メートルも歩いていないが、怒号が聞こえてきた。


 オークの声だ。さっきの奴だろうか。


 俺は様子を見に向かい、怒号が鳴っている場所まで行くと木の陰に隠れて様子を窺った。


 オークが二体居る。


 どちらも同じ灰色のオークだ。


 そして何故か、二体で取っ組み合いをしていた。


「……同士討ちか?」


 じゃれ合うというより、殺し合いをしていた。巨大な体躯でぶつかり合い、大口を開けて首筋に噛みついたりしている。


 化け物同士の戦闘だ。木々が薙ぎ倒され、地面が陥没するほどの力で殴り合っている。


 動きは黒ゴブリンほどではないが、膂力は倍以上ありそうだ。


 普通に強そうで、一歩引いて遠巻きに眺めてしまう。


 森を破壊しながらの攻防は、やがて一体のオークが力尽きたことで終わった。


 勝者となったもう一体のオークが死体に近付き、大口を開ける。


 バキバキという咀嚼音が響く。骨ごと喰っているのか、無我夢中で肉塊を口に持っていっている。


 同族なのに、オークは貪り喰うように血を滴らせていた。


 俺はそれを暫く見詰め、おぞましい魔物に冷や汗をかく。


 背中を向けるオークは食事に夢中だ。俺のこともバレていないし、隙だらけである。


 ふと、思う。これはチャンスではないかと。


 奇襲が成功する確率が高い。


 剣が通用するか知らないが、レベルは上がっている。ステータスの攻撃力は高く、俺の一撃は大樹ですら真っ二つにするだろう。試してないから知らんけど。


 ステータスが表している数値が正しければ、それなりの破壊力を持っている。


 俺はオークの首を落とし、レベル上げの糧にする。


 これ以上の好機はない。


 剣を静かに抜くと唾を飲み込み、俺は前へ足を踏み出した。


 オークの元へと駆けていき、剣を振りかぶる。


「う、らぁあああッ!」


 背後からの攻撃は容易く通った。


 右手に持っていた剣はステータスの上昇に伴って重みを感じず、全力で振り抜いた刃はオークの首へ直撃する。


 森に鈍い音が響いた。


 それと視界の端、宙に舞った剣の切先。


 まさかの半ばから剣が折れた。右手に持っていた重みが無くなるや、俺はすぐに手放して臨戦態勢を取る。


「ブヒュ?」


 豚顔のオークが振り向く。


 真っ黒い瞳と、目が合う。


 まるで、攻撃が通用していない。


 立ち上がって振り向いた巨体は俺の数倍の背丈があり、血だらけの大口を開けたオーク。


 俺は踏み込んで殴り付けた。


「うぁあああっ!」


 レベル389の渾身の一撃。


 空気が震えるほどの威力で、オークの腹に叩き込む。


 オークの全身に波動が行き渡り、殴った箇所が少し窪んだ。


「ブフォォォッ!」


 オークが吠えた。


 俺の攻撃は通用している……?


 上を見上げ、オークの顔を見ると割けるほど口を開いている。


 嗤っていた。


 俺の攻撃は痛くも痒くもないようだった。


「ひっ……! くっそおおおッ! 死ねよ!」


 背筋が凍るほどの恐ろしさに、俺は勇気を振り絞って何度も拳を振るう。


 腹に叩きつけた連打は灰色のオークを揺らし、反動で俺の手首が折れて曲がる。


 それでも、痛みなんてものは感じずに俺は殴り続けた。


 ――がむしゃらな連撃。


 しかし、これほどやっているっていうのに、オークは平然と攻撃を受け、倒れる気配はない。ダメージを与えられていないのだ。


 オークが両腕を開いて動き、俺を鷲掴みにした。


 持ち上げられて、地面から足を浮かされた俺はバタバタと悪足掻きする。


 挟まれた片手は頑丈で、拘束をほどけそうにない。


 弛むこともなく、オークと視線が合った。


 灰色の豚顔が黒い瞳で俺を見下ろし、大口を開けている。


 血が付着した口内が、ゆっくりと近付いていく。腐臭が届いた。


 オークは俺を喰うつもりだった。


 逃れることも出来ず、俺は咄嗟に叫ぶ。


 女神様が与えた恩恵――固有技を。


「――ブラド・トゥールッ!」


 視界が真っ赤に染まった。

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