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30

 俺は水の音で目を覚ます。


 顔を上げて、やたらと粘着力のある血を拭う。


 川の傍にある木陰で倒れていた俺は両手と両膝を着いて、自分の血を呆然と眺める。


 地面が一面に赤黒く変色していたのだ。


「これ、全部、俺の血かよ……」


 どうみても出血多量だ。


 これで生きているのはこの際置いておき、一息つこうと起き上がる。


 そこで、気づいた。


 真横に灰色のオークが転がっていたのだ。


 俺の十倍ぐらいの面積をしたオークである。それが倒れており、顔から血を噴き出していた。


「うっ、あ」


 明らかに多量な血の海は、オークのものも混じっていたからで、俺は慌てて飛び退いて距離を取る。


 全身灰色のオークが俺のすぐ横で倒れていた。心臓に悪い。


 反対側でウルフと戦っていたやつだろうか。肩や腹を食い破られている形跡が見られる。


 オークの死骸だ。


「……本当に死んでるよな、こいつ」


 石ころを拾って投げてみるが、当たったオークは身動き一つしない。


 血を噴き出した俺と全く同じ症状なんだが、あの果実でも食べたのか。


 ちらりと木陰に散らかっている果実を見るが、減っている形跡はない。


 どういうことだろう。豚顔の空いている穴という穴から血が流れているが。


「まあ、いいや。んなことより、逃げるか……」


 観察するのを中断し、重い腰を起こす。


 近くにはオークやウルフが彷徨いている。


 身の危険をひしひしと感じながら、俺は川沿えを歩いていった。


 ちなみに、あの果実は捨てた。毒入り果実とか食いたくもないからな。





 ふらふらしてくる。


 暑くて上着をパタパタと煽り、風を送ってみるも生温い。


 とにかくカギを探すために散策しているが、一向にカギらしき物すら見当たらない。


 俺が考えるに、カギは魔物が持っているか、遺跡みたいなところに置いてあるかどちらかだ。


 確証もないし、ただの当てずっぽうだが、そんなところだろう。


 そもそも、アルラウネの目の前に壊されていた遺跡のような場所がもう一つあって、カギが鎮座されているべきだ。そうしないと見つかる物も見つからないだろ。


 もしくは、アルラウネ本人が隠し持っているか。


 アルラウネを探す場合、寝ることが分かっているので、そのときに挑戦する。今は他の場所を手当たり次第に探るのだ。


 そんなことを考えながら無心で歩いていると躓いた。細い蔓が幾重にも延びていて、片ひざを着く。


 いつの間にか、緑が豊かな森部分から熱帯地域まで来ていた。


 躓いたときに落ちてしまった物を拾う。


 簡易用の鑑定石だ。


 ゴブリンを倒したぐらいで変わりないと思うが、一応やっておくか。今の現状を打破するスキルを覚えているかもしれない。


 というか、なんかスキルを覚えていてくれ。


 俺は期待して、一覧を見ていく。




 ダクト・ファーム。男。


 Lv389 クラス、不死者。クラス特性により、死の概念が無くなる。


 攻撃力389

 防御力389

 素早さ389

 技術17

 魔力48


 スキル。


 固有スキル。

 粒子再生、痛覚耐性、不老。


 固有技。

 ブラド・トゥール。


 ユニークスキル。

 女神の加護‐生を求めた者。



 

「なんだ、これ……」


 三回も見直した。


 鑑定石が壊れているんじゃないのかと思ったが、俺の情報が事細かに表示されていて、正常に動作している証拠となっている。


 数値が色々とおかしい。クラスや固有関連のものまで取得している。


 しかも、女神の加護の横は空欄だったのに書かれていた。


『生を求めた者』


 いや、確かに生きたいと思ったさ。


 だけど不老とか不死を望んだわけじゃないんだ。


「……でも、合点がいった。俺は死なない体になったんだ」


 アルラウネに串刺しにされても死なず、ゴブリンに殺されても死なず、毒果実を食べても死ななかった。


 痛覚もほとんど無かったし、スキルや加護のおかげだったんだ。これだけの恩恵があれば、ダンジョン踏破も夢ではない。


 レベルの上がり方は異常だったが、推測するとオークを倒しているはずだ。


 あくまで予想にすぎないが、毒果実で死んでるときにオークが食って、そのまま毒で死んだのではないだろうか。


 上の階層でゴブリンを倒したが、あれは雑魚である。こんな大幅には上がらないだろう。


 ここの階層の魔物の強さが比例して凶悪ということだが、死なない体なら勝てるはずだ。


 そうして、俺は意気揚々とカギ探しを再開する。





 暫く探し回り、ついにカギを見つけ出した。


 細い蔓が木に絡み合い、その間から視認できている。


 持ち手が丸い輪っか状で、白い鉄で作ったようなカギだ。そのカギを魔物が持っていた。


 平坦な地に細い木が乱立している場所で、足元に無数なほど蔓が伸びている所である。


 そこに奴が居た。


 偶然再開した黒ゴブリンがカギを持っていたのだ。


 背丈が低く、全身黒色なゴブリン。立派な剣を腰に下げ、濁った瞳でほっつき歩いている。腰には灰色の毛皮が巻かれており、その内側にカギがあった。


「……あれだよな」


 パッと見ても形状は同じだ。間違いなく次の階層へ繋ぐ扉のカギだ。


 取るしかないだろうか。あのゴブリンに勝てる気がしないのだが。


 苦い記憶が甦る。一殴りで上半身を分断された。あの一撃は凄まじかった。


 今の俺で勝てるのか。レベルは相当高く上がっている。


 忘れそうになるが、固有技すら手に入れているのだから好機は掴めるはず。


 やるしかない。やろう。


「キヒっ?」


 奴の索敵範囲に入ったらしく、後ろを振り返ったゴブリン。忍び足で近付いていたが、奇襲しようという考えは甘かった。


 俺は剣を構え、相対する。


「キヒッ、キヒッ!」


 俺のことを覚えていたのか、指を差して笑っている。


 だが、生易しい笑みを浮かべているわけではなく、捕食者の目をしている。


 濁ったままの瞳のはずなのに、いたぶる相手が見つかって歓喜しているように俺には映っていた。


「……カギをくれれば、危害は与えないぞっ!」


 通じるか分からない言葉を放つ。


 目の前の魔物は応えるように口角を裂けるほど歪め、奇声を上げた。


「キヒヒッ!」


 ――嗤ったゴブリンが地面を踏み抜く。


 片足で踏んだ地面の周りが浮いた。遅れて轟音が響き、一瞬で懐まで入ってくる。


 その動きは今までは見えなかったが、今回はぎりぎり視認出来ていた。


 ゴブリンの拳を防御するため、右手を合わせる。


 風圧で手の皮が震えたが、ゴブリンの拳を包み込む。


 そして、俺の手のひらが貫かれた。


 爆散する右手。鮮血が散った。


 ――やばいやばいやばい。なんだ、こいつ。嘘だろ。


「キシャッ!」


 ゴブリンが小さな手で俺の顔を鷲掴みする。


 俺は焦り、咄嗟に閃く。


 固有技だ。女神の恩恵で与えられた固有技を発動するしかない。


「ブラド・トゥ――ぶッ!!」


 顔面を勢いよく地面に叩き付けられた。


「キシ?」


 前歯が折れて、鼻血が出ているが、痛みがほとんど無い。


 顔を上げるとゴブリンが首を傾げ、剣を抜いたところだったが、俺は言い直す。勝つにはこれしかない。


「……ブラド・ト――」


 刃が首にめり込む。


 スッパンッ、という小気味の良い音が鳴る。


 最後まで言い切る前に首を落とされてしまった俺は宙に浮かぶ景色を眺める。


 空が見え、細い木が視界に入り、ゴブリンが眼下に居た。


 黒のゴブリンは両手で持った剣を体重に乗せて振り抜いていた。剣技なんて代物ではなく、ただの力業だ。


 ゴブリンがそのまま剣を振り抜いた流れで地面に当たり、衝撃の余波が吹き荒れている。


 俺はハネられた頭で、地面が分断しているのを眺めながら思った。


 ……この、ゴブリン。レベルが違いすぎる。

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