29
腹を満たせるものを探しに密林地帯を歩き、細い蔓に足を取られないように気をつける。
見たこともない葉っぱや草を掻き分け、川に沿って歩いていくと近くからウルフとオーク達の怒号が聞こえてきた。
争っている音が絶え間なく響き、咄嗟に隠れる。
「怖すぎだろ……」
襲われたら、ひとたまりもない。俺はそそくさと逆のほうへ退散する。
暫くすると川の浅瀬を見つけた。靴を脱いで渡る。
反対岸に着くと、密林地帯ではなく段々と木々が生い茂ってきた。
アルラウネが居た周辺は密林という名の訳分からない植物が生息していたが、ここは普通の木だけ生えている。
これなら水源や食べ物も期待できそうだ。もしかしたら、魔物ではない普通の動物も居るかもしれない。
目を凝らして森の中を練り歩く。
そして、そろそろ足も動かなくなってきそうなときに見つけた。
一本の木に生えている果実らしきものを――。
旨そうに熟している果実だった。
だけど、直ぐに取りにはいけなかった。
どうやらここはウルフの縄張りらしく、木々の近くを徘徊しているのだ。音や匂いでバレそうな気がして距離を取り、俺は茂みの中でチャンスをひたすら窺う。
木の果実は絶対に旨い色身をしている。真っ赤で、艶がある。
熟れすぎたものは地面にべちゃりと落ちていて勿体無く感じる。あれも食べれるだろうか。
近くを通るウルフはそれすらも食べる様子がなく、果実に興味を示していない。魔物は肉食だけなのだろうか。普通の狼なら喜んで食べそうだが。
まあいいや。俺は茂みに身を潜め、息を殺すように機会を待った。
とりあえず、食べたい。何でもいいから腹に入れたいし、もう探し回るのなんてごめんだ。
あれは絶対に俺が食う。
ウルフがどこかへ行ってくれたら速攻で走り、全部もぎ取ってやる。
果実がある木は背丈が低く、枝が何本も別れているところに果実がたくさん実っている。
枝は他の木と同等まで長く伸び、枝だけが伸びた不格好な木だ。
見たこともない木から実った果実だが、この際どうでもいい。あの果実は食える色をしている。
早くどっか行かねえのか。あのウルフ。
そう思いつつ、見事な毛並みをしているウルフを凝視する。銀色の毛並みを持つウルフは涎を垂らし、鋭い歯を見せながら地面をクンクンしている。
そしたら、念が通じてくれたのかウルフは――こちらのほうを一度見たような気がしたが――無事にどこかへ行ってくれた。
よっしゃと叫ばずにはいられず、早速ダッシュで赤い果実の元まで走る。
ウルフが来ない間に全部摘んでおこう。
欲望をただ漏れにしながら服の裾を広げ、そこへ果実を投げるように入れていく。
十個ほど入れたところで、乗せた果実が満杯になり持てなくなる。もう少し果実は残っていたが、欲張りすぎてウルフに追いかけ回されるのも嫌である。
ここらで見切りをつけ、また来ることにして俺はこの場から去った。
川のところまで戻り、木陰で果実を頬張るとしよう。
この炎天下。綺麗な水であれば飲みたいのだが、川の水は濁っていて飲めそうにない。数日はこの果実で代わりに水分補給も兼ねるしかないな。
とりあえず、一つを口に持っていき咀嚼する。
シャリっという音と瑞々しい甘味が口内に広がる。
唾液が溢れた。
少しだけ鉄の匂いがするが、とてつもなく美味しい。
なんか、久しぶりにまともな食事をしたような気がする。
勇者に囮にされて、アルラウネの蔓にみんな殺されて、俺も死んだ。なのに生きていて、また黒いゴブリンに殺された。
本当に、わけ分かんねえ。
涙が出てくる。
「うまい……」
シャリシャリと二個目を食べていく。
鉄の匂いが凄く強くなった気がするが、味は変わらない。
ダンジョンから抜け出せるのか不確かで、現状もカギが無くてどうすることも出来なくて辛すぎる。これを腹一杯に食べたらとにかく頑張って探すしかないだろう。
鼻水が出てきそうになるのを啜り、果実にかぶり付く。
「……帰りてえ」
ティナの元へ帰って笑顔を見たい。お帰りって言ってもらえるだろうから俺はただいまって返して抱きしめるのだ。
涙が止まらなくて拭う。
もう一個、果実を食べようとして、涙を拭った右腕に違和感があった。
視線が止まる。
「え?」
真っ赤だ。まるで、血を流したような色をしている。
手で涙のあとに触れる。
赤い。血だよな、これ。
垂れてくる鼻水にも触る。
鼻血だ。炎天下にやられたのだろうか。
ずっと溢れて疑問にも思わなかった唾液は、果実を食べていないのにどんどん溢れてくる。口内から外に唾を吐いてみた。
真っ赤な色をしている。
これ、全部俺の血だ。
は?
過るのは食べていた果実。
――まさか、これ毒なのか。
俺はそれだけ呟くと、ぐにゃりと視界が歪んでがくりと地面に倒れた。




