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 どれぐらい時間が経ったのか。そう長くもないような気もするし、ずっと寝ていたような気もする。


 ダンジョンの上空に位置する青空は快晴で時間を知ることはできないが、俺は意識を覚醒させた。


 上半身を曲げ、改めて周りを確認する。


 分厚い蔓が周りにたくさんある。緑色だらけだ。あと、陽射しが強く、湿気が多いのか蒸し暑い。


 思考し、状況を理解しようとするほど混乱が大きくなる。


「……なんだよ、これ。なんで、俺は生きてんだ?」


 という、話になるのだ。


 俺は死んだはずだ。


 蔓に串刺しにされ、勇者達の囮にされたことは覚えている。痛みだって味わった。地面の崩落に巻き込まれ、下の階層に落ちたのも記憶にある。


 上を見上げてみれば、太陽のない青空。中央には中途半端に伸び、壊れかけた螺旋状の物体がある。


 あそこが先程まで進んでいた道だろう。


「あれから落ちたんだよな……」


 何百メートルも頭上にある天井は普通の人間が落ちたら確実に死ぬ高さであるが、どうしてか俺は生きている。


 奇跡的に助かった……?


 んな馬鹿なことあるか。と、一蹴する。


 蔓に串刺しにもされていたんだ。


 そうだよ、俺の腹部は貫かれた。右肩も骨折か外れていて、痛みがあったはずだ。なのに、どこも痛くない。


 上体をずらして腹部や太ももを触り、傷の確認をするが、おかしなことに傷なんてものはなかった。


「どういうことだよ……わけわかんないぞ」


 冒険者用の買った装備には穴が空いている。所々、破けており、鋭利なもので貫かれたことは事実。血のような黒い液体が破れた箇所に付着しているが、肝心の傷跡が残っていない。


「ふぅ……」


 考えたところで、結果は同じか。なので、俺は深呼吸をしつつ、現状の不可思議な現状を飲み込んだ。今はそんなこと考えている場合ではない。


 とりあえず、即刻この場から離れるべきだろう。


 この緑色の蔓は魔物の一部だ。出来るだけ離れて安全を確保する。


 再度、俺を標的に蔓を向けられたら、数秒も持たずに死ねる自信がある。


 自慢じゃないが、俺は弱い。


 今現状を理解できていないが、己の実力ぐらいは把握している。とにかく、俺が生きていることを感謝しつつ、前向きにいこうと思う。


 そして目標として、このダンジョンから抜け出す。そのあとに勇者がクソみたいな行動をしたことを公爵様に訴え、罰を与えてもらう。よし。


 意気込んだ俺は、まずは足を拘束している細い蔓に取りかかった。


「っしょ、と」


 力を込めて引き抜けば割りと簡単に拘束から抜け出せた。剣を使って切るまでもなく、労力を無駄にせず助かった。


 手足が自由になったところで巨大蔓の上から下りる。地面はくるぶしまで生えている草があって、跳んで下りても問題がなかった。


「よっと。さて、どこに向かうか……だよな」


 無事に着地した俺は上を眺めながら悩む。


 ダンジョンを抜け出すには遥か上空に位置する階層に戻らなければいけないのだが、あいにくそこまで行く手段が思い浮かばない。


 空を飛べれば簡単に解決するのだが、俺にはそんな魔法みたいなものはない。


 突然、スキルとか覚えないかな。空飛ぶ魔法とか……。


 まあ、そんな都合よくはいかないのは重々承知で思ったものの、どうしようもないので辺りを探索することにした。


 今居る場所は密林地帯――上から落ちたときに見た――の階層であり、中央にはやたら大きい魔物が鎮座している。


 蔓を操る全身緑色の女型魔物、賢者はアルラウネと呼んでいた。


 そのアルラウネの背面をここからでも見上げることができる。とにかく大きいので階層のどこからでも見れるんじゃないだろうか。


 それぐらい大きくて目立つ。


 アルラウネを中心部として俺は探索に励みつつ、円を描くように宛もなく歩いていく。


 見えるのは蔓や変わった形の木々ばかりだ。


 歩き回ると陽射しが強いから喉も渇くし、腹も減ってきた。ダンジョンに慣れてきたのか、そんな危機感もないことを考えていたら、ふと俺は足を止めた。


 ――仄かに香る腐臭。


 俺はどうしてか、その臭いの元へと駆け足で近付ていく。


 どうしてそっちへ行こうとしたのか、理由は分からない。でも、足が勝手に動いてしまった。


「うっ……ぐ」


 直ぐに吐きそうになった。その場へたどり着くと血の臭いが充満していたからだ。


 死体がそこにあった。沢山の人の死体が。


 平面の一体には、俺を最後まで守ろうとした騎士達や賢者の従者達の躯が転がっており、細い蔓にやられた痕からは生々しい血が少量ずつ流れ、水溜まりを作っていた。


 周りに生えている草は真っ赤に染まり、血を吸った地面が赤黒く変色している。


 俺は出そうになる声を押さえ、必死に嘔吐しそうになるのを堪えた。一言も漏らさないように歯を食い縛り、身を縮こまらせる。


 騎士達の死に様に恐怖を覚えたのは事実だが、それよりもすぐ近くでアルラウネが嗤っている声が聞こえてきたからだ。


 俺は巨大な蔓の影へ体を隠し、顔だけで様子を伺えばアルラウネがこちらを向いていた。


 目線の先には十数体の死体。周りに蠢くのは細い蔓。何かを選ぶ素振りを見せながら死体の周りを往復し、うようよとさ迷っている。


 突然、ビクっと反応すると従者の死体を持ち上げ始めた。


 そのまま、アルラウネの上へと運んでいくのを俺は声を殺して傍観する。その光景には既視感があった。


 アルラウネは耳障りな嗤い声を響かせていて、とても愉しそうに口許を歪めていた。だらりと手足が下がった従者はピクリともせず、やられるがまま手足を細い四本の蔓が拘束し、大の字にさせられていく。


 何をするのか。そう、俺は見ていたら、そのまま反対方向へ力を加えていき、聞いてはならない音を耳にしてしまった。


 骨が外れた音に、細い蔓が肉に食い込んで骨を折る音。


 音が鳴れば、肉体は限界を向かえ、そのまま力を弛めることをしなければ、いとも簡単に引き裂かれていく。


 真っ赤な鮮血が花のように咲いた。


 臓器が四散し、血肉が飛ぶ。両手両足は千切られ、膨大な量の血がアルラウネの口元に付着した。


 血を直に浴びたアルラウネは奇声のような嗤い声をけたましく響かせ、両手を青空へと掲げた。死体で遊んで悦に浸っているようだった。


 血を浴びる、ただそれだけの行為。


 死体を弄ぶ魔物の光景を目の当たりして、俺はよろめく。横にある巨大蔓に片肘を置き、もう片手で口を押さえながら嘔吐するのを堪える。


 覚えがある気持ち悪さ。


 見たことがある、これを。どこで?


 ――暗い中で強制的に見せられた映像。あれは夢じゃなかったのか。


 だが、あの映像では俺は生き絶えていた。


 どういうことだ。あれはこれから俺に起きる光景なのか。


 ふざけんなよ……俺は死にたくないんだ。


 俺は急いでその場から逃げ出す。転けそうになりながらも必死に遠ざかろうと足を動かした。吐きそうになるのを我慢しながら音を立てないように注意し、反対の方へと足早に立ち去る。





「はぁ、はぁ、はぁ」


 息も絶え絶えに呼吸する。


 あんなのを見せられて気持ち悪くならないほうがどうかしているが、見たくもないものを見せられて最悪の気分だ。


 あのような行為をする魔物に対して憤りを覚えてしまうが、これが弱肉強食の世界と言われれば俺には納得するしかない。


 ダンジョンの摂理。強いものが生き残る。


 あの場に留まっていたら俺もああなっていたのかもしれない。どうにか逃げ出せたので大丈夫なのだろうが。


 手近な木々に寄っ掛かりながら一先ず心を落ち着ける。


 この階層に生えている木々は変に折れ曲がっていて蔓と葉っぱが巻き付いているものが多く、アルラウネを連想してしまい中々落ち着けない。


 しかし、バクバクと鳴っている心臓を宥めるように呼吸を繰り返す。


「キヒッ?」


 ひたすら、すぅはぁを繰り返していたら変な声が聞こえて振り向く。


 数メートル離れた先にいたのはゴブリンだった。


「……なんだよ、ゴブリンかよ。あっち行ってろよ、お前に構ってる暇なんてないんだよ」


 しっしと追い払う仕草をするが、ゴブリンは離れていく様子がない。


 というか、よくよく見たら普通のゴブリンじゃないな。


 全身黒い。上の階層で戦ったゴブリンは緑色に黄色い目をしていたが、眼下のゴブリンは肌が黒くて目は濁った白色だ。


 背丈は変わらず、俺の腰ぐらいしかないが。


 ゴブリンは革の腰巾着をしており、身の丈に合っていない剣を腰に下げている。剣は束からして立派なものだった。小さなゴブリンが振れるか怪しいところである。


 ただ、なんか、言葉にしずらいが、異様な雰囲気があった。


 見渡せる限りでは黒いゴブリン一匹である。


 周りの木々は細いものが多く、隙間から辺り一体を見渡せるが、こいつは野良で間違いない。


 ゴブリンは一匹居ればどこかに沢山いるのが普通らしいが、どうなんだろうか。弱いのか。野良ゴブリンだとしても色違いである。


 俺は慎重に行くべきだと決め、ゆっくりと後退りをしながら腰に差していたまま忘れていた剣へ手をかける。


「キヒッ」


 俺が下がりつつも、剣に手を置くとゴブリンは口を三日月のように嗤った。


 ――ゾッとした。それは、捕食者の顔だった。


 どうにも、このゴブリンは俺の知っているゴブリンと違うような気がしてきた。


 自衛のためにも、剣を抜く。


 すると、ゴブリンが消えた。視線を変えたわけでもないのに、目の前に居たはずなのに見失ってしまった。


「キヒャッ」


 音がした。俺のすぐ傍の真下。


 ゴブリンが踏み込んでいた。遅れて衝撃で地面が陥没し、風圧が暴風となって吹き荒れる。真下からの風によって、体が浮いたような錯覚すらあった。


 そして、間合いに入ったゴブリンは既に拳を振りかぶっていて――。


「なに、が――」


 ――衝撃が走る。


 殴られたと気付いたときには遅かった。俺は空中に吹き飛ばされていた。


 いや、訂正する。


 正しくは俺の上半身だけが飛び散っていた。下半身はそのまま地面に残り、胴体だけが空を舞った。


 凄まじいほどの衝撃。即死級の威力だった。


 そう漠然と死んだことを自覚しながら、空中に放り出された俺。


 臓器と思われる赤い物体を飛散させながら、残された下半身と殴った姿勢のまま笑みを浮かべるゴブリンを俯瞰する。


 体は何一つ動かず、ただ眺めるしかなかった。


 ああ……という、意味のない言葉が出そうになって口からは出ず。


 俺はゴブリンに殺された。

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