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賢者の高火力魔法でも傷一つ負わなかった巨大花に勇者は舌打ちをする。
「ちっ、逃げに徹するしかねえな。オレが道を切り開くからお前らは続け。……聖剣よ、この手に宿れ! ――ソード・アストレア!」
勇者が高らかに叫び、それに呼応して持っていた剣が輝いた。刀身が青い燐光を灯し、輝きは徐々に増していく。
これまで見たことのないスキルだった。ダンジョンの道中にも使ったことがないもので、勇者専用のスキルだろうか。賢者の魔法もそうだったが、凄まじいほどの圧がある。
あれで巨大蔓を倒してくれればと、そう願わずにはいられない。騎士達もまだ助かる見込みがある。俺は騎士の無事も祈って勇者の次の一手を待った。
勇者は青の輝きが増した剣を水平に上げ、溜めて一振り。
全く視認することが出来ない速さで剣が振るわれる。一瞬、ブレて剣を振るった体勢になっていた。
遅れて風圧と轟音が鳴る。
鼓膜を揺する衝撃に堪え、俺は爆風に巻き上げられた土を腕で覆う。
そうしていると、勇者の言葉を辛うじて拾った。
「――一閃。……でも、ダメみてえだな。余計なもん斬っちまった」
そう、勇者は言った。
土埃が収まり、視界が広がる。
あいつが言った通り、蔓には傷一つ付いていなかった。何本も進行を邪魔している蔓は健全で、わらわらと蠢いている。
あれだけの攻撃で傷一つ負わないなんて理解が追い付かないでいると、ぼとりと落ちたものがあった。
カシャン、と金属質な何かが地面に落下した音。それが、やたらと響いたのだ。
鎧だった。国の印が入った騎士の正式装備のものである。見た目は武骨で頑丈、身に着けている騎士も近寄りがたい雰囲気があった。だが、話してみれば気さくな人達ばかりで安心した。
それが、どうして。
朱色が地面を彩る。
その鎧からは夥しいほどの血が流れ、地面に水溜まりを作っていく。
勇者が斬ったのは、道を作っていた騎士だ。半身を絶たれて、下半身と上半身を分断された騎士。
――絶命。
「おい、何してんだよ……」
騎士が死んだ。目の前で殺された。勇者の手によって。
意味が分からない。なんでだ。
「ああ? 仕方ねえだろ。邪魔だし、どのみち死んでただろ」
勇者が言った余計なもの、それは騎士達のことで。
俺を守り、救おうと命を賭けてくれた騎士は全員死んだ。
勇者の手によって。頭の中で何かが切れた音がした。
「……てめえ、ふざけんなよ!」
勇者の胸ぐらを掴みかかり、緊迫した状況ってのに俺はわめき散らす。
「アア? 緊急事態だ。仕方ねえだろ? 離せよ」
「人をなんだと思ってんだ! 騎士を殺すなんて!」
緊急事態っていうのは知っている。だが、味方を斬ったことを仕方ないだけで済ますのか。邪魔になっていたとしても、あり得ないだろ。
「どっちにしろあいつらは死んでただろうが。喚いてんじゃねえよ、殺すぞ?」
そう無理やり手を離され、突き飛ばされた俺は地面に尻餅をつく。見上げた勇者は酷く冷静だった。
「雑魚は大人しくしてろ」
「てめえ……っ」
「はあ、まったく。そんな場合じゃございませんわ。見なさい。後ろは地面が崩れ、帰り道も魔物に塞がれている。この状況を打開するのに労力を使うべきでは?」
「……ちっ、なんか策はあるか?」
「レベル差によってダメージは期待できませんし、強行突破は不可能。ですが、この蔓をどうにかしないことには逃げられませんわ」
「なら、どうすんだよ。あと二十秒もすれば全滅だぞ」
「そうですわね……」
「なあ、リゼレッタ。この蔓はどうやってオレたちに反応してるんだ。本体はだいぶ下のあいつだろ」
「熱、もしくは魔力でしょうか。騎士の死体に反応していないところから仮定するとですが」
「……へえ、オレ良いこと思い付いたわ。なあ、犠牲が出たとしてもオレ様や賢者、主力の奴等が生き残るべきだと思わねえか?」
勇者が突然そんなことを言い出すと、賢者は首を傾げて思考したものの肯定した。
「まあ、当然ですわね。わたくしもこんなところで死ねませんもの」
賢者の相槌にうんうんと何度も頷いた勇者が俺にも振ってくる。
「なあ、村人。お前もそう思わねえか?」
何を言っているんだ、こいつは。そう思った。
騎士を殺したのを正当化したいってのか。
「……そんなこと思うわけないだろ」
誰かを犠牲にして助かるなんておかしいはずだ。精一杯、活路を見出だし、結果として犠牲が出てしまったのなら仕方ないのかもしれないが。
犠牲を出す前提なんて間違っている。
「そうかい。だが、多数決だ。悪いな、村人……オレ様たちのために死んでくれないか?」
「それ、本気で言ってんのか……?」
「当たり前だろ。雑魚が役に立って良かったじゃねえか。オレ等のために死ねるんだ、幸せだろ?」
んなわけねえだろうが。馬鹿じゃねえのか、こいつ。
「アホくさ。もう少しまともなこと言えよ。俺は何としても生きる。帰る場所があんだよ」
ティナに会いたい。もうダンジョンなんて懲り懲りだ。
ここからどうにかして抜け出したら公爵様に直訴してやる。俺には勇者と一緒に行動するなんて無理だ。つうか、女神の加護とかいらないから故郷に帰って畑でも耕して生活したい。
ユニークスキルを手に入れて浮かれていた俺が馬鹿だった。
「雑魚が我がまま言うんじゃねえよ」
勇者が俺の言葉を切り捨てると近寄ってきて、胸ぐらを掴んでくる。さっきとは真逆の立場だ。
「おい、マジでやめろよ。何すんだよ」
「全員、聞け。こいつを囮にして正面の蔓を退かす! 止まるなよ、生きたければ走れ! いくぞ!」
「お、おい。勇者、冗談きついって!? 何する気だよ、誰か止めろよ! なあ!?」
勇者が俺の胸ぐらを掴んだまま宙に浮かす。
必死に逃れようとしても勇者の力は強く、ステータス差のせいかビクともしない。
そのまま大きく振りかぶった勇者は俺を投げようとしていた。
どこに?
目の前の巨大蔓に、だ。
「嘘だろ、ふざけんなよ! おい!」
「良かったな、雑魚が役に立ってよ? これでお前が死んで、今度はもう少しマシなスキル所持者が生まれ変わるのを期待するぜ……!」
それだけ耳に残しながら、俺はあり得ない速度で蔓に叩き付けられ、受け身を取ることもできずに衝突した。
右肩から当たり、骨が折れた音がした。
――熱い、痛い、なんだよ、なんなんだよ、この仕打ちは。
目の前には巨大な蔓。細い蔓が分離し、鋭い切っ先を向けてくる。
「悪いな、村人! ちゃんと墓は作ってやるし、お前の従者もオレ様のメイドとして引き取ってやるからよ、安心して死ね!」
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。俺が何やったって言うんだよ。何もしてねえだろ。なんで、囮に? 弱いから? おかしいだろ?」
蔓の切っ先が俺の胸を抉る。腕に刺さり、肉を削ぎ落とす。
貫通した蔓は地面に突き刺さり、鮮血が滴り落ちる。
もう既に致命傷なほど攻撃を受けたのに、不思議と痛覚は薄れていた。
「ごほっ、はっ……ッ」
咳が出て、吐けば血が口から漏れる。
俺は勇者の背中が遠ざかっていくのを見ながら、精一杯の罵倒を吐いた。
「……ふざ、けんなよッ! なんで俺が、囮になんなきゃならないんだよ!」
勇者の奴隷も賢者も、従者達も俺を助けようとせずに一瞥しただけで駆けていく。
こんなところで死にたくない。嫌だ、やめてくれ。俺には帰るところがあるんだ。
なあ、俺のこと助けろよ……?
見捨てるなんて、おかしいだろ。
逃げていく彼等の背中。俺は脱力して眺める。
全力疾走で逃げていく集団には巨大蔓も反応し、何人か串刺しにして捕らえてみせた。だが、それも三人だけ。賢者陣営の従者が犠牲となっていた。
そのままあいつ等を追い回してくれ、そう思ったものの少ししたら戻ってきた。無情にもこの場に捕まった俺や従者を標的に定めたようで、確実に仕留めようとしている。
全ての蔓が俺と数人の従者を取り囲んだ。
もう動けない。
後ろの地面は崩落しているし、すぐに巻き込まれるだろう。
詰みだ。
絶望という感情がこれかよ。笑えない感慨が浮かぶ。
こんなところで死ぬのか、本当に……?
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
嫌だよ、死にたく、ない。
「ふざ、けんなよ……クソ勇者。呪って、やる」
それだけを口にして、俺は地面にずるずると滑り落ちた。
視界が明滅して暗闇が襲ってくる。
地面が激しく揺れ、崩れたのか体が宙に浮く。
串刺しの状況で、俺は下の階層に落ちていっているようだった。
体が熱を帯びて、怠さが酷い。
意識が朦朧としてくる。
声が聴こえた。問い掛けてくる声だ。
緑色の化け物の声か。
「――――」
何か言っている。
だが、俺はそれを理解する間もなく意識を手放して、目の前が暗転した。




