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冷静な勇者の指示に我に返った俺は慌てて足を動かす。
地面の揺れに転ばぬよう道を引き返そうとするが、俺の部隊である騎士達が足を止めていることに気付く。どうしたんだよ、急がないといけないってのに。
「何かあったんですか!?」
「下がってください!」
剣を構える騎士に進むことを止められる。それでも後ろの崩壊に巻き込まれたくなくて、緩く曲がっている壁を伝い、騎士の背後まで行ってしまう。
そこで見たのはツルだった。毒々しい花の蕾が何個も付いている巨大蔓。通路の先から壁を突き破って現れており俺達の退路を絶っている。
まるで、意思があるかのように蠢いていて、逃げる場を無くされた俺達を嘲笑っているようだ。
――何なんだ、これ。
そう思っていれば、何本も、何本も、壁を突き破って出てくる。巨大な蔓は振るわれれば軽傷で済むようなものではなく、俺や周りの騎士は躊躇してしまう。
だが、後ろの地面は着実に崩れ落ちていっている。
周りにいた一人の騎士が果敢にも剣を持って特攻するが、蔓に振り下ろした剣は鉄同士を合わせたような甲高い音が鳴り響くだけで、斬ることはできなかった。
「ここは私共が!」
騎士達が次々に巨大蔓に挑み、斬れないのを分かっていながら鍔迫り合いのような形で押し返そうとする。
身を呈して広げた逃げ道が出来た。
「早く、ここを!」
だ、そうだ。体を張って俺を逃がそうとしているのか。
確かに、僅かに開いた道を駆け抜ければ俺だけでも逃げることは可能だ。
しかし、それでいいのか。俺一人だけ逃げるなんて。
いやでも、俺はこの中ではお荷物だと自覚している。レベルが低く、実践経験なんて道中に倒していたゴブリンしかない。
俺一人が逃げたところで何も変わりはしないだろうが、お荷物を抱えたままより、騎士達も立ち回りがやり易くなるのではないか。
――そう考えて前のめりで踏み込んだとき、一本の蔓を鍔迫り合いのように塞いでいた騎士の胴体に穴が開いた。細長い何かが、騎士に突き刺さった。
その正体は細長い蔓。巨大な蔓から枝分かれしたもので、先が鋭利な形状となっている。
鎧をいとも簡単に貫かれ、吐血した騎士。それでも剣を離さなかった。退路を絶つ巨大蔓に体を挟み、小さな逃げ道を作っている。
俺一人だけならば悠々と通れる道。
だが、俺は踏み込めなかった。後ろは地面が崩れていて、落ちるかもしれないってのに目の前の恐怖が勝ってしまった。
その間にも、次々と俺の陣営の騎士達が細長い蔓に貫かれていく。
――何だよ、何なんだよ、これ。
騎士達が串刺しになって、血を吐いている。
「早く、逃げて……持ちそうにな、い」
息も絶え絶えの中、最後の力を振り絞って巨大な蔓を押し返す騎士に俺は喉まで出掛かった言葉を飲み込む。
――どうしてそこまで、と。
彼等は俺を救おうとしているが、そこまでする意味が分からなかった。命を張ってまで俺を救おうとするなんて馬鹿だろ。
俺はただの子供。騎士達よりも幼く、ただ非力なガキ。ユニークスキルを所持しているからといって、開花もしていない。何の能力も持っていないのだ。
なのに、職務を全うし、俺を救おうとしている。
それが国のためであろうと分かっていながらも、俺は騎士の意思を無駄にはしたくなかった。
「……くそッ」
震える足を叩き、自分を叱咤する。こんなときに足がすくんでいるからといって、踞っていたらいけない。
俺はこんなところで死にたくはない。体を張ってまで救おうとしてくれる騎士のためにも、ここから生きなきゃいけない。
それに、このまま停滞していればどちらにせよ死ぬ。後ろから地面が落ち、巻き込まれたら俺なんて確実に死ぬ。
俺はこのダンジョンから生還したい。
屋敷に帰る。いつもの日常に、戻りたい。
ごめんなさい、本当に。俺がただ特別なスキルを得たっていうだけなのに。
騎士達を犠牲にして助かる。
大きく呼吸して覚悟を決め、巨大蔓が阻んでいる隙間へと足を踏み込む。
「すみません! あなたたちのこと、決して無駄にはしません! 行きます――」
そしたら、後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「――邪魔だ、村人!」
――と、出鼻を挫くように蹴り飛ばされたわけだが。
勢いよく押された俺は両手両膝を地面に着き、俺を蹴り飛ばした張本人を見上げる。
勿論、勇者だった。俺を蹴るような真似は勇者しかいないだろう。
「痛ってぇな……なんで、わざわざこっち来るんだよ。道は広いだろ」
「最短距離だ。邪魔すんな」
こんな火急を要する状況で、俺を蹴るような馬鹿なことをした当人は悪びれた様子はなく、巨大蔓に阻まれている道を冷徹に見詰めていた。
勇者一行は奴隷達を後ろに控えさせながら、前に立つ勇者は俺を一蹴すると剣を水平に掲げた。これから必殺技でも放つような雰囲気だ。
ただ、普通ならば格好良さそうな構えも様になっていない。その理由として、片手で賢者を担ぎ上げているからだろう。
左手で支えられ、勇者の肩に担がれている賢者。魔法の詠唱をに集中していてされるがままの状態である。
機を見計らっている勇者。
すると、賢者が背中を叩いた。下ろせという指示か。
「完成しましたわ。放ちますので道を開けなさいな!」
そう大声で言った賢者は勇者から下りると、俺達の後方へと両手を突きだした。
なんで後ろに。そう疑問が過ったが、すぐに納得した。
巨大花が迫ってきているのだ。
最初は動く気配なんてなかったが、今は宙に浮いて巨大蔓と一緒に襲いかかっている。
地面が崩れて全容が明らかになったが、巨大な花は蔓の先っぽだ。
何を言っているのか分からなくなるが、下層を見れば分かる。
下の階層は広大な密林を四分割にしている十字の川が流れ、その中央にはどでかい超巨大な花が咲いているのだ。
目の前の巨大花や巨大な蔓とは比べ物にならない大きさ。そして、超巨大花は魔物。
微かに聞こえてくる笑い声、気のせいではなかった。巨大花に埋められている緑色の女が上げていたものだ。
肌が全身緑色で、目だけ黄色の女は嗜虐的な笑みを浮かべており、気味が悪い。そいつが操っているのが巨大花と蔓ってわけで、俺達の階層まで伸ばして襲ってきている。
しかし、それを簡単に許すわけにもいかず、後方へ賢者が魔法をぶっ放す。
「――全てを灰と化せ。エインシェント・フレア」
――直後、猛炎が唸る。
賢者が両手を突き出した先、灼熱の炎が顕現した。迸った火炎は爆ぜ、渦を作って形成された高密度の火炎。
黄色よりも白っぽい炎は徐々に大きくなっていき、高熱も増していく。
こちら側まで余波が届き、肌が焼けるような痛みが走ったほどだ。まるで、本当に燃えているような錯覚すらある。
というか、髪の毛がちりちりと燃えていた。嘘だろと、手で払って燃えるのを阻止して肌が焼けてないか心配になって触れる。大丈夫、焼けてない。
賢者の魔法によって大きくなっていった火炎は膨れ上がり、巨大花にも劣らない大きさになると放たれた。
炸裂した猛炎は巨大花と周りの蔓を纏めて覆い、小さな太陽のように煌々ときらめきながら熱を周囲に発する。賢者の言葉通りに全てを焼き滅ぼさんと燃え盛る。
「やったか?」
勇者が前方を警戒しながら賢者に問うた。
「おい、勇者! んなことより、お前は早く前方の蔓を倒してくれよ!」
早く助けないと騎士達の命は無い。
「うるせえ、黙ってろ。で、リゼレッタ。結果はどうだ?」
無視された。騎士達の命が懸かっているというのに。
俺の言葉に重みがない。なんでだ、力がないからか。
自分の無力さを痛感する。拳を握り、歯を噛み潰す。
騎士達を俺は助けられない。
「……嘘、ですわ。全く効いてませんわ。アルラウネの弱点属性のはずなのに、これは……明らかなレベルの隔たり……?」
茫然自失の賢者の呟きに後ろから迫ってきていた巨大花に視線を移す。
あれだけの火炎なら燃やせたはずだ。効いていないなんてことはない。
なのに、巨大花に衝突した火炎を見れば未だに燃えていたが、弱火となっていて蔓や花にダメージを負わせた形跡がない。次第に消えていく炎は弱々しく散っていく。
焦げた様子どころか焼けた跡すらない。
どうみても、無傷。




