22
あれが宝箱、と嬉々として開きに行こうとする者はいなかった。
誰もが怪しいと訝しみ、勇者と賢者へ判断を仰ぐように視線を送る。
「トラップか、モンスターハウスか。どっちだと思う?」
純粋に宝箱という選択肢はない。勇者がその二択を提示したようにダンジョン素人である俺でも箱には財宝なんて入ってないと思う。そんな簡単には手に入らないはず。
大広間の中央に鎮座している箱の前で勇者は賢者へと振り返って二択を迫るが、当の賢者リゼレッタは唇に手を当てて考え込んでいる。
「……魔力量は尋常ではないのは確か。どちらも可能性がありますわよ」
「だよなぁ。開けるか、開けないか」
そんな二人の話し合いが行われ、俺も拍子抜けを食らいながら騎士達と大広間に入る。
入ってから鼻腔がツンとしたのは花が沢山咲いているからだろう。そんなに強烈でもないが、花特有の匂いがくすぐる。誰も気にしていないようなので話題に出さないが、変な匂いも混じっているような気もする。
まあ、いいや。
「さて、悩みますわね。モンスターハウスでも遅れを取ることはないと思いますが、慎重にいくならスルーでもよろしくては?」
賢者が素通りを推奨するが、俺も賛成だ。怪しいものには触れないほうが身のため、ここでわざわざ危険を犯すこともない。
「いや、開けるだろ。罠でもオレらなら余裕だろ?」
「まあ、そうですけど。……任せますわよ」
と、思っていたら勇者が当然といった顔で賢者の案を蹴った。
罠かもしれないってのに開けるのかよ。
まじかよと、俺は思い、毒々しい色合いの花に触れないように移動しながら固唾を飲んで眺めることに。
俺がスルーすることへ一票入れたところで多数決でやっているわけでもないからな。どうせ許可されないのなら、俺の陣営だけでも安全を確保しとくべきだ。
扉付近を陣取った俺はいつでも逃げれるように準備する。
もしもの場合も兼ねて、大広間に閉じ込められるような罠が作動しても大丈夫なように俺や騎士達は逃げれる範囲外まで距離をとり、安全を確保した上で勇者と賢者を見守った。
二人なら実力もあるし、まあ大丈夫だろ。
そんなわけで、勇者の奴隷である一人が宝箱に近付き、他の者達は周りを警戒した上で罠かもしれない宝箱を開いていく。
鍵も掛かっていないのか、あっさりと宝箱の口が開く。
直後、けたましい警報が鳴り響く――。
なんて、ことはならなかった。
それなりに大きな宝箱。所々古びた木製の箱は俺達の予想を裏切り、価値ある物が積まれていた。
――眩しいほどの財貨。
一般的に金銀財宝と呼ばれるものが並々、他にも金の装飾された小さな王冠や首飾りなどが乱雑に敷き詰められていた。
「トラップじゃねえのか……?」
勇者の声が大広間に木霊する。ここに居る全ての者の言葉を代弁してくれたようで、俺もまさかである。
どうみても怪しすぎたのだが、普通の宝箱だ。一生暮らせるだろうなと思えるような財貨の山がそこにはあった。
「……意外、ですわね。取り分はどうします?」
「四、四、二でいいだろ。おい、村人。てめえは二割な!」
即答で俺の取り分を二割と決めた勇者に腹が立つものの、口答えはせずに頷く。割合的には少ないが、貰えるものだとは思わなかったのだ。
勇者は俺のこと嫌いみたいだし、取り分無しとか言いそうだったが。
割り振りについては俺の陣営だけがいつでも逃げれる準備をしていたし、当然かなとも思う。
「お宝の回収は後にして、次はどうするよ。進むよな?」
そんな勇者の発言は戻ることをハナから考慮に入れてないもので、ダンジョン探索を再開していく。
聞く耳すらない勇者に俺は後ろを渋々といった形で追従する。
大広間を抜け、何度も見たような一本道。通路の端っこに咲いた花に囲まれ、独特な臭いを嗅ぎながらも約五十名がぞろぞろと進んでいく。
少しだけ下り坂になっていて、緩やかな曲線の道が続く。
しかし、程なく歩くと行き止まりが見えてきた。
「……全員、構えろ」
勇者が小声で指示した言葉はやけに大きく聴こえて、俺は最後尾に位置した場所から何かあったのかと前を覗く。
――前方にあったのは花だった。また色合いがやたらと禍禍しいやつ。
しかも、大きい。これまで見てきた花よりも遥かに巨大。大きさは人の背丈を三倍ぐらいにしたものだ。
紫色に赤い斑点模様は毒花を連想させ、触れたくなくなるような色合い。そこら辺に生えていた小さなやつと同じ模様だ。花びらの端は黒色が滲んでおり、ただ成長した花にしか見えない。
だが、類似している点は多いが、唯一違うのは中心点には空洞があること。そこの周りには先端が尖った細長いものが所狭しと並んでいた。
あの空洞が口と例えるなら、周りに生えているものは生物を補食するための歯。
……食人花なのだろうかと俺は思い浮かべた。もしや、あれは一種の魔物なのか。
自立して動く気配はまったくないが、襲いかかってくるのならば巨大さも相まって驚異となろう。
矢面に立つ勇者は警戒しながらジリジリと巨大花に寄っていき、距離を狭めていく。
誰もが武器を持ち、異常さを感じていながらも前へと進む。
俺もヒリついた感触とでも表現すればいいのか。ぞわぞわと寒気のようなものが体の芯から駆け巡っているのだが、慣れないだけだと思い込む。
勇者が進み、俺達全軍は花との距離を着実にゼロにしていく。
固唾を飲みながら俺も勇者の背を追い、一歩ずつ行くと、ふと立ち止まった。
いつの間にか臭いの質が変わっているような気がする。なんでか分からないが、爽やかな柑橘系の匂いだ。
あと、微かに笑い声が聞こえる。女性の笑い声。
でも、気のせいだろう。周りにいる人達は笑ってないし、幻聴かも。
俺は匂いに誘われているかのように何も不思議に思うことはせず、のこのこと巨大花に近付いていき。
――ついに、勇者が巨大花に触れられる距離までたどり着くと、場は激変することとなった。
「――おいっ! 下がれ!」
いち早く異変に気付いたのは勇者だった。
それは誰に向けたものではなく、この場の全員へ撤退するように命じたもの。勇者の焦りが如実に表れていることは見なくてもわかった。
直後、地面が激しく揺れる。
振動は巨大花が原因なのか。それは分からないが、巨大花の近くに立っていた勇者は片膝を着くほどの強烈な揺れに襲われていた。
最後尾の俺も揺れを感じてよろめくが、後方にいたおかげでそこまで揺れは強くない。
「何か来ますわよ!?」
陣形の中央にいた賢者が悲鳴が混じった声で全員に危機を伝えるが。
――どこから、何が来るってのか。
行き止まりとなっている通路の先は巨大花だけだ。俺は混乱していると足場から強烈な振動が走った。
何かを叩きつけるように、地面から断続的な衝撃が与えられている。徐々に激しくなっている揺れに堪えていると俺は見てしまった。
「は……?」
自分でも間抜けと思う声が出た。
地面が崩壊しているのだ。通路の奥から地面が陥没し、落ちていっている。
勇者が咄嗟に飛び退き、落下から逃れている。
意味が分からなかった。
足場となる地面が崩れている。
何より、地面に穴があき、隙間からは空が見えているのだ。落ちていく瓦礫を目で追うと広大な森林と繋がっていた。長い巨大な川が十字に流れ、くっそでかい花が中央にある。
これが、――次の階層、なのか。
だが、階層へと繋ぐ道は今まで必ず螺旋階段というものがあった。今回は無い。
こんなの落ちたら死ぬ。
呆然とする俺や他の者も同様、事態に思考が追い付いていないのか、足を止めていた。そんな全員を叱咤するように勇者が叫ぶ。
「次の階層に落ちるぞ! 全員、さっさと逃げろ!」




