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周りには切られたことすら気付かず、絶命した小人の死骸が転がっている。
ゴブリンを倒した勇者は何の感慨もないようで、死体に見向きもせず、こちらへ戻ってきた。
俺は魔物をあっさりと倒す手際に驚いていた。弱い魔物とはいえ、複数体を瞬殺である。全く見えなかった。
「これが、勇者の力ってやつか……」
勇者が調子に乗るのも頷ける実力だ。
また、俺は納得もしていた。
王都に住み着いてから聞き及んだものに合致していたからだ。ユニークスキルを持った者の中で一番強いのは勇者だと、誰もがそう言っていた。
勇者のステータスは既に世界有数の実力者そのものだ。その数値は国の中でも実力が抜きん出ている騎士団長と同格、スキルや固有技という勇者特有のものを加味すると上だろう。
実戦経験はさすがに騎士団長のほうが上だろうが、勇者は若くまだ伸びしろがある。これから実戦する機会は嫌でも恵まれている。
数年後には多国を含め、勇者に敵う者はいないんじゃないだろうか。
「さすがです! アークス様!」
「アークス様の剣筋はいつ見ても惚れ惚れします」
俺が思案に耽っていると、勇者の奴隷が称賛しながら駆け寄っていった。それに対して勇者は大したことねえよ、と涼しい顔で肩をすくめている。
それがまた様になっていて、地面に唾を吐きたくなった。まさに、勇者の貫禄というやつだろうか。強者感が滲み出ているのは仕方ないとして、イケメン臭が酷すぎて近付きたくない。
遠くで奴隷達のやり取りを覗いていると勇者と二言ぐらい話を終え、ゴブリンの死骸まで小走りでいったら小型のナイフを取り出していた。
何をやっているのかと観察していると、奴隷達は魔物の解体をするらしい。ナイフで小人の首辺りを切り、肉を左右に開いて、素手を突っ込んで中をまさぐりだした。
……なにあれ。何してんの。怖いんだけど。
手につく魔物の血に平然としつつ、死体である小人の首に手を入れる奴隷達。
騎士も見慣れた光景なのか、奴隷達の奇行に眉一つ動かしていない。
「……?」
奴隷の行為に訝しんでいると騎士が相槌を打ちながら説明してくれた。
「ああ、彼女達は魔石を取り出しているんですよ。魔物を討伐した証ですね」
魔物を討伐した証。なるほど、そういうことか。
「……換金するため、ですよね?」
魔石は冒険者ギルドでお金に換えてくれるとか聞いた。それだけ聞けば、魔物を倒したら魔石を入手してお金になる。そう、額面通りに受けとるが、あんなふうに取らなければならないのか。
魔物を倒せばポンッと魔石が落ちてくるものだと思っていた。
中々、グロい作業である。端から見れば、頭がおかしくなった人がやる行為。初見の俺は、解体作業をやる奴隷達が猟奇的にしか見えない。
「そうです。魔石は色々な用途があるので、冒険者ギルドで買い取ってくれますよ。魔物の体内には魔石――我々でいう心臓でしょうか。体内のどこかしらに存在してますから、冒険者はそれを目当てに狩っていますね」
「普通に倒した証でいいなら魔石じゃなく、耳とか手でもいいんじゃ?」
あんな肉を裂いて、魔石を取る必要なんてあるのか。
「魔石は有用な物ですから。強い魔物ほど純度が高くなり、様々な用途で活用できますし。我々の生活には欠かせない物となってます。
それに、魔物の肉はすぐに腐敗するので証としては不十分ですかね。ギルドへ持っていく間に原型を留めていないはずです。道中も魔物の血肉は他の魔物をおび寄せますから。危険を最小限にすることと、魔石を取り出したら魔物は霧散していくので基本は魔石回収、でしょうか」
「なるほど……。って、魔物が霧散、ですか?」
「ええ、どうしてか魔物は、魔石が無くなると消失します。一部分だけ残して消えたりと謎が多い現象ですが、未だに解明できてません。一説には女神さまによる力だとか。女神さまですから世界の悪となる魔物を滅して下さったのかもしれません」
「はあ」
魔物が消える現象。見てみないとなんとも言えないが、女神様が関わっているのだろうか。
ユニークスキルを貰った身であれ、まだ会ったことのない神様。
勇者から聞き及んだ女神様は慈愛を司る神というより、邪神みたいなものだったので、女神様を信仰しているだろう騎士には生返事をする。
とはいえ、俺には魔物の解体は難しそうだな。生理的に慣れないと吐いてしまいそうである。
勇者の奴隷は平然としているが、小人の頭を生首状態にして肉をかっ開いているのだ。表情を変えずに行っている作業は手慣れているとしか言えない。
奴隷達の外見は若い少女なので絵的に合っていない。だが、ゴブリンの首から宝石を抜き取って、嬉しそうな顔で勇者に報告している姿は年相応か。
魔石を取り出すと騎士が言ったように、魔物の体から光のようなものが出て空中に浮かんでは消えていく。
死体から立ち上る光は霧散し、少しずつゴブリンの死体も光となって消失していった。
幻想的な光景。
こんなに綺麗な感じで魔物が消えていくのなら、女神様がやっている説もあるのかもしれない。
まあ、俺に分かるわけないが。
「さて、ダクト君もゴブリンを倒してみましょうか」
ぼーっと消え行く光を眺めていると、俺とは違う方向を見ていた騎士が言ってきた。
「俺が、ですか?」
と、確認したものの、当初の目的はレベル上げ。ダンジョンに入り、レベルを上げつつ、最下層の攻略を目指していくことになっている。
騎士が顔を向けているのは群れからはぐれたゴブリンだ。
「そうです。ゴブリンなら我々も居ますので安全でしょう」
こういう風に騎士から魔物討伐を促されたのは必然で、またこうなる流れになるのは当然な帰結でもあり。
俺が返す言葉も流れ通りのものだった。
「……わかりました。やってみます」
と、少し離れているゴブリンを見定めた。緑色の肌に、手に持っているのは木の棒。獣の皮を着たみすぼらしい小人が一匹で行動をしている。
場所は草原なため、見晴らしがいい。障害物もなく、奇襲をかけられる可能性は無いと言い切っていい。
これは好機か。自分の実力を試すにはもってこいの機会がいま訪れている。
だから、頷いた。いずれかやらなければいけないのなら、僅かでも勝てる見込みがある時に。
相対したゴブリンの背丈は俺の腰ぐらいであった。飛び込めばお互いの間合いでもある距離。
腰から抜いた剣にアッシュさん直伝の両手剣の構え。それを見てゴブリンが小馬鹿にするような鳴き声をあげている。
その仕草に苛つき、突っ込んでしまいそうになった。しかし、周りに野次馬と化している騎士と賢者陣営が居るため冷静さを取り戻す。
率直に言えばだが、ゴブリン一匹は余裕だろう。騎士も俺程度の実力でもゴブリン一匹程度は余裕だと言っていた。俺もそう思う。
さすがに数体を相手取る気はないが、単体なら勝てそうだ。負ける気がしないと言い換えてもいい。
あの勇者も数体を瞬殺したのだ。レベル差があれど、一匹なら勝てるだろう。
間合いを計って、剣を握る力を込めて。
俺は頭上に持ち上げた剣を振り下ろした。




