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 一階層と言っていいのか分からない一本道を過ぎ――ダンジョンの入り口となっている通路は障害もなく徒歩を進め――次階層へと繋ぐ道を発見した。


 下へと続く階段だ。


 緑に光る苔が左右に生えており、緩く曲がる階段は数十段となっている。横幅は広いが足元は暗く、老化しているのか所々綻びが生じていた。


 慣れない者からすれば転んでしまいそうな段差だが、勇者陣営は警戒という文字もない気楽さで先に進む。中列に加わっている賢者も、従者とお喋りをしながら階段を下っていっている。


 俺は下へと歩を進める彼等の背を眺め、階段に足を踏み出さずに止まり、下を覗き込んでいた。


 照明もないこの階層では緑色の苔が頼りだ。階段は淡く光る緑色の線が道しるべとなって次階層の扉まで案内していた。


 次階層からは魔物が出るだろう。俺はレベル上げのために、戦わなくてはならない。


「……」


 後戻りできない段階での躊躇がやってきた。今更である。ここまで来てしまったら後には引けないのだが、何故か動悸が激しくなってきて、踵を返したい気持ちが一杯になってきていた。


 これは不安によるものなのか。それとも今後に起きる不吉な前触れか。


 不安という感情が前面に出ているのはダンジョンが未経験ということもあるだろう。ダンジョンの雰囲気は独特で、地上に居るときとは明確な圧迫感がある。


 こんなところを日々稼ぎの場にしている冒険者を尊敬してしまう。


 危険と隣り合わせ。ミスをすれば怪我どころじゃない。死ぬかもしれない場所だ。


 ダンジョンにはレベルの経験値を上げる他に、財宝の宝庫でもある。魔物と呼ばれる異形達を倒し、素材として持ち帰ることでも報酬を得ることができる。


 危険しか付きまとわないが、金銭という旨みは普通に稼ぐより良いだろう。ダンジョンには様々な魔物が生息しており、その素材は需要がある。中には屋敷を建てられるぐらいの秘宝も眠っているというし。


 しかし、俺には出来そうにない。臆病者と罵られても構わない。魔物と戦うことは無理だ。


 金のために命を投げ出せる覚悟を持った冒険者を素で尊敬する。


 だが、やるしかないのだろう。ユニークスキルを持った定め、勝てるかも分からない魔物と相対せねば神様によって殺される。


 ただの村人であったはずなのに、魔物と戦わなければいけない重圧。とても重く、今更ながらのし掛かってくる。


 魔物とはそこらの獣とは訳が違う。騎士達のサポートがあったとして俺に倒せるのだろうか。


 戦闘経験もない村人が魔物を倒す。聞くだけなら無謀だと笑ってしまう。


 はっきり言って、俺だけ。俺だけがこの中でレベルが低すぎる。


 護衛の騎士は最低30レベルはあるし、勇者や賢者に関しては40を超えている。今回のダンジョン攻略に着いてきたスキル持ちの側近も、ある程度は高レベルと見ていい。


 異常に低レベルなのは一人だけ。


「どうしましたか?」


 次層に繋ぐ階段を眺めている俺を不審に思ったのか横から声がかかった。


 甲冑に身を包んだ騎士だ。今回、俺を護衛する隊長で、家周りを警護しているアッシュさんよりもレベルが高く、ダンジョンを何度か経験しているため抜擢された。


 ダンジョン経験者の騎士が俺の守りを固めてくれるのは心強いが、この不安が消せるほどではない。騎士全員が初対面だから実力も分かっていない部分もある。


 さすがにここで時間を潰していたら声をかけるか。勇者達は次の扉にたどり着いていて、俺のせいで進行が遅れていた。


 前を進むしかない。俺が選べる選択肢なんてそもそも有りはしないのだが、心に燻ったものを吐き出さなければ気持ち悪くなってしまいそうだ。


 薄暗い螺旋階段を見ながら俺は本音を吐露した。


「……いや、俺みたいな低レベルがダンジョンに入っていいのかなって」


「心配ありません。そのために我々が居るのですから。さあ、参りましょう」


 自信満々に言う騎士に俺は頷くことは出来なかった。


 本当に、大丈夫なのだろうか。と、そんなものが頭の片隅から離れない。押し問答する時間もないため、俺は隊長の言葉に流されるまま階段を下り始めた。





 次階層の扉があるところまでやってくると、扉が先を塞いでいた。周りの岩と同化している扉は力押しで開くのか謎であるが、先に来ていた勇者が率先して押すと僅かずつであったが、扉が開いていく。


 軋む音を響かせ、露となったダンジョン二層目。


 ――開いた扉から広がっていた景色は草原だった。足元ぐらいまで生えている草に岩影が所々に点在している。中央付近に森があり、木の密度が多くて中は覗けそうにない。


 足を踏み込んで真っ先に驚いた。明かりがある。それも苔のような少量の光源ではなく、暖かい陽射しのような感触。


 上を見上げてみれば太陽があった。


 擬似的太陽と呼ぶべきか。地上と変わらない陽が降り注いでいて、咄嗟に目を細めつつ手を翳す。


 そのまま草原を流し見た俺は、長閑な風景に感嘆としてしまう。旅行で訪れて見た光景なら心踊ってしまうところだが、所々に魔物がいてここダンジョンなんだなと気分は下がっていった。


 草原のそこかしこで緑色の皮膚をしている小人のような存在がいる。楽しげに言葉を交わし、中には木の棒を持って遊んでいたりと耳障りな声を上げている。


 見た目は弱そうで、俺でも素手で勝てそうな魔物である。しかし、油断は大敵か。


「あれは下級の魔物ですよ。ご存じでしょうか、ゴブリンという魔物です」


 俺が緑色の小人を観察していると視線に気付いた騎士が説明してくれる。


 ゴブリン。醜い容姿に残虐さを持ち合わせていると聞いたことがある。村の酒場に入り浸っていた冒険者からなのだが、実際に遭遇したことはない。


「いえ、初めて見ました。下級ってことは弱いんですか?」


「ええ、冒険者ランクで例えるなら、Eランクが倒す魔物ですね。レベルが低くても下地がしっかりしていれば、難なくと倒せる魔物です」


 木の棒を振り回して遊んだりしている小人はゴブリンは知能が低いが、群れとなると手こずる魔物らしい。


 ついでに騎士から冒険者ランクについても教えてもらい、頭の中で反復する。


 冒険者ランクはAランクからFランクまであり、まず冒険者登録をギルドでやるとFランクからのスタートになる。最初のほうから討伐依頼は出来ないようで、地道な薬草集めや街中で行える依頼が主な仕事になるそうだ。


 目の前に居るゴブリンはレベルが10もあれば無傷で倒せるらしい。しかし、群れとなると逃げたほうが得策とのこと。


 いくら弱い魔物といえど、群れだと危険度は増すか。囲まれたら終わりだしな。


 ダンジョン二層目には、そのゴブリンが見える範囲で五十匹はいた。


「この階層からは魔物が居ますので、皆様お気をつけください」


 言われなくても。と、心の中で返事をしていると、真っ先に騎士の言葉を無視した勇者の行動を見守った。


 装飾がなされた剣を腰から抜き、ゴブリンの群れへと突っ切っていった勇者。


 数十人という人数で団体行動しているのに、一人だけ突っ走るのはどうなんだろうか。


 俺が勇者の背中にそんなことを思っていると、勇者が更に加速した。


 地を強く蹴った勇者は水平に跳び、目で追えるかどうかという凄まじい速度で駆けていく。


 騎士が止める暇もなく、独断行動に出た勇者。諌める者はおらず、瞬く間に接敵した。


 疾走と言っていいほどの加速でゴブリン達に近付いた勇者。勢いそのままに剣を振り切り、七体のゴブリンの後方に着地する。


 剣を払い、鞘に納め――。


 それに合わせ、ぼとりと地面に転がったものがある。


 ――半身だけ滑り落ちるように、七体のゴブリンは絶命していた。

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