調査一日目
「お疲れ様です」
魔王の間の前で作業をしていた女隊員二人がドロシーとヨハンを敬礼で迎えた。
「まずはここからね。魔族の遺体はそこら中に転がっているから省略するとして、ここには勇者と魔法使いの遺体があるわ。目の前の扉の奥は魔王の間になっていて玉座にあるのが魔王の遺体よ。この階の両翼は客室になっていて、扉に向かって左側に戦士と僧侶の遺体があったわ。賢者の荷物もそっちの部屋で見つかったから、この三人はこちら側に泊まったみたい。勇者と魔法使いの荷物は右側にあったから他の三人はあっちの部屋を使ったんでしょうね」
「重要な遺体は全部この階にあるわけか。・・・ここって何階だっけ?」
「二階よ。三階が魔王の私的なスペース。二階が王の間と客室。城の入口がある一階は倉庫や居住用のスペース。地下は料理とか洗濯みたいな召使達の仕事をするスペースみたいね」
ヨハンは勇者の鎧を着た遺体に近づいた。
全身が水晶の原石のようになり、大小様々な結晶が体中から飛び出していた。
これでは生前の面影など見つけることもちろん、死因を特定することすら難しいだろう。
彼が王宮で見せられた過去の勇者と魔王達の遺体と全く同じだった
すぐ横には彼のものと思われる剣が転がっている。
周囲をチョークで囲まれた剣の先端の方には勇者の遺体同様の結晶が付いていた。
「この剣で魔王を斬ったのか、あるいは勇者が斬られたのか・・・」
ヨハンは顎に手を当てた。
勇者の左腕には腕輪がはめられている。
「魔法使いちゃんが勇者くんのために作った腕輪みたいね」
ドロシーも覗き込んできた。
勇者の腕輪は、突き出した結晶が邪魔になっていて腕を破壊しないことには外すことは出来ない状態だ。
「これに関しては遺書の通りか」
「そうみたい」
ドロシーが髪をすくい上げる動作にヨハンは内心ドキリとした。
気を紛らわせるように横に仰向けに寝ている魔法使いへと視線を移した。
彼女は両手を体の上で祈るように組んでいた。
肌からは完全に血の気が引いてはいるが、その顔は綺麗なままだ。
だが何か所か殴られた跡がある。
遺書のとおりなら戦士にレイプされたときの傷だろう。
「死んでから二カ月以上経っている割には状態がいいな。ハエがたかっていると思っていたけど」
「魔王城の中だからじゃないかしら?他の遺体もみんなそうよ?鑑定の子たちがみんな戸惑ってたわ」
ヨハンは魔法使いに近づいて全身を観察した。
特に致命傷になりそうな傷は見当たらない。
死因は毒で間違いなさそうだ。
「・・・ねえヨハン?なんか目線がやらしくない?」
ドロシーからの言葉に、ヨハンは背後に立った彼女を振り返った。
「え?そんなことないさ」
「そうかしら?死んでるとはいえ、若くてかわいい子の体をジロジロ見るなんてなんか変態っぽいわ。勇者くんの時より遥かに一生懸命見てるじゃない」
「やっぱりドロシー様もそう思いました?」
「・・・変態」
他の隊員二人もヨハンに白い視線を向けた。
「おいおい、勘弁してくれよ」
「・・・まあいいわ、続けましょ。それにしてもこの子ホントにかわいいわね」
「ですよねー。なんか現実離れしてるっていうか、私もこれぐらいかわいかったらなぁ・・・」
ドロシーの言葉に女隊員の一人が同意した。
彼女も結構かわいいとヨハンは思うのだが、それを言うとまた変態扱いされそうなので黙っていることにした。
「うらやましい、でもなんか違和感」
もう一人の隊員が呟いた。
どうやら彼女はあまりおしゃべりなタイプではなさそうだ。
「違和感?」
「そう・・・ね、確かに。何がどうとは言えないけど、変な感じがするわね」
「言われてみれば確かにそうかも」
何のことかわからないヨハンに対し、他の二人はあっさりとその言葉に同意した。
とはいえ彼女達もその違和感の正体はわかっていないのだが。
「まあいいさ。何か気が付いたら教えてくれ。・・・ん?この魔法袋、やけに容量が大きいな」
ヨハンは魔法使いシルヴィアの腰にあった魔法袋の中を確認してその容量の大きさに驚いた。
一般的な魔法袋の容量は人が背負えるぐらいの荷物が入る程度しかないが、この魔法袋の中にはそれこそ人間が生活できるぐらいのスペースが広がっていた。
中には遠征用の物資が入っていたが、それでも容量の半分以上が空いていた。
「ああそれ?彼女の自作らしいわよ?魔法道具の製作が専門だったみたい」
「それは・・・。宰相殿が陛下に直訴するわけだ」
容量の大きな魔法袋の作成はその分難易度が高い。
彼女の力量の高さを伺い知ることができた。
それ以上の収穫はなかったので、二人は魔王の間へと入ることにした。
「調子はどう?」
「どうもこうもないですよ。この大量の魔族の遺体、これを全部確認するだけで一苦労ですよ」
隊長であるドロシーの問いに、この場を任された隊員は愚痴で答えた。
どうやらここは彼一人のようだ。
ヨハンはもう一人ぐらい増やしてやればいいと思うのだが、これに関してはドロシーの領分なので何も言わなかった。
「何か変わったところはあったかい?」
「今のところは特に。・・・いや、一つだけ気になったところがあります。魔王の遺体なんですが、どうも椅子に合ってないみたいなんです」
「椅子に合ってない?」
隊員は二人を玉座まで案内した。
そこには勇者と同じような遺体が横たわっていた。
勇者とは異なり何も身に着けてはいない。
「魔王って露出狂だったのかしら?自分の欲望を解放しようとして、それを止めようとした魔族達が全員殺されちゃったとか?」
「『めい』推理だな」
「本当ですね」
名推理、あるいは迷推理。
「見て下さい。こいつがここに座った状態で死んだのなら当然この椅子にフィットするはずなんですが、まったく合いません。椅子に座った状態というよりは立った状態で死んだ感じですね」
「死んでから椅子に倒れ掛かったのかしら?」
「わかりません」
ヨハンは二人の会話に加わらずに黙って魔王の遺体を見つめた。
物言わぬ異形の屍となった彼は一体どんな最後を迎えたのだろうか。
その後も三人で部屋の中にある魔族の遺体を確認して回ったが特に収穫は無かった。
「この奥に三階に上がる階段があるわ。いきましょ?」
二人はこの場を隊員に任せて三階へと向かった。
三階には魔王の寝室と書斎があった。
二人はまず寝室の方に入る。
「あ、お疲れ様です」
寝室にいた隊員がすぐに二人に気が付いた。
「どう?何か見つかった?」
「ええ、まあ・・・。実はベッドがスライドするようになっていたのを見つけまして。その下に隠し書庫を見つけました」
女の隊員は少し歯切れが悪い。
ついでに顔も赤い。
「あら、お手柄じゃない。それで?何があったの?」
「それが・・・。大量のエロ本を見つけました」
「まあ!」
「・・・」
気まずそうな女子隊員、なぜか嬉しそうなドロシー、魔王に同情したヨハン。
「それで?どんな本があったの?」
「死人に鞭打つなよ・・・」
ドロシーがやけにハイテンションだ。
「まだ少ししか見てませんけど、今のところはほとんどが勇者と魔王物ですね。とにかく沢山あって・・・。魔王に負けた女勇者が魔王に色々とそういうことされるとか、美人の魔王が勇者に好き放題されるとか・・・。魔王が勇者に変装して僧侶を襲うっていうのとかもありました。・・・これ、全部確認しないとダメですか?」
「もちろんよ、大事な資料だもの。大変なら私が手伝ってあげるわ」
「君ってやつは・・・。ん?これは?」
ヨハンは何気なく開けた引き出しの奥に手紙を見つけた。
「あ、そこはまだですね」
「何かあったの?」
「・・・手紙だ」
手紙には短い文が書いてあった。
『お前が行動しなくとも状況は順調に進んでいる。戻って大人しくしていろ。お前では力不足だ。父より』
「・・・父?」
「魔王のお父さんってことかしら?」
「魔王に父親なんていたんですか?」
「当然いただろうね。魔王も突き詰めれば不死の能力を持った魔族というだけの話なんだから。だとするとこれは魔王を諫める手紙か?」
「こっちにも手紙があるわよ?」
今度はドロシーが下の引き出しの奥から手紙を取り出した。
『今からでも遅くない。魔王様に許しを請え。父より』
「・・・少なくとも魔王に宛てた手紙ではなさそうね。どういうことかしら?」
ヨハンは腕を組んで首を傾けた。
「手紙が魔族の誰かとその父親のもので、その魔族が何か問題を起こしたのだとしたら・・・。どうやら魔王にも魔族を殺す動機がありそうだね」
さらに引き出しの中を探してみたが、魔王の名前がゴマークであることがわかった以外には特にそれ以上の発見はなかった。
ヨハンはエロ本の確認に取り掛かろうとするドロシーを引きずって寝室の隣の書庫に移動した。
こちらの担当は男の隊員だった。
この部屋にはエロ本の類は一切なく、軍事に関係しそうな固い本が大量に収められていた。
「なーんだ」
ドロシーが露骨に残念そうな声を出す。
彼女のテンションは見るからにがた落ちだった。
ちなみにエロ本の確認は男の彼にやらせればいいんじゃないかといってみたが、ドロシーに断固として反対されてしまった。
結局、この部屋では特に収穫は無かったので二階に戻って今度は客室の方を見てみることにした。
「どう?元気ー?」
「元気じゃないです」
呑気なドロシーの声に、賢者の部屋を担当していた隊員がゲッソリした声で答えた。
「あら、なにかあったの?」
「鑑定魔法で血液反応を調べてたんです。部屋中に人間の血液を拭きとった形跡が見つかりました。この部屋を僕一人で調べたんですよ?おかげで僕の魔力はもう限界です」
やれやれと両手を上げる隊員を見て、ドロシーとヨハンは互いの顔を見合わせた。
「ねえ?魔法使いちゃんの遺書に賢者の部屋で血が流れたなんて記載は無かったわよね?」
「ああ。どう見ても人間を処刑するのに使うような部屋ではないし、これが賢者シルベールの血だとすると、つまり賢者はこの部屋で誰かに・・・」
「誰によ?」
「わからない。情報が不足している」
ヨハンは部屋の中を見渡した。
窓は二つ。
肉眼で確認できる範囲では血はどこにも確認できない。
よほど念入りにふき取ったのだろう。
ベッドの枕元には本が一冊おかれている。
「転移魔法理論?彼の物かな?」
「難しそうな本ね」
「これを誰でも使えるようにするのは魔法学の世界でも最難問の一つとされているからね。転移現象を発生させるだけの魔力に加えて転移による肉体の損傷にも耐えなければならない。現状では魔王だけが使用可能と言われている魔法さ」
「勇者は使えないの?勇者だって不死でしょう?」
「魔族の中でも特に魔力が多くないと無理かな。勇者は人間だから、どれだけ素質があっても魔力が絶対的に足りないよ」
「ふーん」
ヨハンのその言葉を聞いてドロシーは早々に転移魔法への興味を無くしたらしい。
ベッドの横に置かれていた携帯パックへと視線を移した。
既に中身は隊員によって外へ出されている。
少量の水と食料が少し入っているだけだった。
「中身はこれだけなの?」
「ええ。どうやら一泊するのに必要な分だけ持ち歩いていたみたいですね。さっき隣の部屋の奴とも話しましたけど、向こうもそんな感じらしいです」
「隣はたしか戦士の部屋だったかしら?」
「はい。こちらほどじゃありませんけど、向こうも人間の血液を拭きとった跡があったみたいですね」
ドロシーとヨハンは再び顔を見合わせた。
「戦士の部屋で血が流れたなんて記載も無かったわよね?」
「行ってみよう」
二人は隣の部屋へと移動した。
ドアを開けると座り込んで休憩していた女隊員がそのままの体勢で軽く敬礼した。
「おつかれさまですぅー」
「あら?サボり?」
ドロシーに特に咎めるような様子はない。
むしろ一緒にサボり始めそうな勢いだ。
「サボってないですよぉー。一仕事したんで休憩してたんですぅー。大変だったんですからぁー」
「それはお疲れ様ね。それで?何してたの?」
「あ、疑ってますねぇ?ちゃんと部屋中鑑定してたんですよぉー?床に人の血が飛び散った跡がありましたぁー」
ヨハンは耳を塞ぎたくなる衝動を堪えて床を見渡した。
この部屋の血も入念に拭き取られているらしく、石畳の上に血は一滴も見当たらなかった。
賢者の部屋にもあった携帯パックの他には大きめの砥石が転がっていた。
戦士が武器の手入れに使っていたのだろうか?
それ以外に手がかりになりそうなものは無かった。
二人は座り込んだままの隊員を置いてさらに隣の部屋に移動した。
ここは僧侶の部屋だ。
「調子はどう?」
「あ、お疲れ様です」
「おつかれさまでーす」
部屋にいた女の隊員達がそのままの体勢で腕だけの敬礼でドロシー達を出迎えた。
二人の隊員のうち一人は先ほどの隊員と同じように座って休んでいた。
おそらく彼女がこの部屋の鑑定を行ったのだろうとヨハンは判断した。
もう一人は横たわっている二つの遺体の確認作業をしている。
「見事に割れてるね」
戦士と思われる鎧を着た遺体は兜ごと頭を縦に割られてうつ伏せに倒れていた。
中から飛び出た脳髄は既に乾いているようだ。
「腐ってないのが変な感じね」
「まったくだ」
ヨハンは改めてこの魔王城の異常さを実感した。
「体中が傷だらけか」
「魔法使いちゃんにやられたのかしら?風魔法で斬られたような傷だわ」
戦士の体には頭部以外にも鎧の上から大きな傷がいくつもできていた。
ドロシーの言う通り、風の魔法で斬りつけられたと思われる。
だが周囲にはその傷が出来た時に飛び散ったと思われるような血痕は見当たらない。
「戦士の周りに血を拭き取った後はあったかい?」
「血の跡ですか?いえ、この子が鑑定で調べましたけど、この部屋の血はこれだけです」
「そうか・・・」
「戦士の部屋には血を拭き取った跡。現場に残っているのは頭から出た血だけ。・・・ねえヨハン、これって」
「ああ。死因の頭部の損傷はこの部屋で受けたものだが、それ以外の傷は別の部屋で受けたものなんだろう。血が拭き取られていることから考えて、何かの意図があったのは間違いないね」
これ以上は戦士の遺体から得られる情報はなさそうなので、ヨハンは近くに倒れている僧侶の方に目を向けた。
戦士とは異なり、僧侶ルーシェは床に長い金髪を大きく広げて仰向けに倒れている。
魔法使いシルヴィアとは違う系統の上品な美人だが、首にはくっきりと人の両手の跡が出来ており、その目は大きく開かれていた。
「首以外には特に外傷は見当たらないわね。これじゃあ解剖してみない限りは大した情報はなさそうだわ」
ヨハンも少し僧侶の遺体を見回してから彼女に同意した。
「取りあえず主要な遺体はこれで全部ね。勇者くん達の部屋に行ってみる?血液反応ぐらいしか期待はできないけど」
「行ってみよう。どこで血が流れたのかは重要な情報だからね」
二人は再び魔王の間の前を通り、今度は城の反対側、勇者オーバルと魔法使いシルヴィア、そして道案内のメラルが泊まった部屋のある方向へ向かった。
「こっちはハズレだったみたいね」
「参ったな」
特に血液の痕跡が出たわけでもなければ、ヨハンの期待したような調査のヒントになりそうな物品が見つかったわけでもない。
結論から言えば、ドロシーの言う通りここはハズレだった。
見つかったのは勇者の分の携帯パック一つだけだ。
それだけに留まらず、その後に向かった一階でも収穫は無し。
一度拠点で喉を潤してから向かった地下でも、調理場、洗濯場、浴場と立て続けに空振りに終わった。
ようやく収穫があったのは最後に訪れた焼却場でのことだ。
「あ、いいところに来ましたね隊長。ちょうど今、厄介そうなのが見つかったところです」
「あら、何を見つけたの?」
男の隊員の言葉に、ようやく来たかとドロシーはテンションを上げた。
「これです。これが焼却炉の中から出てきました」
そう言って彼が指差したのは黒焦げになった人型の遺体だった。
「見ての通り黒焦げなもんで、男だってこと以外はバラシてみないとわかりませんが」
「魔族の遺体かしら?それとも行方不明の賢者?」
「これだけでの判断は難しいな。重要な遺体である可能性は高いけど」
「そうね、これも優先的に調べさせるわ。他には何かあった?」
「いえ、まだ全部見切れてませんから。今のところはこれだけです」
「そう、じゃあそろそろ日も傾いてきたし、今日はこの辺で切り上げましょう。遺体の解剖は明日から始めさせるから、その前に確認しておきたいことがあったら朝ごはんの時までに言ってね?」
「夜のうちに何かないか考えておくよ」
その後は拠点に全員集まって軽い報告と翌日の打ち合わせをしてから終了となった。
打ち合わせで報告された新しい情報は二つ。
一つ目は二階に飾られている斧の中に一本だけ人間の血液が付着し、それを拭き取った形跡があったということ。
二つ目は戦士の魔法袋の中から違法ドラッグ、それにパイプと注射器が見つかったということだ。
その日の夜。
副隊長ということでヨハンには一人部屋が割り当てられたので、彼は夕食を終えてからはずっとベッドでゴロゴロしていた。
普段からこういった任務を行っている大半の隊員達とは異なり、鑑識官でもない彼に出来る仕事は少ない。
明日から始まる解剖の結果が出るまでの間、彼にできるのは情報を整理して考えを纏めることぐらいだった。
(動かされた遺体。隠蔽された血痕。消えた賢者・・・。まだピースが足りないのか?)
目を閉じて、考え得るストーリーをシミュレーションしていく。
そうしているうちに、いつの間にかヨハンは深い眠りに落ちて行った。




