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7 単純な事実

 作戦室に行くと、新山と何人かのオペレーターが、机を囲んでなにやら話し合っていた。

 机の上には大型ディスプレイがあり、地図といくつかのポイントがマーカーで示されている。

 初めに七尾に気付いた新山と目が合ったので、手招きして呼ぶ。

 作戦室の入り口までやってきた新山に、

「CH計画のことで」

 七尾が小声でそう告げると、新山は席を外し、作戦隊隊長室のほうへ歩いて行った。

 新山は、七尾が来るのを待ってから先に七尾を隊長室に入るようにうながした。

 言われた通り、ドアを開いて先に入る。飾り気のない鉄の机に、山積みの書類。足元には外来語で書かれた多くの本が積み上がり、遮光カーテンが閉められていて昼だというのに薄暗い。

 一歩前へ出ると、背中に、何か硬い物がぶつかってきた。

「いくらわたしでも、この距離なら外さない」

 背中を押されるままに歩く。

「誰の命令でここへ?」

「誰の命令でもないですよ」

 すぐに撃たなかったのだから、背中に押し当てられたものは牽制だろう。それでも声が少し、上ずってしまう。

「信じてあげたいけど、それは嘘ね。スイの普段の言動を見る限り、何の手がかりもなしに、この状況でわたしに疑いの目を向けられるとは思えないから」

「わたし、疑ってませんよ」

「え?」

「みかげさんを信じてるから、ここへ来たんです」

 拳銃の押し付けが少しだけ、緩む。

「それは、わたしが一連の事件の犯人だとは思っていない、ということ?」

「はい」

「ごめんなさい。とっても嬉しいんだけれど、わたしも、絶対に殺されるわけにはいかないから。まずどうやってわたしにたどり着いたのか、聞かせて」

 七尾は石黒の後を追って、第六区画に安置されていた資料にたどり着いたことを話した。

 七尾の言葉に適度に相槌を打っていた新山は、

「そういうことね。人基も単純な手に引っかかるんだから……」

 と呟いた。

「貴重な情報をありがとう。確証はなかったけれど、牢に押し込んでおいて正解だったみたい」

「あの……どういうことでしょうか。まさか、先輩が犯人なんて言い出すんじゃ……」

 新山は小さく笑った。

「違う違う。今回の事件の主犯は、石黒伊世……もっと言えば、研究部と情報部だってこと」

 そして、背中に押し付けられていた銃が消える。

「スイ、こっちを向いてもらえる?」

 言われた通りに振り向くと、拳銃を構えたままの新山が、七尾を見下ろしていた。

「二つ質問するから、わたしの目をまっすぐ見て『いいえ』とだけ答えて」

 七尾は頷き、新山の目を覗き込んだ。

「一問目。あなたはわたしを殺すつもりですか?」

「いいえ」

「二問目。あなたは人基のことが好きですか?」

「いいえ」

 新山は、拳銃を降ろし、頭も下げた。

「ごめんなさい。銃を向けたりして」

 よくわからずに戸惑っていると、新山が顔を上げた。

 その顔には、微笑みが浮かんでいた。

「スイは、あの程度の女には思い通りに出来ない子ね」

 すぐにこちらへ背を向け作戦室を飛び出した新山の後に続いて、七尾も走った。


 新山は、CH計画のファイルの、単純すぎる真相について教えてくれた。

「五年前にCH計画の草案を提出したのは石黒伊世。情報部の江田部長との共同提出だった。広報部と総務部もそれに乗っかって、反対したのは、実際にCHを運用することになる実行部だけ。わたしとしず、辰野さん、阿久津さん、松島くん、船尾くん、真村部長、日笠副部長が、人数の有利を活かして無理やり頓挫させた。伊世は表向き、二度とCH計画のことは口にしなかったけれど……。諦めてなかったみたい」

「でも、あの資料では、みかげさんたちが賛成したように読めますよ」

「あなたも人基も単純な手に引っかかるのね。相手は情報部」

「あ! 改ざん、ですか」

「わたしがオペレーターを務めているときにばかり特級隊員が亡くなったのも、その一環かもしれない。主にCH計画を知らなかった人たちが、何かを嗅ぎつけた時への対策のためだったのかな。CH計画を知っていたわたしたちが、もっと早く気付くべきだった」

 さすがの新山みかげも、友人が亡くなって、動揺を隠すのに精いっぱいだったのだろうか。

 自分のなかでイメージしている彼女は、友人の死にも動じないような人間だった。

 ……けれどそれよりも今は。

「どうして今さら、CH計画を再開させて裏切るつもりなんでしょう。戦争中にもっといいタイミングがいくらでもあったはずなのに」

「さあ? あの女の考えなんて、知りたくもない。たとえ動機がなんであれ、あいつがしずを手にかけた時点で、死ぬ理由には十分」

 ――あの女が何を考えているのか、昔からわからなかった。真村部長はあの通りだったし、阿久津さんたちも人並みに感情を表すたちだったから、接しやすかった。でも伊世は、慰めやお礼の言葉を言うときも、誰かに対して怒る時も、どこか上の空で、本気でその感情を抱いているのか疑わしいところがあった。そんな人間に背中を預けるのは怖かったけれど、伊世のもっている感情の中で唯一、信じられるものがあった。それは、伊世の姉を殺した、レナントに対する憎悪。伊世と会ってから十五年間、レナントに対する憎しみだけで、あの女と繋がってきた。少なくとも自分は、そう思っていた。あの女はそうではなかったようだけれど。

 道すがら、そんなことを新山は語った。

「こんなことを言うと、また呆れられるかもしれませんけど」

「ん?」

「どうして、裏切りなんて起こるんでしょうね。せっかく集まった仲間なのに」

 七尾が思い出していたのは、三年前の裏切りと、あのときの石黒の言葉だった。

 新山は黙り、余計なことを言ったかと不安になり始めたころ、

「そうね」

 と呟き、

「立ち直ったあなたは偉い」

 と言って、七尾の頭を軽くなでてきた。優しい手。この手が同僚を殺した手じゃなくて、本当によかった。

「先輩やみかげさんが助けてくれましたから」

 照れ隠しにそう言ったとき、どこか遠くで、けれど基地内のどこかで、何かが爆発したような音がして、基地全体が揺れ始めた。



 

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