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3 信じる相手

 小西班と無事に合流したあと、二時間にわたる捜索を行ったものの、結局辰野班全員が行方不明という状況のまま、代替の探索班に任務は引き継がれた。

 特別警戒区にはいまだ相当数のクリーチャーが残存している。特級隊員三人が死亡し、石黒、小西、阿久津のみとなってしまったいま、その特級隊員三人を行方不明者の捜索に費やす余裕はどこにもないようだった。

「しっかし、辰野のおっさんまでがやられるなんて……相手はどんな化物なんすかね」

 誰も喋らない帰りの輸送機の中で、石黒の右隣にいる小西が、あくびまじりに呟いた。

「俺たちも、油断してたら食われるかもしれない」

 石黒は、自分が抱いている危惧を悟られないように話を合わせた。

 人は見かけによらない。そのことは、戦争中に嫌というほど味わった。

 突撃隊上級隊員でもっとも若い十八歳、人懐こく話しかけてくる小西だからといって、裏切らないとは限らない。人当たりが良い善人を装い、影で非道を働く連中はいくらでもいる。

「そうそうそう、油断っていやあさ、俺と吉川がさあ、一瞬だけだけど、けっこうピンチになったんすよね」

「君が? どうして?」

 石黒の正面でぼうっとしていた阿久津が、こけた頬をかすかに動かして訊いた。

「それが、作戦隊の連中の指示が遅いんすよ。全部、起こってから言うの。レーダーの調子が悪いとかなんとか言い訳しやがってて……。ふと気づいたら俺と吉川の後ろに、A型の分離体どもがいて、俺ら、もう少しでガブッとやられてたとこです。帰ったら文句言ってやりますよ」

 同じような言い訳をしていた新山の顔が浮かんだ。

 突撃隊のなかで、ブリーフィングルームに入ることの出来る上級隊員は辰野班の人間を除いて残り十四人。他にも作戦隊や情報部や研究部の人間が出入りするから、正確な数はわからない。

 裏切りの効果を上げやすいのは、なんといっても作戦隊だろう。その気になれば誤った指示を故意に与えて殺すことが簡単にでき、あとから作戦に関する情報を改ざんすることもできる。

 もっともそのぶん、監視や思想調査が厳しい隊でもある。休暇は一日中監視がつき、電話は逐一録音されているという噂だ。レナントと内通することは難しい。

 けれど、と石黒は結論を保留にした。新山が指揮をとれば、厳しい監視の目を欺くことは十分に出来る。

「先輩、さっきのことは……」

 左隣に座った七尾がささやいてきたので、考えるのをやめて目を向け、静かに返す。

「基地に戻ってから話そう」


 石黒は三十分後に突撃隊の談話室で待ち合わせということにして七尾と別れ、基地情報区画の映像資料室に向かった。

 さまざまな映像資料が保管されている映像資料室は、情報部以外の権限では開示されない情報も多いが、特級隊員ならある程度の融通はきく。受付で見せてほしい資料を言うと、

「何か基地内で事件でも?」

 と言いながら、男の受付係が訊ねてきた。

「まあ、そんなとこです」

 映像資料の入った小さなメモリーカードを受け取り、情報部内の視聴端末に差しこんだ。情報部の映像資料は持ち出し厳禁で、ここでしか見ることができない。

 画面には、基地内の様子を録画した映像が映っている。画面は八つに区切られ、それぞれの場所で固定されたカメラが、人の往来を映し出している。

 石黒は端末を操作し早送りにして見ていたが、目当ての時間に差し掛かったところで速度をゆるくした。

「いた」

 ブリーフィングルーム近くの女子トイレ前のカメラに向かって駆けこんでくる人影があった。優雅さのかけらもない動きで分かる。七尾だ。

 時間は十時七分。直後、画面に動きがあった。一斉に、監視カメラの映像がブラックアウトしたのだ。早送りしてみると、ブラックアウトしたのは七尾がトイレに消えてからきっちり十分間だけだった。

 思わず舌打ちする。これで、内部の人間による犯行の線が一層濃くなった。

 石黒は端末の時計に目をやった。七尾との約束の時間だ。


「さっき研究部の人とすれ違ったんですけど、先輩が殺したC型の胃の内容物から、辰野さんの身体の一部が見つかったらしいです」

 七尾は誰もいない談話室へやってくるなり、そう教えてくれた。

 自動販売機でコーヒーを買っていた石黒は、温かい紙コップを七尾に手渡した。

 七尾は小さく礼を言い、自動販売機のすぐ隣の長椅子に座った。ガムシロップとミルクを彼女の膝の上に投げる。

「そうか」

 二杯目のコーヒーが紙コップに注がれるのを待ちながら、小さくつぶやく。

 望みは薄いと思っていたから、大きな衝撃はなかった。

 感情表現の豊かな七尾ですらも、隊長が死んだというのに、大きく取り乱したりしていない。

 4Sの人間は、あまりにも長引いた戦争のせいで、死に対する意識がにぶくなってしまった。

 けれど代わりに、隊長を殺した犯人へのいら立ちが、自分でも驚くほどにわきあがってきてもいる。佐藤しずのために新山みかげが流したあの涙と比べて……亡くなった人を死に追いやった原因に対する憎しみでしか悼む気持ちを抱くことができない自分は、まだ、子供なのかもしれない。

「これで特級隊員の死因は、A型、C型、E型になりましたか」

「松島さんもしずさんも隊長も。名前つきのクリーチャーに、今更やられるような人たちじゃない」

「戦争初期ならともかく、ですね」

 七尾が両手で紙コップを包み、コーヒーを静かにすすった。

 石黒はコーヒーを手に持ち、一人分空けて、七尾の隣に座った。

「でも、隊長たちを殺した手練れの人間にしては、わたしに対する嫌がらせが地味でしたよ。殺意が感じられませんでした。一応、終戦に貢献した一級隊員のひとりなんですけどね」

「地味に見える。けど実際、お前は呆然と立ち尽くして、拳銃でC型に立ち向かおうとするほど混乱しただろ」

「うっ……あれは、忘れてください」

「責めてるわけじゃない。誰だって、準備していたものがうまくいかなかったときは一瞬、戸惑う。俺もお前も嫌というほど知ってるが、生物兵器に対しては、その一瞬が命取りになる。一瞬だ。一瞬、作りだせればいい」

「熱源探知の通報が遅れる……とかもそうですね。事前に情報が来るのが当然だと思っているから、一瞬、反応が遅れます。小西は冗談めかしてましたけど、結構ひやっとしたんじゃないでしょうか」

「他に考えられるのは、銃やバトルスーツが上手く動作しない、誤った情報に基づいて作戦を展開する……」

「先輩は、4Sに裏切り者がいると考えているんですね」

 石黒は応えず、コーヒーをすすった。

 人を疑う苦みが口の中に広がる。

「わたしもそうかもしれないですよ」

「スパイをやれるほど頭の回転良くないだろ」

「先輩ってわたしのこと馬鹿だと思ってますよね? わたしだってその気になればスパイくらいできますから」

「褒めてんだよ。お前、すぐ調子乗るから、あんまりこういうこと言いたくないけど。お前がスパイなら、俺はもう誰も信用できなくなる」

 コーヒーをまた口に含む。

「へえ。へええ」

 七尾がからかいまじりの声を出したので、軽くにらむと、七尾は笑みを消した。

 それから真面目な声音で、

「わたしも、先輩が裏切り者だったら、何を信じたらいいのか分かりません」

 4Sは『仲間』を信じて裏切られたり、偽の救援要請に騙されて敗北したりを何度か経験した。偽情報を警戒して、本物の救援要請を無視したりもした。

 暗殺、偽情報、裏切り、騙し討ち……圧倒的な敗勢の中で、さまざまな謀略が4Sにまとわりついた。

 本当に信じられる人間が、どれだけ貴重なのか、肌でわかっている。

「そうだ! 表立って注意できないなら、わたしが怒られ役になりますよ。それで注意してもらうようにするのはどうですか?」



 

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