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2 石黒人基と七尾翠

 国土の東側、レナントとの国境付近に設けられた二十ある特別警戒区のうち、辰野班が消息を絶ったのは北方にある第十五区だった。国境とは接しておらず、すでに半分ほどはクリーチャーの掃討が終了している。国境警備隊が国境突破を見逃す致命的なミスでも冒さない限り、新たなクリーチャーは投入されていないはずだ。辰野が手こずるような場所ではない。

 緊急用の人員輸送ヘリコプターが出された。乗り込んだのは、石黒と阿久津、部屋で眠っていたところを引きずり出された小西、そして出撃できる準備の整っていた一級隊員ら五名。

 退路となるヘリコプター周辺の守備は阿久津ら三名が担当し、石黒がひとり、小西がふたりの一級隊員をそれぞれ引き連れて辰野の捜索にあたることになった。

 阿久津班が空中から周囲の敵の掃討を終え、ヘリコプターは降下していく。ほこりがまき散らされて砂煙が立ち上る中、石黒たちは着陸と同時に外へ飛び出した。

 プロペラの風圧にあおられてか、オレンジ色のバトルスーツを着た七尾翠ななお すいが転んだ。石黒は無視して通り過ぎ、アサルトライフルを片手に、遮蔽物となる土壁づくりの家の影に駆けこんだ。

 佐藤が死んで、ひとりしか残っていない突撃隊の女隊員――七尾は、少し遅れて駆けてきた。左手に持った大きなカバンと、肩からさげた特殊弾射出装置が激しく揺れている。オレンジ色のバトルスーツは一見派手だが、赤土で作られた家が多い東側の戦線では意外と背景と溶け合って目立ちにくい。

「ひどい! 人が転んでいるのを見て、手も差し伸べられないんですか、先輩は!」

 耳元で叫ばれた石黒は、先日二十二歳になってからもいっこうに落ち着きを見せない七尾の頭を、空いている左手を握って軽く小突いた。

「静かにしろ」

「はい」

 少しむくれて言った七尾から視線を外し、

「隊長が消息を断つなんて、並みの相手じゃない。無事に帰れる保証はどこにもない」

「大丈夫ですよ。先輩とわたしが組めば無敵ですから」

 確かに、同じ班に組み込まれた時は、いつもの半分くらいの時間で仕事が終わる。そのぶん、余剰人員として他の地区の援軍に向かう羽目になり、余計に疲れるだけなのに、七尾はその事実を妙に誇っている。

 敵のコアを正確に撃ち砕くことを好む石黒の戦い方と、コアなど関係なしにクリーチャーをまるごと焼き払うことを好む七尾の戦い方は、相性がいい。状況によっても変わるが、コアが表面に露出するタイプの敵なら石黒が仕留め、しないタイプの敵なら七尾に任せる役割分担がはっきりしている。

 石黒はアサルトライフルを構えて立ち上がり、土で作られた家々のあいだを進んでいく。

『前方百メートル付近より大きな熱源反応が接近中。人基ひとき、言うまでもないことだけど、絶対に油断しないでね』

 左耳に装着したイヤホンから、新山の声が聞こえてくる。

 手で合図して七尾を止め、自分は手近な窓を蹴破り、窓枠に足をかけて、建物の上へ登った。

 双眼鏡で敵を確認する。

 A型クリーチャーだった。黒くうねうねと蠢いている様子は、蛇の集団にも見えるが、それらはひとつの意志を持って動く。不用意に攻撃範囲内に入れば一本一本に素早く足や体を絡め取られ、締め上げられて、運が良ければそこで圧死、窒息死できる。運が悪ければ、内部にいる指令体から延びた摂食触手によって、生きたまま脳や内臓を貪り食われてお別れとなる。

「Aだ」

 石黒は建物の下を覗きこみ、壁に寄りかかって息を整えている七尾に告げた。

「はい」

 七尾は頷くと手早くカバンの表側のファスナーを開けた。カバンの表側の部分は七尾が火炎弾を入れる場所だ。中には黄色と無色透明の特殊弾がずらりと並んでいて、彼女は今回、黄色い弾二つと、無色透明の弾を三つ選んだ。カバンを床に置き、続けて、肩からさげていた特殊弾射出装置の挿入部を鼻歌まじりに露出させる。がくりと折れた挿入部には穴が五つあり、すべてに弾を入れていく。

「火炎弾、そうてーん!」

 と言った七尾によって、最後の弾が押し込まれた。

「だから、緊張感を持てっつってんだろうが。行くぞ」

 石黒は、走り出した七尾に合わせて並走した。建物の屋根を飛び移りながら、目標に近づいていく。やがて目視できたところで、足を止める。高さのない住宅のため、A型がこちらに気付いて蛇のうちの一本を伸ばしてきたが、石黒はアサルトライフルを素早く構え、その口が大きく開いた瞬間を狙って撃ち抜いた。A型が奇声を発しながらばたつき、他の蛇たちもA型本体から素早く伸びてきた。

 直後、きゅぽん、という間の抜けた音がした。

 きゅぽん、きゅぽん、きゅぽん、きゅぽん。

 七尾と同じく、緊張感のない音だ。

 五連射された弾はすべて正確にA型へ着弾したようだった。途端、A型の体は発火し、すさまじい勢いで炎が延焼を始めた。

「さすが」

 石黒は七尾に聞こえないようにつぶやく。

 火炎準備弾を敵の身体にぶちまけ、火炎弾で大規模な炎を巻き起こし、クリーチャーの表皮を伝わせ焼き殺す。そのためには、火炎準備弾が着弾した近くに火炎弾を撃ち込む必要がある。敵の攻撃が届かない距離から、動いている生きもの相手にそれをするのはなかなか難しい。

 石黒を狙って伸びてきていた蛇たちも急に勢いを失い、石黒まで辿り着くことなく燃え始めた。

 肉の燃える臭いがし始めたので、バトルスーツの首の部分に手を伸ばした。小さなボタンを押すと、黒いヘルメットが頭を覆った。

 A型が焼き尽くされるまで距離をとって待つ。確実に死ぬまで、油断はしない。

『生体反応消失。早く次へ』

「言われなくても」

 石黒は平らな土の屋根から飛び降り、七尾の肩をぽんと一度だけ叩いて、全速力で走り始めた。


 それから七尾がA型を一体、指令体を失ったA型から蛇部分だけが離脱した離脱増殖型を数十、石黒が始末したが、それ以外には抵抗らしい抵抗もなかった。

 ますます、辰野班が消息を絶った理由がわからない。こんな生ぬるい地区の掃討任務、時間さえかければ、危険性は皆無に等しい。

「辰野さーん! 返事してくださーい!」

「辰野隊長! どこですか!」

 通信が途絶えた座標の辺りを、七尾とともに声をあげながら歩いていても、一向に返事はない。

 風がほこりを巻き上げ、無人の街路にまき散らす。物音に振り向いてみても、打ち捨てられた家具や衣服や生ごみなどが風に吹かれているだけだ。

 レナントの侵攻でクリーチャーに滅ぼされた街のうちのひとつ。いまはただの十五区とだけ呼ばれている。

 石黒はマイクのスイッチを入れた。

「みかげさん、付近に反応は」

『熱源反応なし』

「どういうことなんでしょう」

「辰野さーん!」

『わたしにもわからない。これまでは、死に至る経緯は不明でも、遺体はすぐに見つかったのに』

「遺体すら見つからなくなった、ということでしょうか」

「辰野さん! どこー!」

『そうね』

「さらに事態が悪化する可能性があります。一旦小西たちと合流させてください」

「辰野さん辰野さん辰野さーん!」

『スイ、さっきからうるさい! 怒鳴るときはマイクを切って!』

 ほとんど感情を乱さない新山に声を荒げさせられるのは、七尾だけだ。

 首をすくめた七尾に、石黒は手で軽く合図して呼んだ。注意散漫な彼女を先に行かせて、後から走り始めた。

『小西班との合流を許可する。合流ポイントは六』

 特別警戒区の地理は、突撃隊所属の新兵が、真っ先に頭へ叩き込まれる情報だ。

 一口に特別警戒区といっても二十区からなるので、新兵がすべての地理を把握するのは非常に難しい。だからどこかの区に所属して、日常業務の中で地理を頭に叩き込む。それが五級隊員。周辺五区まで覚えてそれなりの実戦を積めば四級隊員になり、すべての地区で地図に頼らず動けるようになれば所属フリーの隊員――三級隊員になる。そこからは戦功に応じて昇格する。最前線に立つ二級隊員以上から死亡率が高まるため、あえて三級、四級隊員で留まるものもいる。

 そんななかで抜群の功績を上げ続けたのが、特級隊員であり、突撃隊隊長だ。

 松島良彦、佐藤しず、辰野荒太。レナント軍のクリーチャーを狩りまくり、講和条約締結まで持ち込んだ立役者があっさり死ぬなんてこと、有り得るのだろうか。平和な時代に、英雄は不要なのか。

 感傷に浸りながら走っていたとき、石黒の耳が、かすかな異音をとらえた。風を切るような音――上。

 その音の源は、突如、加速した。七尾にはあえて声をかけずそのまま走り続けさせ、アサルトライフルを斜め上へ向け放ちながら、数歩、下がった。

 石黒と七尾のあいだに、何かが落下した。

 体にぶつかった家々をたやすく崩落させる巨躯。

 類人猿が改造され巨大化されたC型クリーチャー……のようだが。熱源探知よりも早くやってくることなんて今まで一度もなかった。

「破砕弾!」

「はい!」

『熱源反応確認!』

 いまさらになって、新山が怒鳴る。

 C型の周りに巻き起こった粉塵を避けるため首のボタンを押して、再び防毒ヘルメットを出した。

 右手でアサルトライフルを絶やすことなく連射しながら跳び、左手で家の屋根に手をかけてよじ登る。

「破砕弾がない!」

 七尾が悲鳴に近い叫び声をあげた。石黒は瞬時に考え方を変えた。

 こちらを攻撃するために振られたC型の左腕に跳び移り、そのまま跳んで肩に載り、頭に向けてライフルを乱射した。超至近距離で放たれた弾に、頭が見るも無残に飛び散り、コアが露出した。両腕が石黒を掴んで来ようとしたが、C型の頭上に跳んで避けながら、コアに弾を叩き込んだ。

 途端にC型の体制が崩れ、前のめりにくずおれた。

 高く跳んでいた石黒は、そのまま、C型の背中に着地し、首のボタンを押して防毒ヘルメットをしまった。

 驚異的な身体能力を付与してくれるバトルスーツに頼った戦い方は好きではないが、こういった予測不能の事態では、やはり、頼らざるを得ない。

『熱源反応消失』

「新山さん、少し、マイク切ります」

『わかった』

 察してくれたようだった。

 石黒はマイクのスイッチを切ってすぐに、

「スイ! てめえ、死にてえのか!」

 特殊弾射出装置と、弾薬の入ったカバンを足元に落とし、右手に護身用の拳銃を持ったまま茫然と立ち尽くす七尾に、石黒は怒鳴った。

 七尾はびくりと肩を揺らし、

「すみません。でも、あの、こんなはずは……」

 と、普段の彼女からは想像できないほど小さな声で言い訳めいた言葉を発した。

 怒りにまかせてC型を踏みつけながら七尾に向かっていくと、彼女の目にうっすら涙がたまっていた。

 そこで石黒は立ち止まる。

 七尾は緊張感がないが、一番強力な弾薬を忘れてくるほど馬鹿じゃない。

 特殊弾射出装置を使う七尾は、周囲の人間の防護に頼る部分が多く、そして、その弾薬のもつ威力を頼られることが多い。

 持ちつ持たれつ。石黒だって、なんだかんだ言っても、七尾になら背中を預けられると思っている。

 こんな初歩的なミスを犯すような人間なら、組んだ味方を何十人も殺しているし、そもそもここまで生きていない。

「本当に、お前が忘れたわけじゃないんだな」

 七尾が驚いたように目を見開く。

「信じて、くれるんですか?」

「ああ」

 石黒は、手で合図をして、マイクを切るように促した。

 七尾は頷いて、マイクを切った。

「最後に中を確認したのは?」

「出発前のブリーフィングでした」

「それからここへ来るまで、カバンから目を離したか」

「はい。一度だけ……。その、今朝食べた貝料理に当たったみたいで。ブリーフィングルームにカバンを置いて、慌ててトイレに行ったので、目を離したのはそのときだけです」

 体から力が抜けるような理由だった。

 けれど、七尾の話から導き出されることがひとつだけあった。

「要するに、お前のカバンから、一番強力で使用頻度の高い破砕弾を、抜き取ったやつがいるってことだ」

「え……? だって、ブリーフィングルームに立ち入りできるのって……」

『話は終わった?』

 七尾に向けて、唇に人差し指を当ててから、マイクのスイッチを入れた。

 何か言葉を続けようとしていた七尾は、慌てて口を塞いだ。

「ええ。終わりました」

『熱源探知が遅れてごめんなさい。レーダーの調子がなんだか悪くて……。警戒しつつ、引き続きポイント六へ急いで』

 石黒はもう、辰野が生きているとは思えなかった。

 こうも立て続けに特級、一級隊員たちが死ぬなんてことはあり得ないのだから、すぐに別の可能性を考えるべきだった。

 4S内に、裏切り者がいる。



 

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