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13 異形

 もともと運動能力の低い新山が、前線に立ち続けている七尾についてこられるはずもなく、途中で何度か休憩をとった。

 といっても、まともな場所での休息は望めない。七尾は、体を潜ませていたゴミ箱の中から目だけを出し、周囲をさぐった。駆けてくる団員がいたので慌てて体を戻す。新山を捕縛するために慌ただしく動き回る4S団員たちの警戒も、徐々に統率されたものになりつつある。

 4S本部基地の警備は、あの瀬沼ですら出し抜けなかった。けれどいま、捕縛側には石黒も新山も伊世もいない。場が混乱しきっている今のうちに、どうにか武器とバトルスーツを手に入れてこの場を切り抜け、国境警備隊かヒノ国中枢へ連絡をとらなければ。

 足音が少し遠ざかったのを確認して、ゴミ箱のふたを外して立ち上がった。すぐ近くに駆けていく男の背中があり、七尾はその背中に、もう弾がなくなった拳銃を向けた。

「両手を挙げて」

 男が肩越しに振り向いて、目を見開く。言われた通り、両手を挙げた。名前は忘れてしまったが、たしか、四級隊員の研修で見かけた顔だ。

 七尾は右手で拳銃を構えたまま、ゴミ箱のふちへ左手をかけて飛び降りた。

 拳銃を直接男の頭に突きつけ、男が肩からさげたアサルトライフルを奪う。

「どうしてあなたが……いったい、何が起きてるんですか?」

「ごめんね、事情は説明できないの。でも、4Sを裏切ったわけじゃない」

 拳銃をしまって、アサルトライフルのショルダーを肩にかけた。

 アサルトライフルを構えたまま、七尾は

「じゃあ、これから本部棟まで走って。途中で戻ってきたら、撃つしかなくなっちゃうからやめてね」

 男は素直に言うことを聞いてくれて、本部棟へと駆け戻って行った。

 男が十分に遠くなったのを確認してから、先程まで入っていたゴミ箱の、隣のゴミ箱を軽く叩いた。新山の頬のあたりと髪に、べったりマスタードソースがついている。新山は体にこびりついた悪臭にも素知らぬ顔して、

「わたしが行っても足手まといかしら?」

 と、事実だけ確認してきた。

 こんな状況なのに、七尾は少しだけ、笑ってしまった。一級隊員と作戦隊隊長のふたりが、生ゴミまみれで向かいあっている。ゴミの前では肩書きなんて無意味だ。

「どうしたの?」

「いえ。なんでも。それより、確かにみかげさんは足手まといなので……」

「そこは否定してよ」

「あっ、すみません! とにかく、武器庫にはわたしだけで行ってきます。正常に動くバトルスーツさえあれば、逃げ出せる可能性はかなり高くなります。わたしがいいと言うまで、ここにいてください」

「わかった。気を付けて」

「はい!」

 少し走ると、木の陰に隠れて見えなかったいかめしい外観をした鉄の塊、野外演習場の武器庫が、ようやく視界に入ってきた。

 七尾は木陰に駆け込み、様子をうかがった。本部棟にある武器庫や研究部や、それぞれの突撃隊員の部屋にはもう警備兵が張りついているだろうが、ここにはまだ、警備兵が配置されていない。やっぱり新山の読みはいい。チャンスだ。

 七尾は駆けだしながら、護身用に持ち歩いている手榴弾を、機能を停止したバトルスーツの腰ポケットから取り出して、ピンを引き抜いた。誰もいない武器庫の入口へそのまま投げつける。派手な音とともに爆炎が噴き上がり、壁に大穴が空いた。七尾はまだ煙がくすぶる壁際を通り、中に入った。

 訓練用のバトルスーツが保管されているのは武器庫の奥だ。武器の立てかけられた棚がいくつもあり、見通しがきかない。アサルトライフルを構えながら、すぐに隠れられる遮蔽物を確保しつつ、一列一列安全を確認していく。

 最後の一列もクリアし、棚から飛び出そうとした。

 人の気配がすることにぎりぎりで気づいた七尾は、慌てて棚の影に戻った。

「あら? みかげかと思ったら、スイね」

 その声には、聞き覚えがあった。

 たしかに、あの独房で死んだはずの。

「おかしいと思った。あのどんくさい女が、ひとりで逃げ続けられるはずないもの。まあいいわ。あなたがいなくなれば、あいつも終わりね」

「みかげさんに、殺されたはずでは」

 七尾は声が震えそうになるのをどうにか、堪えた。

 あの、何を考えているかわからない、うっすらと唇を曲げる笑い方が、薄暗い倉庫の中でも、目の前に見えるようだった。

 裏切り者は、伊世。

 どうにかして、伝えなければ。

 けれど、あの石黒の叔母が、そうそう逃がしてくれるとも思えない。

 ためしに、素早く一列分、入って来た方向へ戻ってみる。すると、轟音と共に突如、アサルトライフルなどが立てかけられている棚が、ばたばたと一斉に倒れていった。

 逃げ出そうとした足が何かにとられて、その場に転んでしまった。

 そしてそのまま、引きずられる。

 引きずられながらもどうにかアサルトライフルを構え直した七尾は、自分の足を引きずる何かへ向けて、アサルトライフルを激しく撃ち鳴らした。しめつけが緩まる様子は一切、なかった。

 とうとう、伊世の前まで引きずり出された。そこで、足に絡みついていた何かは、消えた。

 暗がりにぽっかりと浮かんだ白い裸足を引きずって、伊世が、近づいてくる。手から、何か黒いうねうねとしたものが垂れ下がっている。

 ぽかんと、顔を上げた。

「動くと、次はあなたを壊しちゃうかもね」

 伊世の身体中に、A型クリーチャーのような、のたうつ蛇がまとわりついている。

 蛇の下からときおり覗く伊世の顔は、十代の少女のように若返っている。病的な白さが、七尾を見下ろしている。

 七尾はアサルトライフルに手をかけたが、すぐ蛇に奪われてしまった。

 CH計画。

 七尾は少しでも目の前の異形から離れたくて、後ろ手をついて、後ずさりした。

「残念ながら、みかげが殺したのはわたしのコピー。みかげはできれば取り込みたかったのだけれど、やっぱり欲張るのはだめね」

 蛇が徐々に形を失い、伊世の肩口から、背中の方へ消えていく。

 七尾は素早く立ち上がり、また出口を目指した。

 すると、クリーチャーに叩き潰されたときとも、変異種に弾き飛ばされた時とも違う、感じたことのないにぶい衝撃が、腹を貫いた。

 走ろうとしても感覚がなく、空気をかいているようだった。頭をゆっくりと下に動かす。

 自分の体が、宙に浮いている。

 腹から、何かとがったものが突き出している。

「え」

 七尾は呆然とそれを見下ろした。

 こんなのが、お腹から、出てしまったら。

 ずるり、と、お腹から突き出していたものが引き抜かれる。

 七尾は、床に叩きつけられた。派手に血が噴き出すのを感じながら、七尾はうめいた。

「だから言ったのに」

 ぺたぺたと、足音が近づいてくる。

「やめて」

「そのお願いは聞けないわね」

「わたし、先輩に、まだ」

「心配しなくても会えるわよ。あなたの自意識が残るかはわからないけれど」

 楽しそうに、伊世が言った。



 

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