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12 はじめから

 新型のクリーチャーが通路をふさぐ寸前、実行棟と研究棟間の連絡通路を突っ切り、研究棟に転がり込んだ石黒は、そのまま走り続けた。

 研究棟には人の気配がなく、普段はかかっているはずのいくつかのロックが開いていた。

 一階の真ん中にある伊世の研究室まで辿り着いてすぐ、横開きのドアに手をかけてみたが、さすがにここのロックはきちんと作動している。ドアの横にある小箱型の認証装置に手をかざしてみると、赤く染まっていたランプが青に代わり、自動で開いた。どうやら石黒が来たときに開くよう伊世が事前に仕掛けをしていたらしい。

 中は相変わらずの散らかりぐあいだった。研究にしか関心のない伊世の人となりをそのまま表している。

 レナント語やその他の言語で書かれた解読不能な本が散らばっている様は、どことなく、新山の部屋と似ていた。ふと怖くなって、自分の手に目を落とした。新山の首を絞めた感触が、まだ生々しい。

 石黒は小さくうめきながら、伊世がいつも座ってゆらゆらと体を揺らしていた椅子に腰かけ、背中を預けた。

 かすかに伊世のいつも使っている香水の香りが残っている。このまま目を閉じて、すべてが終わるまで何もせずにいたい。けれど七尾は、約束がまだ続いていると言っていた。確かに三年前、殺されかけてもなお、捨て石と使われたと知りながらもなお、瀬沼を弁護し続けた馬鹿な少女に、気まぐれにかけた言葉があった。言った本人ですら忘れていた三年前の口約束を、七尾がずっと覚えていたなんて、知らなかった。

 デスク上に置かれた情報端末の黒い画面に、ぼんやりと自分の顔が映っている。

 七尾はまだ、こんな自分を信じてくれている。それなら、七尾の代わりに、自分はどんな可能性でも疑わなければならない。

 椅子に座ったまま、デスクのありとあらゆる場所を手当たり次第に探ってみたが、伊世からもらった『歯』が鍵になりそうな部分はどこにもなかった。何かヒントになるものはないかと、情報端末を起動する。最初の画面が表示されると、いきなりパスワードを求められた。

 石黒はポケットから『歯』を取り出した。伊世はあまり回りくどいことを好む性格ではない。よくよく観察してみると、歯の底の部分に、インクのにじみがあった。それは細かく書かれた数字のようだった。小さすぎて読みにくい数字があるが、どうにか解読して、パスワード欄に入力する。

 画面が移り変わる。見慣れたトップページではなく、画面の真ん中に四角い長方形が表示された。そのまま動かない。伊世の情報端末はタッチパネル式だったことを思い出し、長方形を触ってみる。

 部屋の右側で何かが動く音がして、視線をやると、壁が横に開いていた。


 開いた壁の先は暗い別室になっていて、壁を通り抜けた途端、電気がついた。

 むっとにおってくる腐臭に、石黒は軽くせき込んだ。間隔をあけて配された机、その上に、無数の正方形に区切られたアクリル板が置いてある。区切りの一つ一つには、シャーレや透明な小箱がおさまっている。シャーレの中にはカビのようなものが広がっていて、小箱の中では、不気味な生命体がどくどくと脈打っている。

 石黒はそれを見た瞬間、足を止めた。

 この生命体を、自分は、何度も見ている。多くの命を奪ってきた場所で。多くの仲間が殺された場所で。

 核だ。クリーチャーの。

 その瞬間、すべてが線で繋がって、寒気に襲われた。

 CH計画。人間をクリーチャーにすることで優位性を得て、レナントを滅亡させる計画。

 そう、伊世が裏切るわけがなかった、はじめから。

 伊世はずっと、レナントを憎んできた。人基の母が――姉が殺された時から、ずっとずっと、レナントを憎んできた。

 レナントを滅ぼすためなら、なんでもする。なんでもする、そういう、女だ。

 これは、内通劇じゃない。

 講和条約の締結に尽力した英雄たちの死。

 伊世の目的は、講和条約の決裂だ。

 十六年前にレナントが仕掛け、十一年前から本格的な戦争状態に突入した、ヒノ・レナント戦争の、さらなる継続だ。

 レナント国を滅ぼすまで、レナント人をこの世から消滅させるまで。


 伊世はもう死んだ。どうしてわざわざ自分に、状況を打開するヒントを与えたのかも、わからない。

 けれどあの伊世が、新山に殺されることをただ、指をくわえて待っていたはずもない。すでに彼女の手から離れて計画は進んでいるのだろう。

 計画を止めなければ、あれだけの犠牲を払って終わらせた戦争が、また、始まってしまう。伊世の憎しみ、石黒の憎しみとは無縁の人々が、また、死んでいく。

 涙を流して歓声をあげ、国を挙げて祝った戦勝記念日が、なかったことになってしまう。

 佐藤や真村たちが、命をなげうつ覚悟で実現させた平和が。

 そんなことは絶対に許されない。

 まずは野外演習場でバトルスーツの確保を、と考え、石黒は走り出した。



 

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