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11 三年前の言葉

 三年前、区に属さない三級隊員になったばかりだった七尾には、近しい先輩隊員が二人いた。

 ひとりは石黒人基。今年小西に破られるまで最年少の特級隊員記録をもっていた石黒は、三年前には三級隊員の教育にも顔を出すようになっていた。人より図抜けて出来の悪かった七尾に対して、石黒は何かと厳しく接してきた。その厳しさは七尾を戦場で死なせないためだと、後輩を指導する立場になったときに初めて気づいたが、あのころは本当に石黒のことが嫌いだった。戦場で彼が窮地に立っていても、見殺しにした自信がある。結局、そんな場面なんて、一度も出くわしたことがなかったけれど。

 三級隊員の教育係の中で、その石黒と肩を並べる実力者だったのが、特級隊員になったばかりだった瀬沼幸次郎。訓練で見せる優しさと、戦場で見せる鬼のような厳しさを持ち合わせた、魅力的な人だった。戦場の外ではいつも優しくて、戦場ではレナント軍に何度も打撃を与えて、みんなに慕われていた。事務方の女子団員には圧倒的な人気があり、七尾もそれにもれず、彼のことが好きだった。突撃隊の中で数少ない女子隊員だった自分は、すぐ近くで瀬沼の仕事ぶりを見られる。そのことに、優越感を覚えているほどだった。

 特級隊員に昇進した瀬沼を祝う催しには、多くの人間が駆け付けた。瀬沼を慕う後輩たち、瀬沼に群がる女、瀬沼に群がる女目当てにやってくる男。理由は様々だったけれど、石黒の昇進祝いのときとは雲泥の差の、賑やかなパーティーだった。

 石黒も一応は呼ばれていたらしく、来賓紹介のとき、名前を呼ばれた彼はおざなりに頭を下げた。瀬沼とよく衝突し、対抗意識を燃やしているという噂の石黒に対しては、拍手もまばらだった。そんな男がいたらせっかくのお祝いも台無しだ。だから石黒があいさつのあと早々に会場を立ち去ったのを見て、ほとんどの人間はほっとしただろう。もちろん七尾もそのなかのひとりだった。

 そのパーティの席上でも、瀬沼と二人きりで話すほど親しくなっていた七尾は、浮かれきっていた。頼まれれば、瀬沼を慕う他の団員と協力して、瀬沼やその同僚のために色々な仕事をしたし、瀬沼を独占したいという贅沢は言わないから、そんな毎日がずっと続けばいいと思っていた。

 瀬沼は、そんな浮かれきった自分を、たやすく操作した。

 初めに忠告してくれたのは石黒だった。

 瀬沼と石黒は険悪な仲だというのが当時の4S内では常識になっていた。明るく誰にも分け隔てなく接する瀬沼と、腹に何かを抱えていそうな石黒、どちらを信じるかと聞かれたら、多くの人は瀬沼を信じるはずだ。当時の自分もそうだった。石黒の忠告は気に留めず、瀬沼たちとの付き合いを続けた。

 そして裏切られた。

 裏切られたことにも気づかず、4S本部を爆破し亡命の途中で捕縛された瀬沼を必死に擁護した。瀬沼によって極秘裏に進められた爆破計画を、知らずに手伝わされていたという証拠を突きつけられても、擁護した。七尾と同じように告発された瀬沼の取り巻きたちが、彼のことを悪しざまに罵るようになっても、周りの目も気にせず、擁護し続けた。

 彼はそんなことをする人じゃない。彼ははめられただけだと。そう、例えば石黒人基に、と。


 そして処刑の当日、七尾は、いまいるこの、中庭に引き立てられた。窓から多くの視線を感じる中、殺されかけていた七尾たちを救ったのは、七尾が死ぬほど毛嫌いしていた石黒だった。

 彼は、特級隊員の権限で臨時の特殊監査委員会を召集し、そのなかで瀬沼がすべての元凶であるという揺るがざる証拠を示した。そして処刑直前の七尾たち――瀬沼の取り巻きたち――、十二名を救った。

 瀬沼と石黒が険悪な仲だというのはある面では当たっていた。石黒は新山に指示されて、ずっと瀬沼のことを内偵していたのだ。瀬沼と対立することで、4S内の団員たちにどんなに嫌われようと、彼は忠実に任務をやってのけた。出来るならば戦場で死んでほしい、そんなふうに思っていた七尾すら、助けた。

 七尾は解放され、中庭に人気がなくなるまで立ち尽くし、それから、泣いた。

 そんなときだった。石黒が慰めにやってきてくれたのは。

 彼はしゃがみこんだ自分を見下ろしたまま、言った。

『お前みたいな裏表のないバカには、人も集まるけど……。そういう連中が吸い寄せられていくこともあるんだろうな。きっと。こいつは騙しやすい、って。お前が変わらないなら、これから先も、簡単にだまされたり、裏切られたりすると思うよ』

 さらに激しく泣き出した七尾にも動じず、あのときの石黒は続けた。

『お前、勘は悪くないんだから、何かおかしいなと思ったときには、とりあえず俺に相談しとけ。少なくとも4Sにいる間は、俺が、お前のぶんも他人を疑ってやるよ。だからお前は、その……あれだよ。あんまり落ち込むな。人を疑わない、お前みたいなバカがいるから、俺も、他人を信じてみようって思えるんだから』


 七尾が、三年前の石黒の言葉を思い出しながら、護身用の拳銃を手に手に握った事務方の隊員たちが右往左往する中庭を、新山とともに歩いていた時だった。

 突然、手元の携帯情報端末のアラームが鳴った。中庭全体で一斉になって全員が慌てふためきながら携帯情報端末を取り出した。

 新山を捕まえたままの七尾が、どうしようか迷っている間に、近くの女が取り出した携帯情報端末から、音声が流れ始めた。

『特殊監査委員会からお知らせします。ただいまクリーチャーとレナント軍小規模部隊によるによるテロが発生しており、手引きをした内通者が判明しました。新山みかげ作戦隊隊長です。当人が聞いていた場合は、ただちに情報部まで出頭してください。その他の隊員には、第一級要請が発令されました』

 一番近くにいる女が、顔をあげた。

『繰り返します、第一級要請が発令されました。新山みかげを捕縛してください、繰り返します、新山みかげを捕縛してください。逃走を図った場合は、殺害してください』

「ここにいます!」

 七尾がごまかす前に、女が声を上げてしまった。

 七尾には一瞬にして二つの選択肢が与えられた。新山を助けて逃走を図るか、それとも、このまま新山を突き出すか……。

「わたしを突き出しなさい。この状況ではスイまで殺される」

 演技かもしれない。

 演技かもしれないけれど、新山のこの言葉に、嘘はない気がした。

 しかし三年前、特殊監査委員会は、七尾の命を救ってくれた。

 新山か特殊監査委員会か、信じるなら、特殊監査委員会のはずだ。

 けれど、石黒は新山を完全には殺さなかった。クリーチャーが出現したとき、石黒の体術ならば、七尾の隙をついて殺すくらいのことはできたはずだ。

 迷ったら、彼を信じるほうにかける。

 彼との約束――契約は、まだ続いている。

「一級隊員、七尾翠です! ご安心を!」

 どよめきが大きくなる前に、七尾は先んじて声を張った。

「一級隊員、七尾翠です! 新山みかげはすでにとらえて、情報部へ移送中です! 事務方の皆さんに危害が及ぶことはありません! わたしだけでは頼りないかもしれませんが! 現在、阿久津隊長もこちらへ向かっており! 突撃隊が全責任を持って情報部までこの女を連行いたします!」

 この間も新山に『うるさい』と怒られた声が、中庭中に響いて、それが、どよめきから拍手に変わった。

 また間違ったのではないだろうか。

 また、信じて、裏切られるのではないだろうか。

 新山が、目だけで問うてくる。

『助けてくれるの?』

 と。七尾は無理に微笑んで見せた。こわばっていたかもしれない。

 歩き始めたところで、新山が小さく、

「情報部への連絡路にクリーチャー」

 とつぶやいた。

 七尾はその意図が一瞬つかめなかったが、情報部に直接行かなければ、怪しまれるということに気付いた。

 情報部には特殊監査委員会が張っているだろう。ただの事務方と違って、あそこには油断ならない手練れたちがいる。いくら一級隊員でも、バトルスーツなし、武器なしの現状では、とても対抗できない。

「野外演習場」

 と、新山が再び呟く。

 今度は言いたいことがすぐに分かった。

 すでに突撃隊に割り当てられた部屋は押さえられているだろうから、野外演習場に行けば、何か武器があるかもしれない。

「現在情報部への連絡路にクリーチャーが発生しているとの情報があるため、野外演習場のほうから回り込みます! 道を空けてください!」

 混乱する状況の中、最前線で戦う突撃隊の隊員は頼られるものらしく、全員が素直に道を空けてくれた。

 だがもうすぐ野外演習場へ抜ける中廊下に達しようとしたとき、

「ここで殺さないとまずいんじゃないか」

 という声が、聞こえた。

「七尾はそいつと仲が良かったぞ」

 別の声も聞こえた。

 もう中廊下に入るドアが目の前にあるのに、最後の最後で、道を空けてくれていた人たちの流れが止まった。

「ここで内通者を殺しておかないと、また、レナントと戦争になる」

 いろいろな声が聞こえる。疑心暗鬼がさざ波のように広がっていくのがわかる。

 三年前と同じだ。

 疑わしきは、殺せ。

 あのとき七尾たちを救ってくれた石黒はいない。特殊監査委員会は、新山の言った通りの動きを見せている。

「すみません、どいてください」

 立ち止まり、中廊下へのドアに立ちふさがる男たちに話しかける。

 男たちのひとりが、何も答えないまま、拳銃を手に取った。

 事務方は戦闘訓練は受けていない。クリーチャーの掟破りの速さで鍛えられた七尾には、拳銃を構えるまでの動作が、ゆっくりに見えた。

 素早く近づいてひねり上げる。

 どよめきとともに人垣が崩れ、新山がその隙間を縫って中廊下へ入った。

 七尾は男に組みついて、自らの盾にし、すでに弾倉が空になっている拳銃をすばやく彼の頭に突きつけた。

「下がれ!」

 そのまま怒鳴りつける。

 そのまま廊下の目前まで男を盾にして進み、最後に男を蹴り飛ばして、新山が開けておいてくれた中庭のドアをくぐった。

 新山が素早くドアを閉め、鍵をかける。

 背後で銃声が何発も聞こえたが、防弾仕様の厚いドアは、破れなかった。

 そのまま中廊下を突っ切り、野外演習場へ通じる側のドアを通って、外に出た。

「みかげさんを信じたわけじゃありませんよ」

 走りながら、七尾は言った。

「先輩の結論を待っているんです」



 

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