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10 信じる約束 疑う約束

 叔母が死んだというのに、石黒は落ち着き払っているように見えた。けれどその冷静さのまま、彼は新山を殺そうとしていた。

 七尾は、状況が整理できないまま目に溜まってくる涙を零さないよう、毅然とした表情をあえて作り、石黒に命令した。

「手を頭の後ろへやって、床にうつ伏せになってください。頭はこちら向きで」

 石黒は言われた通りにする。伏せった石黒の足の先で、新山がまだ咳き込んでいる。

 それを確認した七尾は、右手で拳銃を構えたまま、左手で携帯情報端末を引っ張り出した。

 石黒と端末に交互に視線を落としながら、阿久津を呼び出した。

「阿久津隊長、今、よろしいですか」

 七尾の声音からただ事ではないと察したのか、すぐに

「今どこにいる、すぐに誰かを向かわせる」

「団員懲罰用の独房です。新山作戦隊隊長と石黒特級隊員を私刑罪で留置しています」

 ようやく新山の咳が止まった。石黒は床に伏せたまま、少しも動かない。

「何が起きたか簡潔に話せるか?」

「新山みかげが、独房に収監されていた石黒伊世を私刑により殺害。その殺害に対して石黒人基が報復しようとしていたところを鎮圧、現在双方を独房で足止めしています。独房の管理者は見当たりません。先程まではいたので、新山みかげと示し合わせているかもしれません」

「私は侵入者への対応で作戦室から離れられない。森下と町田をいかせるから、あと十分、足止めしてほしい。背後への警戒も怠らずにな」

「わかりました」

 七尾は携帯情報端末をしまい、拳銃を構えたまま、鉄格子に背をつけた。ここからなら左右どちらの敵にも対応できる。

 敵。

 戦闘状態に近いところにある意識が勝手にそう判断していることに驚いて、七尾は一旦拳銃を下ろした。

 二人は、敵じゃない。少なくとも、今はまだ。

 私刑。裏切り。内通。

 ……三年前。

『俺が、お前のぶんも他人を疑ってやるよ』

 あのとき、石黒が言った言葉の断片がよみがえってくる。

 約束した。

 疑うのは石黒の役。信じるのは、自分の役。

「先輩。約束、覚えてますか?」

 石黒は何も答えない。

「わたしは、先輩を信じます。だから先輩は、最後まで疑い続けてください。たとえどんなに信頼している相手でも」

 それでも反応がないので、七尾は付け足すように、呟こうとした。

 信じるのもけっこう怖いんですよ、と。

 それが言葉になるよりも先に、独房の壁が崩れて毛皮に包まれた腕のようなものが突き出してきた。伊世の遺体の上に瓦礫が降り注いで、七尾は一瞬だけ、石黒への注意を怠った。

 足元を、何かが横切る。石黒だった。すぐに発砲したが、外れた。彼はそのまま独房を飛び出していった。

「右に跳んで!」

 いつもマイク越しに聞こえていた新山の指示が聞こえて、しみついた癖で、考えることなく従ってしまった。すると、先ほどまで自分が背中をつけていた鉄格子が無残にひしゃげていた。

 起き上がりざまに拳銃を連射してみるが、頭のない毛むくじゃらの化物に対して、効いている様子はない。腕が二本、足が四本の巨大な卵――不格好な楕円形の身体が、何度か揺れた。なぜかはわからないけれど、笑っている、と思った。

 腕の出所を警戒しながら、横腹に蹴りを入れた。しかし鉄の塊に足をぶつけたような、鈍い感触が返ってくるだけだった。

 おそらく新型。何が起こるかわからない。首のスイッチを押してヘルメットを出そうとしたが、出なかった。

 その一瞬を狙いすましたかのように、化物が身体を反転させながら右腕を叩き込もうとしてくる。七尾は力を抜いて背中から倒れて避けた。そこへ左腕も降ってきたが、倒れる直前に両手をすばやく後ろにつきながら一回転して避けた。

『他に考えられるのは、銃やバトルスーツが上手く動作しない、誤った情報に基づいて作戦を展開する……』

 石黒の言葉は頭に叩き込んであった。推測できる手には引っかからない。

 逆立ちのあとの連打も避けつづける。その間に新山が、化物の横をすり抜け、独房の外へ駆け出した。

「まずい……」

 呟きながら拳銃を腕の関節や足の関節に向けて連射してみるが、効いていなかった。

 やがてなすすべなく、独房の外に追いやられた。

 さらなる追撃を覚悟し、周りを見回しながら

「逃げてください!」

 と怒鳴るが、独房の入り口をふさいだところで、なぜかそのクリーチャーは動きを止めた。その巨体がもともと扉だったかのように、完全に止まった。

 大げさに怒鳴ったことを謝ろうと周りを見ると、廊下にはなぜか、誰もいなかった。

 戦闘に集中して聞こえていなかったが、何かあったらしい。

 動きを止めたクリーチャーをどうすべきか迷っていると、

「無事でよかった」

 耳元で聞こえた声にびっくりして、飛びのきながら振り返る。

 新山は顔中に浮かべた汗を緑色した隊服の袖で拭ったあと、逆の手で七尾の腕を掴んで引いた。

「廊下の両側にもクリーチャーが集まり始めてる。逃げられなくなる前に外へ」

 七尾は一瞬迷って、新山の腕をつかんでひねり上げ、後ろ手に拘束した。優しくしたつもりだったけれど、新山は苦しげにうめいた。

 中庭に面した窓のある、独房近くの独房管理室に足を運ぶと、入り口で新山が立ち止まった。

「拘束を外してくれない? 伊世は完全にクロだった。作戦室へ戻れば証拠もいくつか示せる」

「それを決めるのは、みかげさんじゃありません」

 七尾はドアを蹴り飛ばして開けた。

 中には誰もいなかった。

 七尾は新山とともに窓際へ行き、窓を開けた。中庭に、行き場をなくした多くの4S団員が集まっている。

「情報部の江田も伊世側の人間よ。当然、特殊監査委員会もね。もうあの委員会は骨抜きにされたわ」

「委員会のおかげで、わたしは命を拾いました」

「三年も前のこと、まだ言っているの?」

「本当はあのとき、死んでいたはずでしたから」



 

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