返済と借金
久々の休日を満喫した私は、そこそこにやる気を取り戻し、またポーションを製造販売する日々へと戻った。
なお、友人から諭された私は、以後は当初の予定通りに週二日の休日を取ることにした。
気分転換の休日をそれなりに挟めば、ポーションを作り続ける毎日も、悪いものじゃない気がしてきた。
ポーションの作成は、火の調節や、材料投入の量やタイミングなど、技術的に難しい部分が結構ある。
日々その点に関する完璧さを追及するのが、なかなかに楽しい。
そして、ポーションは稀に「スペシャル」ができることがある。
ポーション作成にかかる様々な要素が、完璧と思えるほどにバチッと決まると、通常よりも若干だけど高品質のポーションが出来上がることがあるのだ。
逆に、作成時の手際が悪いと、「失敗」とまではいかないものの、品質がもう一つ微妙なポーションができあがってしまうこともある。
例えば接客で手間を取られて、窯から目を離す時間が長くなったりすると、これはあんまり良くないんじゃないかと思うような出来栄えがありうるわけで。
それらは、素人には分からない程度の色味の違い、とろみ具合の違いがあるのだけど──正直私にも、どの状態がどのぐらい良いもので、悪いものなのか、はっきりとはわからない。
例えば、作ったポーションを一滴垂らせば効果量を数値化して表してくれる試験紙、みたいなものでもあれば、微妙な出来栄えの差に応じて、売値を微妙に変えるような売り方もできるのかもしれない。
でも、そんなお便利アイテムは世の中には存在しないので、実際には、多少良いものも多少悪いものも、設定した通常価格で販売することになっている。
しかしだからこそ、同じ値段なら少しでも品質のいいものをお客さんに売りたい、という気持ちがあって、日々が品質追及の毎日だ。
そしてそれは、わりと楽しかったりする。
──そんな錬金術師生活の日々は、飛ぶように過ぎていった。
収入面では、経費を差し引いた後の私の稼ぎは、1ヶ月あたり銀貨換算で400~500枚ぐらいで安定した。
営業している日数が1ヶ月に22日ぐらいだから、日当換算にすると銀貨20枚ぐらいだ。
営業していない日も工房の家賃はかかるので、休みなしに働いていたときよりは若干、日当換算の稼ぎが少ないけど、まあこのぐらいが順当な利益ということでいいと思う。
で、この月収の中から、お父さんへの借金返済分を用意することになる。
贅沢をしなければ、月々の生活費は銀貨100枚もあれば足りる。
ということは、私の月の手取り収入の銀貨400~500枚のうち、その気になれば300~400枚──大金貨換算で3~4枚分は、毎月借金の返済に充てられることになる。
借金総額は、就学費用の大金貨30枚と、店舗立ち上げ費用の大金貨15枚で、合計45枚。
利息は繰り上げ返済すれば減額してくれるらしいので、短期で返済するならあんまり気にしなくてオーケー。
と考えると、だいたい1年ちょっとぐらいで、お父さんからの借金は無理なく完済できることになる。
そうしたら晴れて、自由の身だ。
──ただ、これは「その気になれば」の話だ。
というのは、今の私には、実は一つ、考えていることがあったのだ。
そしてそれをやるためには、またお金が必要になるのだが、それをやるのは早ければ早い方がいい。
そんなわけで、私はお父さんに、さらにお金を貸してほしいと願い出た。
金額は、大金貨20枚。
それがなぜ必要で、今後どういう見通しになるのかまで説明して、お父さんを説得しようとする。
お父さんは、私の話を黙って聞いていた。
そして、私の話が終わると、少し思案した。
それから──お父さんは、私のその願いを、却下した。
「ひとまず、俺が今お前に貸している分を、全部返済しなさい。それ以上の話は、それからだ」
お父さんは、そう言った。
そのときの私の顔には、拒否されたことの衝撃が、ありありと浮かんでいたんだろう。
お父さんは、少し微笑んで、フォローをする。
「ただしこれは、お前が考えたプランを否定してのことではないよ。娘には一度、地に足をつけさせたいという、俺個人の気持ちによるものだ。──もちろん、現段階で俺のほかに、お前に出資してくれる人物を探すのは構わない。お前がそうしたいなら、そうしなさい」
──お父さんのこのときの判断が、良いものだったのか、それとも悪いものだったのか、それは分からない。
だけど私は、何事も順調に進み過ぎていたがゆえに、少し調子に乗っていたのかもしれない。
そういう反省をする、良い機会にはなった気がした。
ほかに借金のあてなどないこともあり、私はプランを延期し、黙々と働いて借金を返済することにした。
そうして私は、開業してからおよそ1年と2ヶ月で、お父さんからの借金を完済した。
そしてようやく、以前から計画していたプラン──錬金窯二台稼働計画を、実行に移す段に至ったのである。