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屋台

 今度は私のほうが、友人に引っ張られる番だった。

 彼女は猫耳をぴょこぴょこさせながら一台の屋台に吸い寄せられてゆく。


 彼女は、「おねーさん、二つちょうだい」と言って、屋台で調理と売り子を同時にやっているキツネ目のお姉さんに、銀貨を1枚渡す。


「あいよ、まいどありや」


 屋台のお姉さんは、その場で手際よく肉を焼き、上下二つに切った白パンの間に、その肉と、色とりどりの野菜と、最後にソースを挟んで、それを二つ、獣人の少女に渡した。


「ここのラッシュ鳥のパンはうまいよ。騙されたと思って食ってみ?」


 猫耳の友人から、そのサンドイッチされたパンを一個渡される。

 騙されたと思っても何も、挟まれたお肉から湯気の出ている温かいパンは、普通においしそうだ。


 大きく口を開けて、かぶりつく。

 もぐもぐと食べると、じゅわっとおいしさが口に広がった。


「うまっ……何これ……!」


「へへー、そーでしょー」


 ぱくぱくと肉パンにかぶりつく私を、獣人の友人は、自分も同じものを食べながら嬉しそうに見ている。

 彼女の気持ちは分かる。

 自分が良いと思うものを、ほかの人と共有するのは、嬉しいものだ。


 肉パンをペロッと平らげてから、私は屋台の値札をチラ見する。

 一個で銅貨5枚、と書かれていた。


 銅貨5枚という値段は、軽食の値段としては、少しお高めなほうだ。

 軽食の相場は、一食分で銅貨3枚~5枚ぐらい。

 でも、この味なら銅貨5枚は全然納得できる。


 ちなみに、銅貨が10枚で、銀貨1枚に相当する。

 そう考えると、いま私の腰のポーチの中に入っている木彫りの熊の値段で、このパンが10個買えてしまうわけだ。


 片や食べたらなくなってしまうもの、片や後々まで残るものだけど、私は友人の言っていたことが少し分かってしまった。

 さっきのお兄さんには悪いけど、だなぁ……。


「これ、食材の原価とかって、どのぐらいなんですか?」


 私はつい、屋台のお姉さんに、そんなことを聞いてしまった。

 聞いてしまってから、失礼な質問をしたことに気付いたけど、時すでに遅し。

 慌てて取り繕う。


「あっ、えっ、えっと、その……あの、高いとか、そういうわけじゃなくて、むしろ全然高くないと思ったんですけど、最近私も商売みたいなこと初めたから、ちょっと気になって、それだけなんですけど……」


 わたわたと弁解する私を見て、屋台のキツネ目のお姉さんは朗らかに笑って、気を悪くした風もなく答えてくれた。


「何や嬢ちゃん、若いのに商売人やっとんの?」


「はっ、はいっ! っていうか、どっちかっていうと、作ってる方だから、職人っていうのに近いんですけど」


「へぇー。そら凄い、頑張ってな。……で、なんやっけ? あ、そうそう、このパンの原価がいくらぐらいかって話やったね」


「は、はい。あの、気になっただけなので、もし差し支えなければでいいんですけど……」


「んー、したらお答えしよか。パンとか肉とか全部ひっくるめて、一食分あたり銅貨2枚ってあたりが、食材の原価やね。こんな屋台やけど、結構いい材料使っとるんよ?」


 お姉さんは、サクッと答えてくれた。

 一食分で、銅貨2枚。


 売値が銅貨5枚だから、売り上げの40%が材料費で消える。

 うちのポーションと、だいたい同じぐらいだ。


「ついでに言うと、1日に売れる数は、70個ぐらいな。なんで1日の売り上げが銀貨換算で35枚分ぐらい。ここから食材費で銀貨14枚分ぐらい飛ぶやろ。あと、この広場のショバ代と、この屋台の借用代と、あと燃料費とか税金とか諸々で銀貨10枚分ぐらい飛んで、うちの手元に残るんは、平均とると1日につき銀貨10枚そこそこってトコやね」


 お姉さんはさらに、私が知りたかったことを、さらさらっと教えてくれる。


 でも、これだけおいしいものを作れる人で、日当が銀貨10枚そこそこ。

 うーん……それはどうなんだろう。


「この味だったら、銅貨6枚……ううん、7枚で売っても、全然いいと思います!」


 私はまた、ついついそんなことを口走ってしまった。

 それにもお姉さんは朗らかに笑って、


「ありがとうな~。うちのパンをそれだけ評価してくれるんは、めっちゃ嬉しいわ。よかったら、また食べに来てや。──あ、そこのお兄さん、ちょい待ち! お兄さんこれから冒険者になろうって口やろ。したらまず、うちのパン食うてみ、絶対うまいから。そこの嬢ちゃんたちも、今ちょうど、うまいうまいって言うてくれてたトコなんよ──」


 お姉さんが別のお客さん相手に商売を始めたので、最後に軽く挨拶だけして、邪魔にならないように立ち去ることにした。


 そうして広場を歩いていると、隣の友人が、私に聞いてくる。


「ねぇ、商売やってると、みんなそんなにカネ、カネ、カネってなんの? お金ってそんな大事?」


 そう聞かれて、私は少し、困ってしまった。

 中等学校ぐらいまでは、私もこんなじゃなかったと思うんだけど……。


「えっと……みんなってことは、ないと思うけど……お金に対する見方は、少しシビアにはなるかな」


 とりあえず、そう答えておく。


「ふぅん。めんどくさいから、あたしは冒険者でいいや」


「でも、冒険者は、命懸けだからね……」


「命懸けの仕事してる割に、いつも貧乏だけどね、あたしら。命懸けなんだから、もっともらってもいいと思うんだけどな~」


「じゃあ、命懸けじゃない私の仕事と、代わってみる?」


「……ヤダ。っていうか、技能スキルないから無理だし、無理じゃなくてもヤダ。あんなとこでずーっとポーション作ってるとか、息詰まって死んじゃう」


「あはは、私も冒険者は無理だね……」


 なんて言いながら、冒険者もちょっと憧れるかなって、思ったりもした。

 浮気性だね、私も……。


【番外百合ネタ】


「でも、うまかったでしょ、あそこのパン」


「うん。ヤバいねあれは、また食べに行きたくなるよ」


「でしょでしょ! ……あ、ねぇ、口元にソースついてるよ」


「え、ホント? ──って」


 猫耳の友人は、私の口元についたソースを──なんと彼女の舌で、ペロッと舐め取ってきた。


「な、な、なななななっ……!」


「……ん、どったの、真っ赤になって? ……あ、人間ってこういうのやらないんだっけ」


「やるわけないでしょーっ!」


【完】

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