収入
開業してしばらくの間は、ポーションは毎日飛ぶように売れて行った。
この街に、ほかに錬金術師がいなかったことが、何より大きかったようで。
毎日毎日、早い時間に売り切れてしまう始末だった。
ありがたいけど、買いに来てくれたときに品切れしていると、お客さんには申し訳ない……そんな日々が続いた。
本当は、週に2日間の定休日を作ろうと思っていたんだけど、そんな場合じゃないと思って、私は休みもなく、毎日毎日ポーションを作り続けた。
ほとんどそれは、私の義務であるように感じていた。
ポーションの売値を上げる──値上げをする、という選択肢は、常に脳裏にチラついていた。
欲しい人がたくさんいて、生産のほうが追い付いてないんだから、多少値段を上げても売れるんじゃないか、むしろ、よりほしい人の手元にちゃんと届くようになるんじゃないか、なんて考えたりもして。
でも、値上げをした途端に、お客さんから見捨てられそうな気もして、踏み切れない。
足元見てる、なんて思われて、お客さんたちから嫌われたら、今度こそ私は、この街で錬金術師をやっていけなくなるかもしれない。
そもそもが、得意の何十人かの冒険者が、お客さんのほとんどすべてと言っていいような仕事である。
彼らから見放され、悪評が立ちでもすれば、あっという間に商売が成り立たなくなる──そんな恐怖感がある。
結果として、値段は据え置きで、とにかく生産を続けることになっている。
毎日毎日、狭い工房で錬金術用の大窯の前にべったりと張り付き、木の棒でぐりぐりとかき混ぜたり、適時に材料を投入したりしながら、ぐつぐつとポーションを煮込んでいる。
ポーションを作るのには、かなりの時間がかかる。
作るポーションの種類にもよるけど、最も時間のかからない何種類かの一般的なポーションでも、8時間ほど、わりと付きっきりで、ぐつぐつ煮込まないといけない。
朝に工房に行って、開店と同時に煮始めて、お昼には一旦火を止めてご飯を食べに出たりしていると、閉店と同時にできあがる感じだ。
そしてそうしてできた分は、翌日の販売分にしている。
ポーションは大窯で煮始めるのだけど、できあがりの頃には、煮詰まってものすごく少ない量になっている。
例えば、最も一般的なヒーリングポーションだと、1日かけて作れる量は、ポーション5本分だ。
一方、ハイヒーリングポーション──いわゆるところのハイポーションだと、できあがり時の量はもっと少なくなって、1日かけて作って、なんと1本分にしかならない。
そのぐらい、ポーションというのは、量産ができないアイテムだ。
さらに言えば、この生産数は、ポーションの調合に「成功」した場合だ。
錬金術学校でさんざん勉強や実験を続けてきた今の私は、一般的な種類のポーションだったら滅多に調合の「失敗」はしないけど、それでも稀に、何らかのアクシデントで「失敗」をすることはある。
調合に「失敗」した場合、大窯の中身は、ポーションでない何かに変貌してしまう。
つまり、まったく何の役にも立たない廃棄物になってしまうわけだ。
このことは、その日の仕事と材料が、すべて無駄になることを意味している。
そしてそうならないように、いつも細心の注意を払いながら調合をしなければならないわけで、精神的にすごく疲れる。
こう毎日毎日ポーションの調合を続けていると、精神的疲労のせいで、仕事中なのにいつの間にかボーっとしているときがあって、あやうく調合に「失敗」してしまいそうになったことが何度かあった。
まあさておき、ポーションの生産事情は、だいたいそんな感じということで。
ちなみに、うちの工房で現在生産している主なポーションは、この4種類。
●ヒーリングポーション
売値:銀貨10枚
材料費:銀貨4枚
1日の調合で生産できる数:5本
●ハイヒーリングポーション
売値:銀貨50枚
材料費:銀貨20枚
1日の調合で生産できる数:1本
●マインドポーション
売値:銀貨15枚
材料費:銀貨5枚
1日の調合で生産できる数:3本
●アンチドーテポーション
売値:銀貨15枚
材料費:銀貨6枚
1日の調合で生産できる数:4本
ほかのポーションも作れなくはないんだけど、圧倒的に需要があるのがこの4種類なので、実質的にはこれ以外は生産していない感じだ。
中でも、特に需要があるのがヒーリングポーションとマインドポーションで、この2種類だけで、売り上げ全体の9割を占めていたりする。
ただ、お客さんが工房に来ても、在庫がほとんどなくて、その場で予約してもらって数日後に販売、みたいな受注型の予約販売になりかけているんだけど……。
ちなみに前述の材料費は、ポーション1本分の量を作るために必要な材料費だ。
ヒーリングポーションなら、1日の調合につき、この材料費の5倍分の材料を窯に投入することで、5本分の生産が可能ということ。
それとこの材料費には、材料を煮込むために必要な「火」を用意するための、燃料調達の費用も含まれている。
1日およそ8時間、ずっと火を絶やしていないわけだから、この燃料費が結構バカにならなかったりするわけで……。
さておき。
生産すればその分だけ売れる、という今の状態なんだけど、それでどのぐらいの収入を得ることができるのか。
お金儲けをしたいわけじゃないけど、生活費は必要だし、お父さんからの借金は返さないといけないしで、やっぱりお金は必要だ。
例えば、1日かけてヒーリングポーションを5本作って、それが5本とも売れたとする。
売値は1本あたり銀貨10枚だから、5本売れれば銀貨50枚というのが、1日の売り上げになる。
で、この銀貨50枚という額から、必要経費を差し引いたものが、純粋な私の稼ぎ──まあ、お給料みたいなものと見ることができる。
それを計算してみると、こんな感じになる。
●売り上げ
銀貨50枚
●必要経費
材料費:銀貨20枚
工房の家賃(1日分相当額):銀貨2枚
税金(売り上げの10%):銀貨5枚
●利益
銀貨23枚
というわけで、ざっくり言って銀貨23枚というのが現在の私の毎日のお給料になる、と考えていいと思う。
下働きで賃労働していれば、これが銀貨6枚か7枚ぐらいなわけだから、結構な手取りなんじゃないだろうか。
借金をしてでも、ここまで来ただけのことはあると思う。
でも──
「あう~、疲れたよ~! 毎日毎日毎日毎日ポーション作ってばっかり! もうやだ、休みたい~!」
私は閉店後の店内で、工房側からカウンターにぐでっと倒れ込み、そう愚痴を漏らした。
その愚痴を聞くのは、以前酒場で出会った冒険者の一人──獣人の女の子だ。
彼女は客席側から、お行儀悪くカウンターに腰掛け、疲れ切ってへたった私の額を指先でつんつんしている。
彼女とは、歳が近いこともあって、すぐに仲良くなった。
お客さんと店主の関係ではあるが、同時に友達でもある、そんな間柄になっている。
「あのさー、そんな疲れてるんだったら、休めばいいじゃん。毎日毎日休みもなく働きっぱなしでしょあんた」
「う~、でも~」
「でも?」
「……いま私が休んだら、冒険者のみんな、困らない?」
私がそう言うと、獣人の彼女はその猫耳をぴくっと動かしつつ、呆れた顔をする。
「あんたそんなこと考えて、ずっと働いてたの? ……そりゃ困るか困らないかで言ったら困るけどさぁ、私たちだって元々よその街で買うなり何なりしてたんだから、その気になればどうとでもなるって」
「うう……ってことは、私とこの工房、本当は必要ないのかな……」
私がそう言うと、今度は獣人の少女の額に怒りマークが浮かんだ。
「程・度・問・題だっつってんの! あーもうめんどくさい子ね! 働き過ぎてメンタルやられてんじゃないの!?」
「そうかも……」
「だったらもう休めあんた! 2、3日ぐらい安め! はい決まり! あんた明日から店閉めて休み! いい!?」
「……でも」
「でも、何よ」
「休んでも、やることないし……家でぐだぐだしてるぐらいしか……」
「仕事人間か! 分かったわよ、じゃあ明日私が一緒に遊んであげるから、それでリフレッシュする! いい!?」
「──ホントっ!?」
そんな運びで、私は翌日を休みにして、彼女と一緒に街で遊ぶことにしたのだった。
なお厳密には、売上税10%の社会というのは、かなり大変なことになるみたいです。
詳細はこちら(↓)に書いてくれました。
中世ヨーロッパ風世界に売上税を取り入れるとどうなるか考えてみた
http://ncode.syosetu.com/n3037dh/