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開業

 さて、そうしてお店を持った私。

 期待に胸を躍らせ、開業準備をしていたまでは良かった。


 問題は、いざといって開業をした、今日になってから起こった。


「お客さん、来ないなぁ……」


 私は窯の中の、ヒーリングポーションになりかけの液体を木の棒で混ぜながら、そうつぶやく。


 内装工事のついでにと、表には店舗の看板も作ってもらったし、営業中の札もかけてある。

 だというのに、今日の朝に店を開けてから、そろそろ夕方になろうという今まで、お客さんが誰一人として来なかった。


 ところで、そもそも錬金術師は、どうやって生計を立てるのかというと。

 これは、錬金術を使って調合したポーションをお客さんに売る、というのが主な収入源になる。


 例えば、ヒーリングポーションを作って、それを1本あたり銀貨10枚で売ると、1本売れるごとに銀貨10枚が私の手元に入ってくる。

 ここから、材料費やら何やらを差し引いたものが、純粋な私の稼ぎになるわけだ。


 ところが、お客さんが一人も来ないのでは、当然ながら商品であるポーションは売れない。

 商品が売れなければ、これまた当然ながら、収入はゼロだ。


 もし、どこかで下働きとして雇ってもらう場合なら、1日働けば、1日働いた分の賃金をもらえる。

 その下働きの日当が銀貨6枚なら、1日働けば銀貨6枚、必ず手に入るわけだ。


 でも錬金術師のような自営業の場合、誰かから賃金を払ってもらえるわけじゃないから、どれだけ働いても、お客さんが来なければまったくの収入なしになる。


 さらに言えば、収入なしというのは、差し引きでプラスマイナスゼロ、ということでもない。

 実際のところは、日を重ねるごとに、どんどん手持ちの資金が減ってゆくことになる。


 収入がなくても、賃借しているこの建物の家賃はかかるわけだし。

 それに、私が1日働くっていうことは、私が1日生きるための糧を得なければならないということで──つまりは、生活費が必要になる。


 今の私は実家暮らしをしているのだけど、前々から言われていた通り、家賃や食費などとしての月々銀貨80枚という額は、家に収めないといけない。

 つまり、1日あたり銀貨3枚近い金額を、私はただ生きているだけで、消費する。


 要するに、どういうことかというと──このままじゃまずい、ということだ。

 お父さんから借りたお金の残りがあるから、今すぐに破産するとかいう状況ではないけど……。


 私は、作っていたヒーリングポーションを完成させると、店舗を閉めて鍵をかけ、店の外に出た。

 そして私は、ある場所へと向かったのだった。




 多くの冒険者たちが集うという、街の酒場。

 私は、大通りに面したその酒場の、入り口の扉の前に立っていた。


 時間はすでに、夕刻を過ぎた頃。

 扉の向こう側、建物の中からは、早くも出来上がっているのか、大声による話し声や笑い声が聞こえてくる。


 私は一つ、深呼吸をする。


 冒険者っていうのは、荒くれ者が多いという。

 対する私は、曲がりなりにも、か弱くて年若い女子なのだ。

 この中に入るのは、正直に言って怖い。


 私は一度、扉の前から離れ、酒場の建物の前をうろちょろしながら、逡巡しゅんじゅんする。

 怖い……怖いけど、入らなきゃだめだ。


 扉の前を何往復かした後、私はついに意を決して、酒場の扉を開いた。


 扉を開いた先には、当然のごとく酒場の風景が広がっていた。

 木造の床や壁で囲われたその広めの空間には、六人掛けのテーブルが六つと、それとは別に、カウンターに席がいくつかあった。

 夕刻過ぎという今の時間には、まだ空席のほうが目立つ感じだった。


 しかしそれでも、テーブルのうちの二つに、それぞれ冒険者のグループが陣取って、早くも宴を開いていた。

 彼らのうちの何人かは、入口を開いて入ってきた私のほうへと視線を向けるが、すぐに興味を失ったのか、仲間たちとの会話に戻る。


 私の心は、くじけそうになる。

 今すぐ、この酒場の扉を閉じて、帰ってしまいたくなる。


 それでも私は、自分の心にむち打って、テーブル席のうちの一つに向かってゆく。


「あ、あのっ……!」


「──ぁん?」


 私がテーブル席で談話しているグループのうちの一つの前まで行き、声をかけると、グループのメンバーのうち、ガラの悪そうなヒゲの男の人が、めんどくさそうに私に視線を向けてきた。

 ほかのメンバーも、何事かと私に注意を向けてくる。


 心臓が爆発しそうだ。

 でも、ここまで来たら引き返せない。


 私は、私の存在を、彼らに売り込まなければならない。

 私と、私の工房アトリエの存在を、彼らに知ってもらわなければならない。


 つまり私は──自分の工房アトリエの宣伝をするために、この場に来たのだ。


 錬金術師が調合するポーションを最も頻繁に活用するのは、彼ら冒険者だ。

 彼らに、私がこの街で工房アトリエを開いたことを知ってもらわないことには、彼らにとって有用なアイテムを私がどれだけ取り扱っていても、そこに売買関係は発生しない。


 そう思って、思いつくままに、ここまでやって来たのだが……


「わ、私っ、あのっ、このたび、えっと……この街に、えっと、錬金術師として工房アトリエを開いた者なんですけど」


 緊張で、言葉が出てこない。

 それに、後ろめたさが、私の心を締めつける。


 彼らは酒場で、楽しく騒いでいたのだ。

 それに水を差してまで、私がしようとしていることは、ただ私の利益のために、私を売り込もうという行為なのだ。


「その……よろしくお願い、します……」


 それだけを言うのが、精一杯だった。

 それ以上は、もう言葉が出てこない。


 何をしに来たんだ、私は。

 自分のことしか考えないで、彼らの楽しい時間を邪魔しに来た。

 図々しい。

 そんな自責の念が、私をぐるぐると責め立てる。


「えっ、キミ、錬金術師なの?」


 しかし、グループのメンバーのうちの、一人の若い男が私の話に食いついてきた。


「は、はい! あの、て言っても、この春に錬金術学校を卒業したばかりで、経験はまだ浅くて──あ、でもでも、学校は首席で卒業してるので、その、あの……」


 私の口から出てくる言葉が、むちゃくちゃだ。

 しなければいい謙遜をしてしまって、それをカバーしようとして、余計に悪印象になる情報を付け加えてしまって、最悪もいいところだ。


 ああ、もう消えてしまいたい……!

 私のバカ!

 死んじゃえ死んじゃえこのバカーっ!


 しかし私がそうやって精神的自傷行為を繰り返していると、今度はさっきのガラの悪そうなヒゲの男の人が、豪快に笑いかけてきた。


「はっはっは! 可愛い錬金術師さんじゃねぇか! 自分はまだ未熟だけど、腕は確かだ──そう言いたいんだろ? なあ嬢ちゃん?」


 そう言って、私の背中をバンバンとたたいてきた。


「ひぅっ……あっ、え、えっと、その…………はい、そうです」


 私は若干おびえながら、そう答える。

 すると今度は、その冒険者グループの唯一の女性メンバーらしい、若い獣人の女の子が、ヒゲの男の人に冷たい目を向けて言う。


「ちょっとぉ、その子怖がってるじゃん。あんたタダでさえガラ悪いんだから、そういうの気をつけなよ。──ごめんね、そいつも悪気はないのよ、ただ根っからチンピラ面なだけで」


「おいおい、チンピラ面はひでぇよ」


「だって事実でしょー」


 ヒゲの男の人は大仰に両手を広げて傷心アピールをするけど、獣人の女の子は意にも介さない。

 そしてそれから、彼女は再び私に向き直る。


「でさ、キミ、この街で錬金術師始めたって言ってたよね? ってことは、キミの工房アトリエに行けば、ポーションが売ってるってこと?」


「あ、えっと──はい、そうです! 是非とも、我が工房アトリエを、ごひいきによろしくお願いします!」


 獣人の少女の質問に答えて、冒険者たちの前で、ぺこっと直角に頭を下げる。


「へぇー。ってことは、もう隣の街に行って、買いめとかする必要ないんだ。やったね、この街便利になったじゃん!」


「ということは、マインドポーションも売っておるのかの?」


 今度は、魔法使い風のおじいさんが、そう聞いてくる。


「あっ、はい! あの、マインドポーションは一番需要があるので、真っ先に作ったので、えっと、でも、まだ在庫3本しかないですけど、今後また優先して作っていくつもりですので……」


 私はしどろもどろになりながらも、冒険者たちにいろいろと説明をしてゆく。

 私の工房アトリエが街のどこそこにあって、営業時間はいつからいつまでで、定休日は──




 そんなこんなの出来事があって、次の日には、私の工房アトリエにちらほらお客さんが来てくれた。

 ポーションも飛ぶように売れて、前日と前々日に作った在庫は、あっという間になくなってしまって、来てくれたお客さんに在庫切れでごめんなさいと頭を下げることになった。


 在庫切れで無駄足を踏ませてしまったお客さんには申し訳なく、心苦しかったけど──それでもこれで、私の錬金術師としての生活が、本格的にスタートしたのだ。


 私は、胸の高揚が抑え切れなくて、お客さんが誰もいなくなったお店の中で、やったやったと歓喜の叫びをあげ続けたのだった。


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