エピローグ
仕事として錬金術師を始めてから、およそ3年の月日が経った。
学校に行くところから含めて、錬金術を始めたところから換算すれば、5年になる。
この仕事を選んだこと、続けてゆくことに疑問を持ったことも、何度かあった。
子どもの頃に思い描いていた仕事と違う──なんて思って、やめたくなったこともあった。
そもそも私は、どうして錬金術師になりたいと思ったのか。
私はその日の朝、爽やかな空の下の工房への道を歩みながら、思い起こす。
契機は、別の街に住んでいて、この街に越してくる前。
お母さんが、重病にかかったときだった。
その頃、まだ7歳だった私は、高熱にうなされるお母さんが、もうすぐ死んでしまうんじゃないかと思って泣きじゃくっていた。
病人のそばでぎゃんぎゃん泣きわめく子どもは、さぞや迷惑だったろうと思う。
お父さんもその時はまだ若くて、お母さんの様子を見て、バタバタと慌てていたのを覚えている。
薬草師を呼んでも、治癒魔術師に来てもらっても、お母さんの容体は良くはならなかった。
そんなとき、お父さんが一人の女の人を家に連れてきた。
ローブを身にまとった、長い髪の綺麗な人だった。
その女の人は、お母さんの容体を見て、お父さんに何かを伝えた。
お父さんは、「すぐに用意する!」と言って、その女の人と一緒に慌てて家を出て行った。
それから三日後だ。
その女の人が再び家に来て、何かの薬のような液体を、お母さんに飲ませた。
すると、ずっと苦しんでいたのが嘘のように、お母さんの寝息が安らかになった。
そしてその翌日には、お母さんは元気になっていて、朝起きた私に笑顔で「おはよう」って言ってくれた。
子どもだった私には、その女の人が神様の遣いか何かだと思ったのだけど、後にその人が錬金術師だと分かったら、すごいすごいという想いが止まらなくなった。
──まあ今にして思えば、あのお母さんの病気が偶然、錬金術師のポーションがヒットする対象だったというだけだし、治癒魔術師なんかも、もっと腕のある術師だったら治せたのかもしれない。
だけど、子どもの抱く憧れなんてものは所詮そんなものなんだし、そんなものでいいとも思う。
いま私は、その憧れを原動力にして、この錬金術師っていう仕事をしながら暮らしていけるようになった。
そしてその過程で、様々な人と出会って、様々なことを知り、体験したのだ。
……なーんて、久々にセンチメンタルなことを考えながら工房にたどり着くと、工房の鍵を開けたところで、道の向こう側から少年が走ってくるのが見えた。
息せき駆けてきた私の下働きの少年は、私に向かって、こんなことを言ってきた。
「はぁ、はぁ……て、店長……すみません、数日、休ませてもらえませんか……?」
「どうしたの、急に。何かあったの?」
「はい……うちの母親が昨日突然倒れて、原因不明の高熱で、ヤバくって……!」
私はそれを聞くと、工房内にストックしてあった、様々な種類の病気治療のポーションの在庫をありったけひっかき集めて、袋に詰めて外に出た。
そして、あっけにとられる少年に、家まで案内するように言う。
「え、でも、病気治療のポーションなんて、高すぎて僕の貯金じゃ……」
「いいから! こんなポーションの1本や2本、くれてやるからさっさと案内する!」
「でも、店長いつもあんなに、お金お金って……」
それでもまごつく少年に、私は全力で言ってやった。
「うるさい! お金なんてものはね、使いたいときに使うためにあるのよ!」