低価格競争
当然と言えば当然のことだけど、値引きをしたらお客さんが戻ってきた。
たまっていた主要四種類のポーション在庫がどんどん捌けていって、さらに店に来たお客さんの目にとまるせいか、レアもののポーションの売れ行きも好調。
っていうか、向こうの工房ができる前よりも、心なしかお客さんが多い気がする。
以前は見なかった冒険者が、ちらほらいるような。
値段を安くしたせいで、あるいは改めて宣伝しなおしたせいで、今までポーションを利用していなかった冒険者が、試しに買って使ってみようかと考えたのかもしれない。
そうやってぽんぽこぽこぽんというようにポーションの在庫を売りまくっていると、昼を過ぎた頃に、捻くれ顔の錬金術師が、お店に現れた。
「あれぇ、どうしたんですか、営業中ですよね? あんまりお客さんが来なくて、暇を持て余してるとか?」
私がそう言ってやると、彼は顔を真っ赤にして歯をかみしめ、踵を返して大股で店を出て行った。
ライバルが去っていった姿を見送って、接客担当の少年がつぶやく。
「店長……大人げない」
「……ぶー、だって、ムカつくんだもんあいつ」
「うっ……店長、そのときどき見せる子供っぽいところ、反則ですよ……」
「えっ、何が?」
ときどき彼は、私に分からないことを言う。
気にしても仕方ないから、流すんだけど。
そうして、その週の売れ行きは順調──になるかと思ったら、週の三日目からまたぱったりお客さんが来なくなった。
何かと思ったら、向こうの工房で、こっちよりもさらに値を下げるという真似をしたらしい。
その値段を聞いて、びっくりした。
ヒーリングポーションを銀貨6枚、マインドポーションとアンチドーテを銀貨9枚で売りに出しているという。
「……何、バカなの? ねぇあの男バカなの?」
「店長、落ち着いてください……! 声、声が怖いですから……!」
ポーションを混ぜながら苛立つ私を、少年がやんわりとなだめてくれる。
最近私、メンタル的にこの子に依存してきてるな……。
もう私、この子がいないとダメなんじゃないだろうか。
でも、仕方のない話だと思う。
あの男のやっていることは、ほとんどこっちに対する自爆攻撃だ。
だって、仮にヒーリングポーションを銀貨6枚で売って、それで1日で生産できる5本分全部売れたとする。
それでも、材料費が1本あたり銀貨4枚かかるんだから、その売り上げだと材料費差し引きで銀貨10枚しか残らない。
ここから、家賃と税金とかが差っ引かれると、いいとこ銀貨4~5枚ぐらいしか残らない。
っていうことは、彼は最大限に商品が売れたとしても、日当が銀貨6枚の下働きよりも少ない労賃しか得られないことになる。
高いお金と期日を支払って学校に行って技能を得て、安くない元手を払って工房を構えておいてそれじゃ、まるで話にならない。
つまり、どう考えたって、正常な値付けじゃない。
そしてその値付けをされると、どうしたってこっちも、同等以下の値段で売らないといけなくなる。
「……いいわ、付き合ってあげようじゃない。自分がどれだけバカなことをしているか、分からせてやるわ……!」
「店長~、混ぜ棒が折れる、折れますから」
幸いなことに、まともに利益が出せない環境下でも、こっちには数年間は耐えられるだけの貯蓄がある。
対して、開業したての向こうはどうだろう?
そんなに余剰の開業資金を用意しているだろうか。
「根競べよ。向こうが仕掛けてきたこのバカげた戦争、乗っかってやるわ……!」
──そんなわけで、「今だけ大特価セール! ヒーリングポーション:銀貨6枚、マインドポーション:銀貨9枚、アンチドーテポーション:銀貨9枚」という触れ込みで、いつまでが「今だけ」なのかは告知しないで、大特価セールを開始したのだった。
──それからおよそ2週間後に、捻くれ顔の錬金術師は私の前に来て、価格協定を結んでもらえないでしょうかと言って、悔しそうに頭を下げてきた。
想定通り、相手側のほうが先に、経営破綻直前まで追い詰められたわけだ。
ここで突っぱねて、相手が完全につぶれるまで追い詰めてもよかったんだけど、そうすぐにつぶれるとも限らないし、本当に追い詰められた人間は何をやるか分からない。
そうなればこっちのダメージも大きくなる可能性があると思って、そこで手打ちにすることにした。
私は彼と、私の工房が当初販売していた値段で価格合意をし、両店ともその値段で据え置くことに決定した。
そうして、痛み分け──と呼ぶには、向こうの被害が大きかったようだけど、ひとまずは健全な経営状況が戻ったのだった。