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12/15

赤字

 月々、銀貨900枚弱──大金貨9枚弱の収入が手に入る。

 生活費で大金貨1枚弱を使うと、残りは大金貨8枚分ほどになる。


 この余剰分のお金をどうしよう、というのが目下の問題だった。

 質素な生活に慣れ過ぎて、いざ高収入の環境に置かれると、逆に困ってしまう。


 そんなことを夕食の席でチラッとお父さんに漏らしたら、お父さんは「商人としては、どんどん使って経済を回せ、と言うべきなんだろうが」と前置きをした上で、


「商売というのは、好調のときがあれば、どうしようもなくうまくいかなくなるときもある。稼げるときに稼いでおいたほうがいいぞ」


 と助言してくれた。

 なので、とりあえずお父さんの言に則って、稼げる今はどんどん稼いでおくことにした。


 そして、お父さんの言葉が予言であったかのように──新しい工房アトリエに移ってから1年近くが経過した頃に、そのときがやってきたのだ。




「店長、最近暇ですね」


「そうだね……どうしたんだろ」


 今年で16歳になった接客担当の少年と、今年で19歳になった私とが、ぽつりぽつりとつぶやく。


 ある日を境に、とんとポーションが売れなくなってきたのだ。

 好調時は、作った分のポーションは長期的に見れば結局ほぼ全部売れる、というような状況だったのだけど、最近は日を追うごとにどんどん在庫が増えていっている。


 最近の売れ行きは、作った分のおよそ半分というところ。

 どうにかギリギリ、作っている分の材料費は確保できているけど、工房アトリエの家賃と、雇っている少年へのお給料も含めると、利益はほぼ消滅する。


 つまり、私のお給料が実質ゼロの状態。

 毎日の生活費は、この1年ほどで貯まった貯金を食いつぶしてしのいでいるといった状況だった。


 どうして突然売れなくなったかという、原因は分からない。

 比較的、レアもののポーションは以前のままに売れるのだけど、売り上げを支えていた四種類の主要ポーションが、ほとんど売れなくなっている状況だった。


「……店長」


「何?」


「僕、やめたほうがいいですか?」


 少年の、少し上ずった、感情をはらんだ声。

 私はそれを聞いて、心臓を打ち抜かれたようにドキッとした。


 どうしてそんなこと、なんて聞くまでもない。

 この1年弱で、彼にはお店のお金周りのことまで含めて、いろいろなことをしゃべってきた。


 学こそ中等学校止まりだけど、結構さとい子だ。

 今のこの工房アトリエの経営状況が、うっすら分かっていて──彼を雇い止めして、彼に払う分の賃金さえなくなれば、その分の浮きでどうにか私が食べていけるだけの状況が作れることを、理解しているんだろう。


「えっと……やめたいの?」


 そう聞いてしまった私は、すごく卑怯ひきょうだと思う。

 私自身、気弱になって、気持ちが弱っていたから出てしまった言葉だろう、というのは言い訳だ。


 しばらく、私がポーションを混ぜる音だけが、工房内を支配した。

 少しして、少年が口を開く。


「……やめたくないけど、僕がいるせいで店長の迷惑になるなら、やめてほかの仕事を探します」


 息が詰まった。

 ポーションを混ぜる棒を、取り落としそうになる。


 重苦しい空気が流れる。

 ──何だよ、ちょっと経営状況が悪くなったら、こんな風になるの?


 貯金なんて、まだいくらもある。

 私が普通に暮らしていくだけなら、何年かは耐えられるぐらいはある。


 そもそも、在庫は増えていってるんだから、ポーションを毎日窯二台分フル活用して作ったりしなければ、その分だけ材料費もかからない。

 もっともその場合、私一人で接客もできるから、経営上は、彼に支払っている分の賃金が無駄になるのはあるんだけど。


 いずれにせよ、状況打開の手を考えるための時間は、まだたっぷりあるんだ。

 まだ諦めるような段階じゃ、全然ない。


「──いらない心配しない。生意気だぞ」


 私は少し背伸びして、自分に背を向けたままの少年の頭に、自分の手を置いて、くしゃっとひとなでする。

 何とかしてやる、という意気込みを、その手に込めた。


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