倍増
「いらっしゃいませ!」
新装開店して初めてのお客さん。
接客担当の少年は、入って来た女性冒険者を、元気よく迎えた。
初めての接客なのか、ちょっと緊張しているのが分かる。
初々しいなぁ。
で、店内に入って来た女性冒険者は、二人体制になった店を見て、さっそくこんなことを言って来た。
「んんっ、新しく工房構えたと思ったら、男捕まえたんだ。へぇー、それで工房広くしたんだ」
「「……は?」」
錬金窯相手に格闘する私と、接客担当の少年の声が、ハモった。
「──ちっ、違います! 彼は、私がポーション作成で手が離せなくなるから、接客担当として雇っただけで……!」
「そ、そうですよ! 僕は店長に雇われただけで、そういうんじゃ……!」
「あっはははは、そんな二人ともムキになんないでよぉ。ちょっとした定番のジョークじゃない~。──それとも何、本当に結構意識しちゃったりしてるのお互い? どうした少年、顔が赤いぞ~」
……た、タチ悪っ……。
「あの、営業の邪魔になるので、ポーション買いに来たんじゃないなら帰ってもらっていいですかね?」
私はその常連客の女性冒険者に、軽い牽制をぶつける。
「あ、ひっどーい。常連の客に対して、そんな言い方する?」
「良い常連のお客さんは、従業員をからかって遊んだりしません」
「むむっ、つれないのぉ」
この一年で、こんなやりとりをできるぐらいには、お客さんたちと仲良くなっていたりする。
ほとんどのお客さんが顔なじみなのだ。
「……でも少年、本当のところどうなんだい? この工房の店主さんは、なかなかに可愛いとは思わないかね? 美人のお姉さんと二人っきり、一つ屋根の下で仕事していて、ドキドキしたりしないかい?」
「そ、それは……」
「……ほほぅ、この反応は」
「……本気で怒りますよ? せっかくいい子見つけたのに、明日から来なくなったらどうしてくれるんですか?」
そろそろ物理的に店から追い出したい。
でもいま窯の前から離れたら大変なことになる。
ぐぅ……。
「明日から来なくなるぅ? いやー、ないわー。この子に限ってないわー。ねー、少年?」
「…………はい。やめたりは、しないです」
「ねっ、ほら、大丈夫でしょ? ……あ、すみません、ヒーリングポーション二つください」
彼女を睨みつける私の目に本気の怒りを感じたのか、彼女はそそくさとポーションを買って出て行った。
まったく……。
「ごめんね。あの人も、悪いお客さんじゃないんだけどね。ちょっと悪ふざけが過ぎるところがあるっていうか。あの人は大丈夫だから、嫌なことは遠慮なく嫌って言っていいよ?」
お客さんが出て行って二人っきりになった店内で、少年に向かってフォローの言葉をかける。
「……いえ、そういうのは、大丈夫です」
少年はカウンターの前に立ち、私に背を向けたまま、言葉少なにそれだけを返した。
二台の窯と格闘している状態では、彼の表情を見ることもできず、彼が何を考えているのかは、分からなかった。
……とまあ、そんなこんなすったもんだしながら、新しい工房での仕事が始まった。
二台の窯を駆使してこれまでの二倍の生産力でポーションを生産していくと、さすがに生産が追い付かなくなるということもなくなった。
だいたい、作った分の八割が売れていくという塩梅で、日を追うごとに、主要の四種類のポーションにも在庫に余裕ができてくる。
そうすると、ほかの希少な種類のポーションを作るのにも、窯を割けるようになってくる。
筋力増強のポーション、安眠のポーション、暗視のポーション……などなど、余裕のできた枠で、レアもののポーションの在庫を増やしていった。
そういった希少系のポーションは、そもそも需要がなかったり、効果に対して高値だったりで、あまり数は売れない。
でも、棚に並べておくとごく稀に買っていってくれる人がいるので、完全な不良在庫になるわけでもない。
……ちなみに、媚薬を作ってくれ、とかいうお客さんも来たけど、目が危なかったので、そんなものは作れませんと断った。
本当は、技術的には作れるけど、喋らなければそんなのバレやしない。
まあそんなわけで、店の売り上げは、ざっくり倍増した。
希少系のポーションがどれだけ売れるかによって、その月の売り上げに大きな開きがあるけど、大雑把に言って、毎月銀貨2000~2500枚ぐらいの売り上げになった。
このうち材料費でざっくり4割、税金で1割が持っていかれる。
残った5割──銀貨1000~1250枚程度の中から、賃借している工房の家賃で銀貨100枚、雇っている少年に払うお給料で銀貨132枚が差し引かれる。
すると、私の手元には、毎月銀貨900枚弱ぐらいが残る。
月22日の労働として、これを日割りにすると、私の日当は銀貨40枚ぐらいになる。
……計算してみて、自分のとんでもない手取り額に驚いた。
確かに、日々銀貨がどんどん増えていくなぁとは思っていたけど……。
今の工房を立ち上げるために借金した額は、大金貨20枚。
月に銀貨900枚なんて手取りだと、そんな額は3ヶ月ほどで簡単に返せてしまった。
ど、どうしよう、この状況……。