雇用
新築の工房の、新しい木材の香り。
いま、私の目の前には、二台の錬金窯がある。
前の工房では、広さ的に、窯は一台を設置するのが限度だった。
二台目を設置するには、より広い物件を見繕う必要があって、私は工房の移転を決めて、実行に移した。
そしてそこに、再び大工さんに依頼して、内装工事をしてもらった。
そうして、錬金窯二台が設置された、新しい工房が出来上がった。
必要になった経費は、およそ大金貨20枚。
これで、錬金術師2年目を迎え、18歳になった私は、再びの借金を抱えることとなったわけだ。
その背景には、常にうちの工房では、ポーションに対する需要が過多で、生産が追い付いていないという現実があった。
二台の窯で同時に調合を行なえれば、ポーションの生産量は二倍になる。
二台の窯で同時に調合を行なう、というのは、これまで毎日毎日調合を続けてきて、その動作や感覚が体に染みついた私にとっては、不可能ではないと思う。
かなり取り扱いとタイミングがシビアになるが、学校で理屈自体は習っているし、頭の中でも、それができるイメージはできている。
ただ、はっきり言って、かなりカツカツだ。
タイミング、手順などを考えると、常に最適手順を取りつつ一手も無駄にできないと思えるぐらい、二台を同時に稼働するというのは、技術的にかなり厳しい。
それでも、出来上がるポーションの品質を下げるつもりはないけど──これを実現すると一つ、圧倒的にできなくなることがある。
接客だ。
接客というのは、お客さんの都合とタイミングに合わせて、お客さんのペースに合わせて、行なう必要がある。
こっちの都合で動いていいなら、1日の間に多少の間は取れるのだけど、お客さんが来たときに「今は手が離せないから10分後──いや、12分後にまた来てください」なんて言えるわけもない。
というわけで、錬金窯二台同時稼働プランには、新しい工房と二台の窯に加えて、もう一つ、必要なものが出てくる。
接客を担当する、従業員だ。
「店長、今日からよろしくお願いします!」
下働きとして雇ったのは、今年15歳になったばかりという少年だった。
従業員募集をして、面接に来た中で、一番礼儀正しくて真面目そうな彼を選んだ。
銀貨6枚の日当払いで、週5日勤務の契約。
「うん、よろしくね。それで、今日からやってもらう仕事なんだけど──」
私は、威厳を保たなきゃとドキドキしながら、まだ3歳下でしかない少年に指示を出してゆく。
背丈で言えば私よりも彼のほうが少し上で、見上げながら指示を出すというのは、なんかすごく不思議な気分だけど、彼ははい、はいと言って私の指示を素直に聞いてくれる。
正直に言って、少し可愛い。
店長、なんて呼ばれるのもこそばゆいけど──まあ、慣れるしかないだろうな……。