13歳の少女
錬金術師になりたい、というのが、子どもの頃からの私の夢だった。
大人になったら、小さくてもいいから自分の工房を持って、錬金術師として暮らしていけたらいいな、なんて思っていた。
だから私はお父さんに、中等学校を出たら、錬金術学校に行きたいとせがんだ。
私のお父さんは交易商人をやっていて、家にいることは少ない。
でも、よくわからないけど、かなりお金持ちらしい。
だからまさか、こんなことを言われるとは思ってもみなかった。
「分かった、そのための金を貸してやろう。2年間の学費と生活費で、大金貨30枚ほどあれば足りるか。返済期限は20年。年利は単利で3%──何か質問は?」
あまりに不意打ちだったから、開いた口がふさがらなかった。
ちなみに、私が行きたがっている錬金術学校は、少し離れた街にあって、全寮制。
学校に行くとなれば、私は2年間の寮生活を送ることになる。
生活費というのは、その寮生活のためのお金、ということだと思うけど……。
「え……お父さん、うちって、貧乏なの?」
「いや。自分で言うのも何だが、人並みよりはかなり裕福な方だと思うが──何故そう思った?」
「だって、学費、出してくれないって」
「……? 出すと言っただろう」
何だろう。
話がかみ合ってない感じがした。
「だってお父さん、お金は貸すって言ったよね? 出してくれないんでしょ?」
「ああ、そういうことか」
お父さんは、ようやく合点がいったという風だった。
お父さんはそれから、少ししゃがんで私と目を合わせ、私の頭に優しく手を置いて言った。
「いいか、中等学校を出たら、お前も15歳だ。そうなれば、お前は一人前の大人として、自分の力で生きていかなければならない。お父さんとお母さんがお前の面倒を見るのは、15歳になるまでだ。分かるな?」
そのいきなりの話に、私の頭は、ついていけなかった。
15歳になったら成人、という話は、何度も聞いたことがある。
というか、常識だ。
でもそれと──成人になるということと、その歳から自分の力で生きていかなければならなくなるということとが、私の中でつながっていなかったから。
だから私は、お父さんの言葉を、とても唐突なものに感じたんだと思う。
「でも……じゃあ15歳になったら、もう学校に行かないで、すぐに働けっていうこと?」
私がそう聞くと、お父さんは首を横に振った。
「いいや、それは俺が決めることじゃない。お前が決めるんだ」
「え、でも……」
混乱する。
15歳になったら、自分の力で生きていかなければならないという。
それは、15歳になったらすぐに働かないといけないと言われていることと、同じであるように思う。
お父さんは、混乱している私に、微笑みを向ける。
「お前は15歳になったらすぐに働き口を探してもいいし、上の学校に行って勉強して、やりたい仕事をするための技術や知識を身につけてもいい。──でも、そのためには余分に金がかかる。だからそのためのお金は、俺が貸してやってもいい」
お父さんは、そう言った。
ここまで話されて、ああそういうことかと、私はようやく理解した。
そんな私に向けて、お父さんは、さらに話を続ける。
「でも、それはお前の将来のための投資で、その投資した分は、将来のお前が俺に返さなければならない。それに、そういうつもりでなければ、お前は学校に行って勉強するということの意味を、はき違えてしまうだろう──お父さんの言っていること、分かるか?」
「投資」なんていう言葉は、難しい。
お父さんが言っていることの意味は、半分ぐらいしか分かってない。
でも私は、見栄を張って「うん」と頷いた。
お父さんはそんな私を見て、また少し微笑み、
「俺からお金を借りてでも、学校に行って、錬金術師になりたい──そう思えるなら、そうしなさい」
そう言って、くしゃくしゃと私の頭をなでた。
それが、私が13歳のときのことだった。
ちなみにその夜は、お父さんとお母さんが言い争いのケンカをしていた。
お父さんが「何であんな基本的なことも教えていないんだ」と言えば、お母さんが「ろくに家に帰って来ないで娘の面倒も見なかったくせに、気に入らないことがケチをつけるんですね」なんて言って、そのあとはもうギャンギャンワーワーと。
私は自分の部屋に逃げて、すぐに寝てしまうことにした。
今までの経験上、二人がああなったら、最後には仲直りして、その後は大人の時間になることを私は知っている。
邪魔にならないように、子どもはさっさとお休みしよう──そんな小賢しい気の回し方をするのが、私という子どもだったのだ。
大金貨1枚=10万円ぐらいのイメージでお読みいただければ。