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フラワー

作者: 夏目洋介

「はい、こちら立花悩み相談所。・・・えっ、彼女が別れてくれない?そりゃぁ大変だ。」


俺の名前は立花幸雄。東京の街で悩み相談所を経営している。こう見えて社長だ。

・・・と言っても社員は秘書の中西君だけの小さな会社だけどね。

ここの会社の仕事内容は、ずばり!・・・世に溢れる民衆の悩みの相談にのり、解決に導くことだ。といってもその相談内容はほぼ九割近くが男女関係のトラブル。東京という大都市でこれだけ人がいたらやはりトラブルは耐えないのだ。


悩みが耐えないこともあって会社の経営状態は上々。さらに俺自身の天才的なアドバイスのおかげでその評判もうなぎのぼりときたもんだ。何でそんなにアドバイスが上手いかって?それはもちろん、俺自身の経験からだ。過去に何十人と女性と付き合ってきた俺の経験が的確なアドバイスを生み出しているのだ。当時はそんなこと考えもしなかったがな(笑)


数ある男女の相談内容の中には、「憧れの先輩と付き合いたい」といったかわいいものから「バーのママを口説きたい」といった艶めかしいものまで様々だが、その中でも一番多く、俺の得意分野としているものが、『別れ話』。


やはり人と人とのつながりは、つながることは簡単だが、断ち切ることは難しい。どうにもならないその悩みを俺に相談する、というわけだ。



「社長、今日は二時から依頼人との面会があります。」


秘書の中西君がそう言ってコーヒーを淹れてくれた。俺はコーヒーには砂糖が小さじ4杯入っていないと納得しない。極度な甘党だ。彼女はそれを確実に行ったものを毎回提供してくれる、完璧に。素晴らしい。


・・・彼女、中西君は俺が仕事を始めた一年前から秘書をやってもらっている。以前は普通の会社の社長秘書をやっていたらしいが、俺がネットで募集したところうちに就職してくれた。なんでその会社を辞めたかって?そんなことはどうでもいい。誰にだって話したくない過去の一つや二つあるだろう?彼女にだって俺にだってな。ただ彼女には秘書としての経験があり、何よりも色んな修羅場をくぐり抜けてきただろうその表情に惹かれた。それが採用の理由だ。


「社長」


「ああ、すまない。で、どんな用件だっけ?」


「先日社長が電話で話してらした、五年付き合った彼女と別れ話を持ち出したところ、泣き始めて取り付く島もないとのことです。さらには包丁も持ち出し別れるなら死ぬ・・・と。その時は何とか別れ話を撤回して取り繕ったらしいですが。どうなさいますか?」


中西君は表情一つ変えずにさらっと修羅場を語ってみせた。相変わらずのクールだ。素晴らしい。


「そうか。そりゃ難儀だな。とりあえず、依頼人と話をしよう。」


俺はそう言って事務所の一階にある喫茶店で依頼人と話をすることにした。


午後二時。時間ピッタリに依頼人はやってきた。軽く挨拶を交わし、さっそく相談を聞いてみる。が、だいたいは電話で話していたのと同じ内容でどうやら新しい女が出来たから別れたいというのが本音らしい。うむ、分かりやすくて結構。


「分かりました。では今後の対応に関係する質問をさせていただきます。あなたは彼女を愛していましたか?本音でお願いします。」


依頼人は少し悩み、こう答えた。


「う〜ん・・・もともと彼女からの告白で何となく付き合い始めてずるずると言った感じで、確かに楽しくはあったけど、愛してるかと聞かれたらそうでもないかな。」


分かりにくい言葉で依頼人は言って見せた。オーケイ。じゃあ、あの方法だな・・・。


「結構です。ではこれから別れ方をアドバイスして差し上げます。見事成功した際には依頼金のほう、お忘れなく・・・。では・・・」


俺はそう言って別れ方を伝えた。依頼人は俺の話に聞き入り、ありがとうございますと言って店を出て行った。


数日後、依頼人から電話が届いた。


(あっ、先日はありがとうございました!おかげで見事彼女と別れることが出来ました!もう見事言ってたとおりでしたよ。依頼金は口座の方に振り込ませてもらいますので。)


そう言って依頼人は電話を切った。女なんてちょろいもんだ。俺はそう思って受話器を置いた。


「社長、今度はどうやって別れさせたんです?」


中西君が花瓶の花を変えながらそう言って俺に聞いてきた。


「ん?気になるかい?今回はな、依頼人の方に彼女に対する愛が過去にも現在にも全くないということを利用させてもらったのさ。依頼人にはあれから彼女にさんざん暴力を振るってもらった。小さく気になることから全く気にしないことまで、何にでも文句を言い、その度に殴るように言い聞かせた。それも「愛してる」と言いながらな。「お前のためにこんなことしてるんだ」、「殴ってやってるんだ、喜べ」といった具合にね。人は不思議なもんで、逃げるものには追いたくなり、追ってくるものからは逃げたくなる。さらに暴力というスパイスを加えたものからはさらに逃げたくなるだろう。そこをうまくついたのさ。しかし、元々は恋人同士。これが罪の意識になってしまったらまずい。そこでこれを実行する前に聞いたのさ。「彼女を愛していたかってね」。彼の答えは「ノー」。つまり、どんなに非常な行動をとっても依頼人は気にしないということさ。ちなみに昔俺もこれをしたことがある。効き目は実験済みというわけだ。」


俺は得意げに語って見せた。中西君は少し口元を動かしたが、いつものクールな表情で、素晴らしいです。そう言っていつものコーヒーを淹れてくれた。砂糖を小さじ四杯入れてくれたコーヒーを・・・。



目が覚めると俺は事務所のソファで横になっていた。あのまま寝てしまったのか。今日はあのあと事務仕事が溜まっており少し仮眠を取ったつもりが夜中になってしまったみたいだ。すぐ横の時計を見ると深夜二時。ふと机を見るとメモが置いてあった。『起こしても起きられなかったのでお先に失礼します。中西』ふと自分を見ると毛布が掛けられていた。風邪をひかない様に気を回してくれたんだな。さすが中西君。


ふいに自分の過去のことを思い出した。思えば色んな人と付き合ってきたけど、どいつもこいつも俺を本気にさせてくれるヤツなんかいなかったな・・・だが、もうそろそろ身を固めてもいいかもな。そう中西君のような素晴らしい女性と・・・



そこで急に電話が鳴り、立花の意識が現実に戻された。何だよ、こんな時間に。そう思いながら立花は電話を取った。


「はい、こちら立花悩み相談所。」


(・・・あの・・・こちらで男女の悩みを解決してくれると聞いたのですが・・・)


蚊が飛ぶようなか細い女の声が耳元から聞こえてきた。


「そうですけど、どんな用件でしょう?」


(私の彼氏が暴力がひどいんです。以前はそんなことなかったのに・・・)


彼女は泣いているみたいだ。俺は女の涙には弱い。何とか救ってやらねば・・・


「そうですか。具体的にどのように?辛いでしょうけど解決するためです。頑張って話してください。」


(・・・詳しく言うと、彼は私を殴りながら「お前のためにこんなことしてるんだ」、「殴ってやってるんだ、喜べ」と言った感じで・・・)


・・・ちょっと待て、それって・・・。


彼女はさらに話し続けた。


(幸雄、止めてと言っても幸雄は嫌なら別れるか?と言って聞かなくて・・・何度も殴るんです。私は幸雄を愛しているのに・・・愛しているのにぃぃぃぃ)


幸雄は言葉が出なかった。何だよこれ!!電話を放り投げ床に転げ落ちた。電話からは彼女の声が途切れずに聞こえる。恐怖に怯えた幸雄は這い蹲りながらドアに向かった。すると、今度はドアの向こうから


 やめて幸雄ぉぉぉ。愛してるのにぃぃぃぃ!!!


幸雄はドアからも離れソファに頭を抱えて叫んだ。


「もうやめてくれぇぇぇ〜!!亜矢!!亜矢だろ?俺が悪かった!!許してくれ!!」


そこでドアが開いた。幸雄は恐怖のあまりそちらを見ることが出来なかった。幸雄の肩にそっと手が置かれた。幸雄はひっと声を上げてひっくり返った。ふと見るとそこには・・・秘書の中西が立っていた。


「な、中西君。なんで?君が」


幸雄は声が詰まりながらわけが分からないといった顔をした。


「まだわからないの?私、亜矢だよ。」


中西はそう言って微笑んで見せた。そこにはいつものクールな表情はなかった。


「あなた、毎日コーヒー飲んでてわからなかったの?」


幸雄ははっとなった。確かにコーヒーの砂糖の数を中西に指示した記憶がない。


「だってその顔は?」


亜矢はふっと笑い、


「整形よ。あなたに殴られて私の顔は醜くなってしまった。元の顔に戻すことも可能だったけど、どうせならあなたに仕返ししてやろうと思ってね。」


亜矢はそこで笑顔がなくなり、


「私の人生を目茶苦茶にしたあなたにね!!」


亜矢はポケットから包丁を取り出し、幸雄に向けた。月の光に照らし出された包丁は亜矢の顔に反射して不気味に照らし出した。その顔には凶器が満ちていた。幸雄は頭を抱え、ごめんなさい、ごめんなさいを連発した。お尻を亜矢にむけ、その姿はまるで母親に怒られた小さい子供のようであった。


亜矢はそれを見て、ふっと力なく笑い、


「なんか・・・バカみたい・・・こんな人のために整形までして・・・あ〜あ、もう復讐なんてバカらしくなっちゃった。こんな人のために罪まで背負うのもバカらしいよ。」


亜矢はそう言って包丁を下に向けた。それを見て幸雄はふ〜と一息ついた。


「けど・・・あなたを許しなんかはしない。一生私のために側にいなさい。それがあなたを殺さない唯一の条件よ。」


亜矢はそう言って幸雄の首筋に包丁を向けた。一度は安心した幸雄は驚いて、「はいぃぃ!!」と変な返事をしてしまった。亜矢はそれを聞いてさらに幸雄の変な顔を見てハハハっと笑った。そこにはいつものクールな中西も先ほどの復讐者の面影もなかった・・・。



俺の名前は立花幸雄。東京の街で悩み相談所を経営している。こう見えて社長だ・・・った。


「こちら立花悩み相談所。・・・えっ、彼女が別れてくれない?簡単に別れるな!バカ!」


事務所には亜矢の通る声が響いた。


「ほらっ幸雄、紅茶淹れて。砂糖は・・・分かってるわね。言われなくてもそれくらいやってよ。」


亜矢に怒鳴られ「はいぃ」と変な声を出して幸雄は走った。

現在では立場が逆転し、亜矢が悩み相談に答えるようになっている。幸雄の方針とは全く異なり男女の別れを引き止めることばかりしている。これがなぜか人気がある。亜矢曰く、


「人に相談するようなやつは心のどこかで引き止めてもらいたいんだよ。」


俺には全く分からないが人気があるだけに文句も言えない。過去のこともあり、亜矢には頭が上がらず、めっきり秘書の立場に落ち着いてしまった。だが・・・あの一見以来、自分が色々な女性に今までにしてきた罪の重さ、深さに悔いいるようになり、逆にそれを含め側にいてくれる亜矢には感謝をしている。俺の罪は決して消えないだろう。だが・・・少しずつ、少しずつ返していこう。ごめんな、亜矢。


「はい、こちら立花悩み相談所!えっ、別れたい?だから別れんなぁ!!!!」





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