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黄昏

 赤い夕日が古びたブランコや滑り台を照らす黄昏時・・。

 夕闇の迫る都会の外れの公園を、家路を急ぐ小さな一つの影があった。


 まだ鳳町に引っ越して来る前の幼い少女・輝蘭。

 小学2年生になってまだ間もない彼女は、数ヶ月前から習い事として始めたフルート教室の帰り道、彼女は近道となるこの公園を一人歩いていた。


 もう先ほどまで赤みを帯びていた空は、その色彩を赤から黒へと変え、先に見える住宅街にはぽつぽつと明かりが灯り始めている。

「暗くなる前に帰ってきなさいね。」

 母親からいつもこう言われていた輝蘭は、脇目を振ることもなく、いつものように急ぎ足で自宅へと向かっていた。


 いつもなら、習い事からの帰り道の彼女を呼び止める者はいない。

 しかしこの日、普段とはちょっと違った小さな出来事が輝蘭を待ち受けていた。輝蘭がちょうどブランコの横を通りかかった時、なにやら小さな泣き声が聞こえてきたのだ。


 しゃくり上げるような泣き声。

 見ると2つ並んだブランコの一つに一人の幼い少女が座り、顔を手で覆いながら小さく泣き声を上げている。

 もう子どもなら家に帰らなければならない時間。

 自分よりも年下に見える女の子が、こんな所で一人で泣いているのだ。

 赤いドレスに黒い帽子を身に付けた、近所で見かけるには少々不自然な身なり。近所というよりは、どこか海外のドレスを思わせる服装だ。


 不思議に思った輝蘭はその子に近づき、声をかけた。

「ねぇ、どうしたの?」

 少女から返事はない。


 声をかけられた時に一瞬だけ泣き声が止まったように感じたが、その子はまたすぐに泣き声を上げ、あいかわらず顔を両手の中にうずめていた。

表情をうかがうことはできない。

 それから輝蘭はしばらくの間少女に声をかけ続けたが、女の子はいっこうに泣き止む気配はなく、輝蘭はすっかり困ってしまった。

 泣き声は最初に会った時より大きくなっているようにも感じる。


「困ったなぁ・・・。」

 しばらく考え込んだ輝蘭だったが、そのうち一つ思いついたことがあった。


「音楽は心の会話です。例え言葉が通じなくても、心を込めた演奏は、きっとあなたが伝えたい言葉を聴く人に届けてくれますよ。」


 これは、輝蘭が通っているフルート教室の先生の言葉である。

 そこで輝蘭はケースからフルートを取り出すと、少女の傍の空いているもう一つのブランコに腰かけ、演奏を始めた。


 彼女たち2人の他には誰もいない夕闇の公園に流れる「夕焼け」のメロディ・・・。


 まだ輝蘭の演奏は上手とは言えず、そのフルートを扱う指もたどたどしいものだったが、その見知らぬ少女の不安な心を少しでも和らげてあげたいという輝蘭の心が、曲を聴く者に不思議な感動を与えていた。

 やがて演奏が終わり、輝蘭が再び少女のほうを見ると、その子はまるでポカンとしたような表情で、輝蘭のフルートを見つめていた。

 彼女はいつの間にか泣き止んでいた。


「良かった。やっと顔を見せてくれましたね」

 輝蘭の声にはっと我にかえったその少女は、少し驚いたような表情で輝蘭をじっと見つめた。

「ねぇ、お名前なんていうのですか?」

「・・・メリル・・・」

「メリルさんですか。外国の方ですね」

「・・・うん・・・。」

 緊張をしているのか、それとも警戒をしているのかは分からないが、まだこのメリルという少女の表情は硬い。


「迷子になったんですか?」

「・・・お家の人・・・探してるの・・・」

「お母さん?」

「・・・・ママはいないの・・・。前に火事で兄さんたちと一緒に死んじゃったから」

「ふぅん・・・そうでしたか・・・」


 輝蘭は言葉を続けた。

「じゃあ、誰を探しているの?」

 メリルは輝蘭から顔をそむけると、うつむいたままブランコから降りて立ち上がった。

「姉さん・・・。姉さんを探してるの・・・」

「私も一緒に探してあげますよ。お姉さんの名前はなんていうの?」

 輝蘭が再び少女の顔を覗き込もうとすると、メリルはそれに応えるかのように輝蘭のほうを振り向いた。おかしなことに、先程まで泣き続けていた彼女とは一転していて、今は笑顔を見せている。

 その笑顔は全てに満足したような笑顔ではなかったが、何かふっきれたような笑顔だった。

 輝蘭は幼いながらも、「どうしてこんな急に機嫌が直ったのかしら・・・?」と思っていたが、まずはまともに話ができるような雰囲気になったので、さっきよりは会話が進むだろうと考えていた。


 するとメリルは、輝蘭が予想した答えに反する言葉を返してきたのである。

「ううん。もういいの」

「・・・え?」

「もういい。一人で帰れるから・・」

「だって、まだメリルのお姉さんが・・・」

「大丈夫」

 そういうと、メリルはブランコから離れ、滑り台のある方向へ走り出した。そして輝蘭はその少女が何をするのかと思い注目していると、そこでメリルは、思いもよらぬ行動をとったのだ。


 最初メリルは、滑り台の側で小さくジャンプをした。

 これぐらいの年頃なら、せいぜい10センチぐらいでも飛び上がることができればいいほうだろう。

 ところが驚いたことにこの少女は、まるで鳥がふわりと舞い上がるように空中に浮き上がると、滑り台の一番高いところにチョコンと着地をしたのだ。

 高さにして3メートル程度だろうか。

 普通の大人がもしそれを目撃したら、驚きのあまり絶句していたことだろう。


 しかし輝蘭は、不思議なことに彼女のその行動に違和感を感じていなかった。

 まだ輝蘭が幼かったせいかも知れない。

 そして彼女もまた滑り台の下まで駆け寄ると、メリルに向かって声をかけた。

「ねぇ、本当に大丈夫なの?一人で探せる?」

 メリルは滑り台の上から輝蘭を見下ろすと、笑顔で彼女に応えた。


「ううん、でも、思い出したの」

「思い出した?何を?」

「うん。あのね・・・」

 メリルの笑顔は、さっきよりもいっそう輝いているように輝蘭には見えていた。

「姉さんは自分から来てくれるんだ。連れてきてくれる人がいるから・・」

「誰が?誰が連れてきてくれるの?」

「それはね・・・」

 メリルの体が、再び空中に浮かび上がった。


「碧い星が教えてくれてたんだ。姉さんを連れてきてくれるのは、キララっていう人だよ!」


 彼女はそう言うと、まるで掻き消すように、そのまま空中に姿を消してしまっていた。


「私が・・・?」


 不思議なことに、この一連のメリルの行動を、輝蘭は奇妙とも恐いとも思ってはいなかった。ただ彼女は、メリルは本当に一人で大丈夫なのか、そればかりに気を取られていて、結局この日の出来事を誰にも話すこともないままに、現在まで時間が過ぎ去っていたのである。


                   ★



 奇妙なことを思い出してしまいましたね。

 でも、どうして今まで忘れていたのかしら・・・?


 フルートをケースの中に片付けながら、輝蘭はかつての不思議な出来事のことを考えていた。

 今思い出してみると、この記憶には普通では考えられない場面がいくつかある。しかしまだ小さかった頃の話だから、間違った記憶が植えつけられているのかもと、輝蘭は自分なりの答えを考えていた。


「ところでさ、キララちゃん」

 瞬が輝蘭の後ろから話しかけてきた。

「今日のキララちゃん、ずいぶんおかしかったような気がしたんだけど・・・。もしかしてミキちゃんたちとケンカでもしたの?」


 輝蘭はどきりとした。

 瞬の質問は相変わらずである。

 空気を読まないと言えばいいか、気持ちのクッションを考えないと言うか、いきなり真相をズバリと突いてくるような聞き方をしてくる。

 輝蘭は瞬に気づかれないように小さく深呼吸をすると、彼のほうを振り向き、できるだけ動揺を瞬に悟られないように気にかけながら、笑顔を作って答えた。

「なんでもありません。シュンさんの思い違いですよ」

「そうかな・・。ねぇ、一緒に帰ろうよ!」

「いえ・・」


 輝蘭はケースを棚に戻すと、瞬に即答した。

「私、用事を思い出しましたから、急いで先に帰りますね!」

 そして、輝蘭は瞬を残したまま音楽室を飛び出していった。

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