すれ違い
「おはよ!キララ!」
いつもの朝のいつもの光景。
そう、ここは物語の舞台となる鳳町である。特に田舎町というほどではないが、それなりに落ち着いた印象を受ける賑やかな町。
ここの籠目小学校に通う、物語の主人公でもある高村神酒、通称ミキの姿がそこにあった。
彼女が声をかけたのは輝蘭。神酒の1番の親友である。
この2人に椎名七海(通称ナミ)と工藤絵里子(通称リコ)加えて、周りの友人達からは「仲良し4人組」と呼ばれている。
その中でも神酒と輝蘭は今までに様々な体験を共にしてきた無二の仲で、お互いがお互いに生涯の親友でいようと語り合っている間柄だ。
神酒はその日も、学校前でばったり出会った輝蘭から、いつもの穏やかで親しみのある返事が戻ってくるものと思っていた。
しかし、その日の輝蘭はいつもとは違っていた。
もちろん理由は昨日の輝蘭の家での突然の出来事にあるのだが、今の神酒にはそれも判るはずがない。
「キララ、おはよ!・・・・どうしたの?」
明らかに輝蘭は神酒の存在に気が付いていたが、彼女は神酒の顔を伏し目がちにチラッと見ただけで、いつもの親しいそぶりがない。
「いえ、なんでもありません、ミキさん」
「あのさ、キララ。前にも話したんだけど、ちょっと先だけどさ。5月の連休の話なんだけどね」
キララの心にズキリとくるものがあった。
「ほら、中学生になってから4人でどこかに泊りがけで遊びに行こうって話してたでしょ?ナミ達とさ。そしたらね、リコのおばさんが遊びにおいでって話があったの。岡山だってさ。5月の連休だったら、キララももちろん大丈夫だよね!」
「・・・・・」
「それで、ナミとリコとお昼休みにその相談しない?どうやって親を説得するかとかさ!」
輝蘭の顔からは、まるで能面のように表情が消えていた。ムリもない。もう彼女には神酒達と過ごす中学校生活は訪れないのだから・・・。
「すみません、ミキさん・・・」
輝蘭が小声で話した。
「私、ちょっと気分が悪いので・・・先に行きますね」
そう言うと輝蘭は顔を神酒からそむけ、小走りで校舎の中に一人で入っていってしまった。
「キララ・・・?」
昼休み。
「キララ!ちょっと!」
神酒達の誘いにいっこうに乗ろうとしない輝蘭に、神酒は少しいらだちを感じ始めていた。再び神酒達が輝蘭を話に誘ったのだが、そんな彼女達を輝蘭がまるで無視するかのように、教室を抜け出そうとした時、イライラがたまった神酒が輝蘭の腕をつかんだ。
「なんですか、ミキさん。離してください・・・」
「今日のキララおかしいよ!」
神酒が珍しく大きな声を出した。
「どうしてあたしのこと無視するの!?あたし何かキララにいけないことでもした?」
「いえ・・・」
「だったらなんで・・・!」
「離してください!」
輝蘭が神酒の手を振りほどき、彼女の目をキッと睨んだ。
まるで敵視するかのようなその視線は、神酒の次の言葉を完全に遮っていた。
「キララ・・・?」
「ミキさん・・・」
いつの間にか輝蘭の目に涙が浮かんでいる。
「あなたには・・・私の気持ち、判るはずがありません・・」
輝蘭は最後にそう告げると、そのまま教室を飛び出していった。
教室に残された神酒、七海、絵里子の三人は、輝蘭の思いがけない態度に呆然とし、言葉も出せないまま、ただ彼女が駆けていった廊下を唖然として眺めている。神酒は特にショックを受けた様子で、しばらくの後に自分の席に戻ると、黙ったまま椅子に腰をかけた。
「ミキ。あんたキララとケンカでもしたの?」
黙って下を向いている神酒に、心配した絵里子が声をかけた。
「・・・判んない・・・」
どうしたんだろう・・・。
神酒は考えていた。
確かに昨日別れた時、輝蘭はいつものように笑顔だったし、あれから特に電話をしたとか彼女との接触はない。それが今朝の急な輝蘭の急変。あたかも憎むかのような視線を神酒に送ったのである。
まるで初めて輝蘭に出会った頃のように・・・。
「多分、ミキが原因じゃないと思うよ・・」
七海が話した。
「だって、あたしにもああっだったよ。中間休みにキララに話しかけたんだけどね、全然返事してくれなかったんだ。おかしいよね、今日のキララ・・・」
神酒も七海も絵里子もそこで会話が途切れ、そのまま黙ってしまっていた。
この様子を、教室の離れた場所から見ていた一人の男子生徒がいた。
水神瞬。通称シュンである。
彼もまた神酒たちの幼なじみの一人で、特に神酒とは馬が合うらしく、ずいぶん長く親しい付き合いがある。
他の男子生徒たちと一緒にカードゲームの話題などに花を咲かせていた瞬だったが、神酒たちの普段とは違う雰囲気を遠くから眺めて、彼は「何かあったのかな?」などと思いながら、なんとなく経過を見守ろうかと密かに考えていた。
彼にしてはなかなか上出来の結論である。
★
「転校!?」
その日の学校帰り。一人で家路についていた神酒の後ろから、車のクラクションで彼女を呼び止める者がいた。輝蘭の母親である。
たまたま神酒たちの通う籠目小学校に用事があったらしく、その帰りがてらに神酒を見つけて呼び止めたのだ。
輝蘭の母親から告げられた突然の転校の事実。
それは、まさしく神酒にとってもすぐには受け入れがたいものだった。
「そうなの。ゴメンねミキちゃん。せっかくキララとはずっと仲良くしてもらえたのに・・・」
「そうだったんですか。だから今日キララの様子が変だったんだ・・」
その時、神酒の頭にあるセリフが浮かび上がっていた。
『ほら、中学生になってから4人でどこかに泊りがけで遊びに行こうって話してたでしょ?』
神酒はハッとなった。
そうだ、だからキララは怒ってたんだ。
だって、キララは中学生になったらもう一緒にいられないんだから。
神酒は自分の言葉に後悔していた。もちろん転校のことを知らなかったのだから、しょうがない部分はある。でも、だからと言ってあんな風に言われたら怒るのは当たり前だ。
きっと自分が同じ立場だったとしたら、同じ態度をとっていたかも知れない。
「ゴメンなさい!あたし今からキララを探しに行きます!」
神酒が急に走り出した。
「どうしたの!?ミキちゃん」
「あたし、キララに謝らないと・・・・!」
神酒は朝の彼女の不用意な発言を打ち消したかった。
突然に別れを告げられたことで混乱している部分もある。
だがそれよりも、彼女は今は謝りたかった。
残された短い時間をこんなつまらないことでムダにしたくないという思いでいっぱいだったのである。