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転校

「転校?」

 それは、輝蘭の母から突然告げられた言葉だった。


 瀬那輝蘭。通称キララ。


 輝蘭という奇抜な名前からは想像ができないかも知れないが、もちろん籠目小学校とは別の学校であるが、驚いたことに実は彼女の母親は小学校の先生をしている。そのせいか、彼女の性格は真面目と言えばいいかインテリと言えばいいか、ちょっと普通の小学生とは異質な一面を持っている。


 季節はもうすぐ新しい春を迎える。

 籠目小学校での楽しい六年間を過ごした神酒や輝蘭達は、もうすぐ訪れる卒業式を前に四月から新しく始まる生活に期待を膨らませ、七海や絵里子とも、これからも一緒に楽しく仲良く親友でいようと友情を再確認をしていたまさにその頃。輝蘭の元に信じられないような報せが母より届いていた。


「転校って・・・どうして?」


 輝蘭にとっては、それは寝耳に水という言葉では片付けられないほどの大事件だった。転校は、言い換えれば神酒達との別れを意味するのだから、当然と言えば当然のこと。輝蘭は僅かな時間ではあったが、母のその言葉に呆然とし、しばらく身動きが出来ないほどにショックを受けていた。


「なんで・・?どうして!?私が中学を卒業するまでは大きな異動はないはずでしょ?どうしてそんな急に・・・」

「ごめんね、輝蘭」


 輝蘭の母の言うことによると、実は1番の大きな理由は輝蘭の母ではなく、父の方にあるのだった。彼女の父はある商社に勤めているのだが、今回の人事により昇進が決定し、二年間イギリスの支社に栄転することが決定したのだ。

 母にしてみれば単身赴任も考えたのだが、それでは父の生活に不自由があると思い、一緒にイギリスに渡ることを決意。教育委員会に二年間の休職を打診したところ、たまたま当地の日本人学校よりオファーがあることを知り、トントン拍子の話がまとまってしまったというのである。


「どうして・・・?どうして私にも相談してくれなかったの!?」

 母は何も言わなかった。

 瀬那家のことを考えれば、父と母の決断に大きな異論を差し挟めないことは理解できないことはない。一度機会を失ってしまえば、このような好条件を逃す可能性もあり、充分に娘と相談できなかったのもある程度仕方の無いこと。

 母は輝蘭から大きな反発があることを覚悟していたのだ。


「嫌!私行かない。イギリスなんて・・・。ミキさん達と別れるなんて・・・。私・・・、絶対に嫌!!」

「輝蘭。あなたの気持ち、とってもよくわかるわ・・。でも、お願い。私の気持ちや、お父さんの気持ちも・・」

「嫌だ!私絶対に行かないから!!」

「輝蘭・・・」

「お母さんのバカ!!!」


 輝蘭は涙を流しながら大きな声で叫ぶと、そのまま自分の部屋に閉じこもってしまった。

 部屋の外にまで彼女の泣き声が聞こえる。きっと自分のベッドに突っ伏して泣いているのだろう。少しだけくぐもったような声をドアの外側から聞いていた輝蘭の母は、覚悟していたこととは言え、娘の悲しみに心を痛めていた。


 彼女は、輝蘭が学校で生涯に渡り付き合っていけるほどの友情を育んでいることはよく知っていた。度々あそびに来てくれる神酒や七海や絵里子のことを、探してもそう簡単に見つけられないほどのいい子達だと思っていたし、かつてしばらくの間不登校にあった輝蘭を神酒達が支えてくれて、その結果輝蘭が明るく素直な少女になっていったことを心の底からありがたいとも思っていた。

 許されるなら、ずっと鳳町に住んでもいいとも考えているし、輝蘭が大人なら、ここで一人暮らしをすると言い出しても反対はしなかっただろう。


 だが、輝蘭はまだ義務教育の真っ最中である。

 一番に大事にしなければならないのは家族の生活。

 生活の環境が突然変化するのは、大人でも戸惑うのは必至であり、ましてや年端もいかぬ多感な少女であるならなおさらのことである。

 彼女は、今はただ時間をかけて気持ちを落ち着かせてから、少しずつでも彼女が納得できるように話し合うしかないと考えていた。


 輝蘭は輝蘭で、頭の中が真っ白になっていた。

 最初に母の言葉を聞いた時、まるで自分とは無関係の絵空事のように感じていたのだが、母の真剣な表情を見ているうちに急に実感が湧き出し、神酒達との別れが近い将来に確実にあることという現実を突きつけられ、今は悲しみの感情のみに捕らわれていたのである。

 そんな大事なことについて自分に今まで何の話も無かったことに、強い理不尽さも感じていたが、しばらく自分のベッドで泣きはらした後、徐々に冷静になっていくに従い、それが避けられない運命であることを理解し始めていた。


 神酒達との別れは、輝蘭にとっては簡単に乗り越えられることの出来ない壁ではあるが、だからと言って両親と離れることはできない。

 もし鳳町で一人暮らしをしてもいいと言われても、彼女自身そんなことに耐えられるはずもない。


 両親の決定は仕方の無いことだと、一応は輝蘭には理解できていた。

 だが、理解できたからと言っても、感情を簡単に押さえることは出来ない。

 だから結局、今彼女には泣くことしか出来なかったのである。


 そしてその夜・・・


 栄転に伴う残業で遅く帰ってきた輝蘭の父も交え、瀬那家で家族の対話がなされた。

 夜遅くまで瀬那家の家の明かりが消えることは無かった・・・。

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