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ロバート神父

 鳳町の中心部から少し離れた場所に、この田舎町にはいくらか不似合いな西洋風の白亜の建物がある。正式名称は判らないが、ここはカトリック系の教会で、一般に「鳳教会」と呼ばれている。

 ここに赴任して2年ぐらいになるだろうか。ロバート・フォースことロバート神父と呼ばれる若き神父によって、この教会は運営されていた。


 ある日曜日のこと。その日の朝の日曜礼拝を終えたロバートは昼食後、多少ヒマな午後の時間を持て余していた。

 季節はもうすぐ春を迎える。

 今年の残雪は思いのほか少なく、暖かな光が町を照らしている。

 どこかから聞こえる小鳥のさえずりが妙に耳に心地好くて、ロバートはぼんやりとあくびをしながら窓から外の風景を楽しんでいた。


 その時、教会の側を二人の見覚えのある顔ぶれが通りかかっていることに彼は気付いた。

 あれは確か、ミキ(神酒)さんとキララ(輝蘭)さん?

 以前にある事件がきっかけで知り合いになった小学6年生の2人で、最近度々この鳳教会にも用がないのにあそびに来るメンバーである。

 彼女らは確か大の仲良しで、いつも談笑している姿が印象的なのだが、今日はなぜか様子が違っていた。


 2人のうちの神酒のほうが、右手で目頭を押さえて泣いているのである。

 それだけではない。こちらもまた、いつもはすましたような表情をしていることが多い輝蘭のほうは、いつになく怒った表情で、顔をしかめるようにしながら黙って神酒の左手を引きながら歩いているのだ。


 尋常ではないと思ったロバートは、急いで外に出ると彼女ら2人に声をかけた。

「ど、どうしたんですか?キララさん、ミキさん!」

 ロバートに気が付いた輝蘭は彼に会釈をしたが、表情は相変わらず怒ったまま。

「キララさん!ミキさんどうしたの!?」

 心配したロバートが理由を聞こうとすると、輝蘭は彼のほうに神酒の手を引いたまま近づいてきて、彼女の背中をポンと叩いてロバートの前に神酒を押し出した。

 涙にくれる少女を前にして多少オロオロするロバート。

 すると輝蘭は、憮然とした表情のまま、彼にこう言った。

「理由は・・・・ミキさんに聞いてください」

 よく見ると、神酒が小さな声で何かブツブツ言っている。

 ロバートは、耳を傾け神酒の口元に近づけた。


「・・・・・お腹すいた・・・・・・・・お腹すいた・・・・・・・・グスッ・・・」


                  ★



「ほんっっっとに恥ずかしかった!なんで6年生にもなって空腹で泣くんですか!?」

 山盛りのクッキーと紅茶を完食して満足気な笑顔を浮かべている神酒の隣で、輝蘭は一人立腹しまくっていた。

「だって、スポ少にお弁当忘れたんだから仕方ないじゃない」

「そういう問題じゃなくて!」

 小競り合いを始めた二人を前にして、ロバートはソファーの上で腹を抱えて笑っていた。

 以前知り合った頃には、当然だがお互いに遠慮があったものだが、あれからいくらかの時間が経過し、今はすっかりそれぞれが打ち解けている。


 ある程度小競り合いが終わり満足した様子の神酒と輝蘭は、次の話題のターゲットはロバートだと言わんばかりに身を乗り出し、彼に注目した。

 口を開いたのは神酒。

「ねぇねえ神父様。ところで前から聞きたかったことがあるんですけど」

「なんだい?」

「神父様って、なんでこんな小さな町の神父やってるんですか?」

「そうそう!それ私も聞きたかった!」

 輝蘭が口を挟んだ。

「神父様って、どうしてこんなに田舎丸出しの町に赴任してきたんですか?左遷させられたとか?」

「違う違う」

少女たちの矢継ぎ早の質問に少々心地好い困惑を感じていたロバート。だが彼は少し口をつぐむと、こんな話を切り出してきた。

「君たち、『佐伯アンティーク』ってお店を知ってるかい?」

「佐伯アンティーク・・・?」


「あ、思い出した。商店街の端にあるビルにあるお店ですよね。確か看板見た事ある」

「私も知ってますわ。確か海外の装飾品やアンティークを扱ってるお店ですね。

 でも、あそこってずっとお店閉めていますよね」

「あたしもあのお店開いてるとこ見たことないなぁ」


「うん。実はちょっと理由があって、あそこの店主と連絡を取りたいと思っているんだけど、全然連絡が付かないんだ。君たち、あそこの『佐伯洋一』さんて知らないかい?」

「さぁ・・・。知ってる?キララ」

「さぁ私も・・。私がこの町に転校してきてから、あそこのお店に店員さんがいるのは見たことがないような気がします」

「そうか・・・」

 少し残念そうな表情を浮かべたロバートを見た神酒が、続けて話した。


「まさか、そんな人探しのために鳳町に来たなんて・・・?」

「いやいや、そういうわけじゃないんだ!」

 ロバートは図星を突かれた気がして慌てた。


「ただね・・・ちょっと彼とは因縁みたいなことがあってさ・・・」


 ロバートは結局、この件についてはそれ以上話をしようとはしなかった。

 最後の神父の煮え切らない態度に、多少燃焼不足の感があった神酒と輝蘭だったが、それでもお菓子と紅茶のお礼をていねいにすると、2人は鳳教会を後にした。


 帰り道、途中から別れてそれぞれの家路につく2人。

 輝蘭は今日の神酒の態度に少し腹を立てながらも、なんだか急におかしくなってきて、「またこれからもこんなことがあるのかしら・・・?」などと思いながら、結局上機嫌で家への道を歩いていた。


 これから彼女に大事件が待ち受けていることも知らずに・・・。

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