復活
輝蘭を巨大な穴から引き上げ助けた神酒。
2人はほんの短い間だったが、お互いをまるで離さないと言うかのようにしっかりと抱き合った。
長すぎた別離の時間。
今彼女たちは、今までの失われた時間を取り戻そうとするかのように、お互いの温もりを共感し合ったのである。
「姉さん!しっかり!」
同じく穴の中に落下しそうになっていたメアリーをわずかな差で助け上げたメリルも、傷ついたメアリーを優しく抱きしめていた。
気が付いたメアリーもまた、メリルの顔を見て驚きの声を上げた。
「・・・メリル!無事だったの!?」
「うん!あのミキって子が助けてくれたの」
実は輝蘭たちがこの建物に忍び込む数分前、神酒も同じようにここに入り込んでいたのだが、その一室で一足早く捉えられていたメリルを発見。
彼女を助け出していたのである。
再会を果たした神酒と輝蘭、そしてメアリーとメリルは、お互いの無事を確認した後、再び彼女たちの前に立ちはだかるショゴスの脅威に構えた。
「なんだ、メリル。役にもたたないくせにこんな所にノコノコ現れおって」
メリルが叫んだ。
「次はさっきのようにはいきません。今度は最高の神官である姉さんも一緒です!いさぎよく翠月の殻を破り、闇の中にお帰りなさい!」
神酒たちの前に浮かんでいた2人の神官人形が、まるでシンクロのように同じの流れるような構えを見せると、呪文の詠唱を始める。するとメアリーとメリルの前に、たくさんの十字架を含む奇妙な魔方陣が青く浮かび上がってきた。
まずい!ショゴスはそう思ったのだろう。
魔物はさっきと同じように凶悪な口を大きく開いた。
ショゴスの口の中に、あの濁った黄色い光がみるみる溜まっていく。先ほどの一撃とは比べ物にならないほどの大きな光だ。おそらく神酒たち4人をまとめて吹き飛ばそうとしているのだろう。
魔物がカッと大きな目を見開いた!
だが、一瞬メアリーたちの呪文の詠唱が先に終わった。
神官人形の前に浮かび上がっていた魔方陣が、青く激しく輝き、その輝きがショゴスを包み込んだのである!
魔物が悲鳴を上げた。まるで断末魔のような咆哮。
その光は、あまりにも強烈な光だった。
神酒も輝蘭も、その輝きの激しさに思わず両手で目を覆っていた。
そしてその光がやがて消え辺りに静寂が戻った時、決着はつけられていた。
粗末な床の上には、あのドロドロとした緑色の液体の塊があるのみで、ショゴスの姿はどこにも無くなっていたのである。
「・・・やった・・・?」
輝蘭がぽつりと言葉を漏らした。
メアリーとメリルが2人の方を振り向くと、ニッコリと笑いながらうなずいた。
「やったの?本当にやっつけたの!?」
「うん。もうショゴスのエネルギーの源はほとんど消滅させた。後はあのキモいドロドロしか残っていないよ!」
「やったー!!」
4人は手を取り合って飛び上がった。
大喜びでしばらくの間、メアリーとメリルの健闘をほめ、再会を喜び合っていたのである。
だが、1つメアリーには思い違いをしていたことがあった。
後に残った緑色の液体。
確かにこの汚物のような残骸に、今のメアリーたちに反撃する力は残ってはいなかった。
だが、魔物は計算をしていた。次の活動のために必要なエネルギーを、ショゴスは密かに準備していたのだ。
緑の液体は、メアリーたちに気付かれぬようにこっそり暗闇の中を移動すると、倉庫の中の角にある、1つの大きな箱の前にたどり着いた。
それはイギリス製の黒いクローゼットで、中にハンガー掛けが付いている衣類用のものである。
そして液体がその中に潜り込むと、中には一人の人間が納められていた。
クローゼットは全部で5台。従ってここに納められている人間も5人。
人はまだ死体にこそなってはいないが、気を失ってグッタリしている。これは、かつてショゴスが無作為に拉致した、例の鳳町での行方不明に人々だったのだ。
そして、液体はその一人の体にまとわり付く・・・・。
倉庫の片隅で何かが砕ける音が響く。
驚いた神酒たちが振り向くと、そこには彼女たちに信じられないものが屹立した。
闇の中に両足で立ち上がるショゴス。
倒したはずのあの魔物が、さらに大きく、そしてさらに強いエネルギーをみなぎらせてそこにいたのだ。
「そ・・そんな・・・!?」
メリルが落胆にも似た声を上げた。
「あいつ、死んだんじゃなかったの!?」
神酒も落胆の声を上げる。
「あの卑怯者め・・・。あいつ、どこかから人をさらってきてここに隠してたんだ。あいつの力の源は人間だから・・・」
メアリーとメリルは、再び神酒と輝蘭の前に浮かび上がるとシンクロの準備を始めた。
「ダメだ!今度のあいつは力が強すぎる!!」
「残念だったな、メアリー!」
再び姿を現したショゴスが、これ以上おもしろいことは無いと言わんばかりに気味の悪い笑い声を上げた。
「だからお前たちは詰めが甘いと言われるのだ。あの時のようにな!!」
ショゴスが4つ目のクローゼットを壊す。
そこにも身知らぬ一人の人間が気を失い納められていて、魔物はその人物をつかみ上げると高く掲げた。
すぐに魔物の手の周りから緑の液体が噴き出し、その人の体を包み込む。すると、それに反応するようにまたショゴスの体がグンと膨らんだ。
大きさはもう先ほどの比ではない。もう倉庫の天井を突き破るのではないかと思うほどの大きさだ。
「さあ、これが最後だ!」
魔物が5つ目のクローゼットを叩き割った。中から小さな体が転がり落ちる。
それは、神酒と輝蘭にはよく見覚えのある姿だった。
「・・・シオリちゃん!?」
神酒も輝蘭も自分の目を疑った。
最後のクローゼットに捉えられていた人物。それは七海の妹。いなくなった詩織だったのである。
「なんで?なんでここにシオリちゃんが!?」
その神酒たちの困惑の様子を見ていたショゴスは、すぐにこの子どもが彼女たちに関係のある人物だと気付いた様子だった。
「ほう。この娘、お前たちの知り合いか・・・」
魔物は詩織をつかむと、彼女の体を口元に近づけた。
「ならば吸収するのは止めよう。お前らの悲しむ顔が見たい。もっとむごたらしく、ここで食い殺してくれる!」
「やめて!!」
神酒と輝蘭が叫んだ。
ショゴスが口を大きく開き、その中に詩織を投げ込む!
メアリーとメリルが詩織を救うために魔物のもとに飛び込む。
間に合わない!!
その時だった。倉庫の横にある小さな窓を突き破り、その中に飛び込んできた人物がいた。それはまるで風のように戦いの真っ只中に走りこんでくると、宙に舞う詩織をつかみ、そのまま神酒の前に転がり込んだのである。
「シュン!!」
そう、それは瞬だった。まさに間一髪。瞬は詩織を救い出したのだ。
すると、今度は輝蘭の横から瞬の前に走り出ていった者がいた。
「シオリ!シオリは無事!?」
七海である。詩織を心配して探し回っていた七海もまた、どこから嗅ぎ付けたのかここにたどり着き、神酒たちのもとにたどり着いたらしい。
「ウッヒョウ!なんだあのキモい化物は?」
すぐに輝蘭の背後から聞き覚えのある声がした。
「リコ!?」
最後に現れた人物、それは絵里子だった。
彼女もまた七海と一緒に詩織のことを探していたのだろうか。絵里子は神酒と輝蘭の後ろに来ると、二人の仲が元に戻ったことに気が付いたらしく、2人の肩をぽんと叩いた。
「やっといつもの2人に戻ったね!しかしあの変態トカゲは何だ?リコの恐怖体験ナンバー1だな、こりゃ」
かくしてここに、瞬も加えた「仲良し4人組」が復活したのである。




