捕獲した人形
遅い夕食を終えたあたしは、両親に内緒で公園に行ってみた。
夜の公園はものすごく不気味だね。
明るいうちはね、近所の子どもたちや散歩する人なんかで結構うるさいんだけど、今はもちろん誰もいないから、しんと静まり返っている。
あたしは暗闇の中の遊具の間を、一人で歩いていた。
別に感傷に浸るために行ったんじゃないよ。
佐伯さんが言っていた、メアリーさんが本当にいるかどうか確かめるためさ。
するとね、あたしの耳に泣き声が聞こえてきたんだ。
それは小さな女の子の声で、あたしはすぐにそれがメアリーさんの声だと思った。
あたしは泣き声のする方へ歩いていくと、ブランコのすぐ傍、街灯の薄明かりの中に一人の女の子がいるのが見えたんだ。
あたしはそれを見てびっくりした。
赤いドレスのような洋服を身に付けた少女。
だって、それがあんまりにも小さいんだもん。
多分、まっすぐ立ち上がっても50センチぐらいしかないんじゃないかな?
そんな変な者があたしに背中を向けて、うずくまるみたいにして泣いていたんだ。
だけどね、あたし思ったの。なんか変は変なんだけど、不思議に恐いって思わなかったんだ。
無邪気に寂しそうに泣き続ける少女。あたしは思い切って彼女に話しかけたみたの。
「ねえ・・・君」
女の子から返事はない。ただ泣き続けるだけ。
「ねえ、君。どうしたの?」
意外なことに、すぐに返事が返ってきた。
「姉さんを探してるの。姉さんが見つからないの」
「お姉さんのお名前は?」
「・・・メアリー・・・」
え?あたしはその答えに驚いた。
「あなたがメアリーじゃないの!?」
確か佐伯さんは、夜の鳳町に現れる幽霊の正体はメアリーだって言ってた。
でも・・・あれ?そう言えば確かもう1つの人形があるとも・・・・。
「あなた、もしかしてメリルさんのほう?」
するとね、その女の子が泣き止んだの。そして、驚いた表情であたしに顔を向けた。
「・・・・・あなた、どうして私の名前を知っているの?」
メリルの顔。それは、かわいらしい少女だった。
少し表情の造りに不自然なところがあって、なんとなく人形かな?というような印象はあった。
でもやっぱり『恐い』っては感じない。
「えっとね。それは・・・」
その時だったよ。急にあたりの景色が緑色に輝きだしたのは。
その光の先にあたしが目を向けると、そこには見覚えのある人が立っている。
それは佐伯さんだった。
佐伯さんがあの翠月を手に持って、その光で公園を包み込むみたいに輝かせていたの。
「ミキさん、よくやった!後は私に任せろ!」
メリルが悲鳴を上げた。
メリルの体が、まるでノイズが走るように震えだす。
さっきまではっきりと見えていたメリルの姿が、急に不安定に歪み始めた。
「いや!助けて!!」
メリルはあたしに助けを求めたの。けど突然の出来事で、あたしはどうすればいいか判らない。
「姉さんに伝えて!あの翠月が!」
翠月がメリルを吸い込もうとするけど、メリルは必死に抵抗する!
目の前の事件に、あたしは思わずメリルに向けて手を伸ばしたんだ。
だって・・・!なんだか、すごく可哀想な気がする!
メリルもあたしの手をつかもうとしたんだ!
「メリル!!」
だけど、結局あたしの救出は間に合わなかった。
「お願い!姉さんに・・」
メリルは最後にその言葉を残し、翠月の中に吸い込まれていったんだ・・・。
メリルが消え、元の闇に戻った公園。
再び静かになった闇の中、あたしは伸ばした手をゆっくりと戻し、掌を見つめていた。
あたしの頭は少しだけ混乱状態。
佐伯さんはあたしに、あの時メアリーとメリルは邪悪な存在だと言っていた。
だけど、ほんの僅かな時間だったけど、あたしは確かにメリルに出会った。
振り向いた時のメリルの表情。
その表情の中には、あたしには全然メリルの邪悪な影を見ることはできなかったんだ。
すっかり光を落ち着かせた翠月を手に、佐伯さんがあたしに近づいてきた。
「ありがとう、神酒さん。やっと捕まえることができた。感謝するよ」
「違ったよ・・・」
あたしはつぶやいた。
「あの子、メアリーじゃなかったよ。メリルって名前だった」
なんとなくしっくりこない。でも、佐伯さんは上機嫌だった。
「そうか、メリルのほうだったか。だが、どっちにしても邪悪なのに変わりはない。メリルの捕獲で1つ仕事が終わったよ」
「・・・そうだね・・・」
あたしはどうしても素直に喜ぶ気分にはなれない。
「ねえ、あの子を捕まえたから、その翠月はもう神父様に返してくれるんでしょ?」
「いや、まだだ」
「?」
「まだメアリーの捕獲が残っている。もう1つの人形をどうにかするまでは、まだこれは返せないな」
「・・・そうか・・・」
佐伯さんの言うことは正論。
あたしに反論なんかできるはずがない。
結局その時、あたしは納得できないまま、何も言えないで家に帰るしかなかったんだ。
★
神酒がいなくなり、一人公園に残った佐伯。
彼は不気味に輝く翠月を見ながら、気味の悪い笑みを浮かべていた。
「こいつでもなかったか。だが、後は時間の問題だな」
★
ダメだ!どうしてもしっくりこない!
家に帰って、お母さんにたっぷりお説教された後、あたしは自分の部屋でぼんやりと考え事をしていた。
頭の中にあったのは、もちろんメリルのこと。
あたしは何度も繰り返し考えていたけど、どうもすっきりしない。
「助けて!」と叫んだ時のメリルの顔。
ダメだ。どうしてもメリルが悪人なんて思えない!
「よし!」
結局、あたしはある決心をして、こっそり自分の部屋を出た。
そして、夜の鳳町に飛び出していったんだ!




