卒業式前日
「とうとう明日だね、卒業式」
その日の学校帰り、輝蘭はメアリーと一緒に歩いていた。
「そうですね。卒業式が終わったら、もうこの町とはお別れです」
「寂しくなるね・・・」
しばらくの沈黙が流れた。
「どう?この町は楽しかった?」
少し輝蘭の後ろにいたメアリーは正面に回りこむように彼女の顔を覗いた。
すると、それに気付いた輝蘭はにっこりとメアリーに微笑みを返した。
「そうですね、なかなかいい町でした。最後にちょっとごたごたがありましたけど、メアリー。あなたがいてくれたおかげで、最後にいい思い出ができましたよ」
「そうか・・。仲直りは出来なかったんだ・・・」
輝蘭は立ち止まって町の風景を眺めていた。
この町に積もった輝蘭の思い出。
初めて鳳町に来た時に見た公園。
学校に行った初日のこと。
神酒との出会い。
ふいに彼女の頭にそれらのことが次々に浮かんできて、輝蘭は少し感傷的になった。
「この風景、しっかりと目に焼き付けておかないとね」
メアリーの言葉が、彼女の耳に少し痛く響いた。
あの時から変わることのない鳳町。
もうイギリスに行ってしまったら、2度とこの町に帰ってくることはないかも知れない。
輝蘭はそんなふうに思っていた。
「ねえ、メアリー。もう1度聞きますけど、本当に私と一緒にイギリスに行く気はありませんか?」
「ありがとう、あたしのこと気にしてくれて。でも、やっぱりあたしはここに残るよ。メリルがこの町にいることは間違いないみたいだから、もし見つけることができたら、キララのトコに1回あそびに行くよ」
「そうですか。楽しみにしてますわ。」
そして、2人はまた一緒に歩き出した。
★
「最近バスケと卒業式の準備で忙しかったもんね。ちょっとさっぱり♪」
明日の卒業式に備えて、母親と一緒に近所の美容室から帰る途中の七海は、久しぶりのゆったりした時間を母親との会話で楽しんでいた。
「そうね。ナナミはもともとカワイイんだから、もっとこういうことはこまめにやっておかないとね」
「え〜?面倒くさいからいいよ〜」
「そんなこと言ってると、好きな男の子から嫌われちゃうわよ。シュン君とかね」
「え!?」
七海の顔が、少しポッと赤くなる。
「変なこと言わないでよママ!!それより、シオリはどうしたの?」
「マムちゃんのところにあそびに行くって、帰ってからすぐにあそびに行ったわよ」
「シオリらしいね。アハハハ・・・」
すると、ふいに七海の母が彼女の前に立つと、少し腰をかがめ、七海の目線に自分の目線を合わせた。
「どうしたの?ママ」
「・・・・・・大きくなったわね」
母の心の中には、七海と共に過ごしてきた彼女の姿が急に思い浮かんでいた。
「小さい時からいつも臆病だったあなたが、もう明日は小学校を卒業するなんて・・・・。ママうれしくて、夢を見ているみたいよ・・・」
七海が生まれた日の朝のこと。
小学校の入学式の思い出。
初めてケンカをした日のこと。
一緒に過ごしてきた楽しい日々。
そんな母親の気持ちが伝わったのだろう。七海は急に感動したように想いが込み上げてきて、ふいに涙が流れてきた。
「・・・ママ・・・」
「ナナミ。あなたはこれからもたくさんの出会いや別れを経験していくわ。楽しいことと一緒に辛いこともたくさんある。でもね、それはあなたが大人になっていくためには、どれも必要なものなの。臆病になることはちっとも恥ずかしいことじゃない。大事なのは、それ以上の勇気があるかどうかということ。自分の弱さを知っている人こそ、本当の強さが身についていくのよ」
「・・・はい、ママ」
七海の心に、母親の言葉が強く響いた。
母は七海が臆病な性格であることはよく知っている。しかし、そのことで七海が攻められたことは1度もない。
それは単に母が優しいからだと七海は思っていたが、実はそうではないことを彼女は理解した。
母はいつも伝えたかったのだ。弱さを知っている人間こそ、真の強さを内に秘めることができるということを。
「でもママ。なんかあたしよりシオリのほうがしっかりしているかも」
「あの子は少し変わっているからね。それにナナミが恐がりっていうのも、ちょっと仕方がないことなんだけど・・・」
なんとなく奇妙な表情を見せた母に、七海が不思議そうに質問した。
「仕方ない?」
「ええ。ママも小さい頃そうだったんだけど・・・・。なんて言うのかな。椎名家に生まれた女の子って、代々奇妙なところがあるのよね」
「奇妙なところ?」
「ええ。椎名家の女の子って、昔からちょっと特別な能力があるみたいなの。見えないはずのものが見えたり、聞こえるはずの無いものが聞こえたり・・・・・。ナナミ、あなたにもそういうところあるでしょ?」
「・・・・・・・・うん、ある。今もそんな感じ・・・・。」
★
「マ〜ムが来ない♪マ〜ムが来ない♪」
ジャングルジムの上。
詩織が足をブラブラさせながら、友だちの真夢が待ち合わせ場所のここに来るのを待っていた。
詩織は普段はいつも背中に赤い小さなリュックを背負っていて、その中には彼女の宝物がいっぱい詰まっている。
あめ玉、お菓子のおまけ、きれいなビー玉、小さな絵本、白いオカリナ・・・。
彼女はその中からあめ玉を取り出すと、口の中に放りこんだ。
「おそいなマム〜。なにしてんだろう?」
実は真夢は急な母の買い物に付き合わされて出かけてしまったのだが、もちろん詩織はそんなことを知る由もない。
時間を持て余した詩織はジャングルジムの一番上まで登ると、きょろきょろと辺りを見回した。
「あ、キイちゃんが見えるゾ」
遠くに輝蘭の姿が見えたが、その時詩織はその奇妙な様子に首をかしげた。
輝蘭が誰かと楽しそうにおしゃべりをしているのだが、その相手がおかしいのだ。
大きさがビール瓶ぐらいの人形。
それが輝蘭の横にフワフワ浮いていて、輝蘭はその人形と楽しそうに話をしているのだ。
詩織はしばらく考えこんでから、ぽつりと言った。
「キイちゃんにも、変な友だちがいるなぁ。」
★
夕方。佐伯アンティークから戻ってきた神酒が、ばったりと公園前で絵里子に出会った。
「あれ?今日バスケの練習は?」
「明日卒業式じゃん。いくらなんでも今日はナシだよ」
「ナミは?」
「あいつ用事があるって、先に帰っちゃった」
「ふ〜ん・・・」
神酒は、今日の佐伯アンティークでのことを思い出していた。
「あのさ・・・リコ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・。『メアリーさんの約束』のことなんだけどさ・・」
「おっ!遂にミキも都市伝説に目覚めたか!?」
「そんなんじゃないってば!・・でも実際さ、本当にメアリーさんが実在するなら、鳳町のどこに出るわけ?」
絵里子が公園を指差した。
「ここだよ」
「え?」
「1番目撃例が多いのが、ここの公園だってさ」
神酒は絵里子の意外な答えに驚いていた。
確かに前に絵里子から話を聞いた時、公園での出来事だと聞いた記憶がある。しかしそれがまさか、よりにもよって神酒たちがいつも通る公園だったとは・・・。
「ちなみに出現時間は6時から8時ぐらいまでの間が多いんだとさ。あんた、メアリーさんに興味があるの?」
「ううん、いいんだ。ありがとう!」
そう言うと、神酒はその場から走り去っていった。
「なんだ?あいつ。変なやつ・・・」
一人ぽつんと取り残された絵里子は、こんな言葉を静かに漏らしていた。
「あんたもそう思うだろ?」




