佐伯アンティーク
この頃、鳳町ではちょっとした事件が起きていた。
実はここ2週間ほどで、4人の人間が行方不明になっていたのである。
ただ失踪した人物が、いずれも個人的な事情を多く抱えていた経緯があったため、警察は4つの失踪事件に関連性を持たせず、個別の事件として扱っていた。
その日、一人学校から家に向かっていた神酒は、商店街を抜けたところで意外なものを見つけた。
いつもシャッターが閉まっている『佐伯アンティーク』ところが今日、この店のシャッターの1つが半分だけ開いていたのだ。
「お店の人いるのかな?」
以前にロバート神父からここの話を聞いていたこともあり、ここに少し興味を持っていた神酒は、そのシャッターをくぐって、こっそり中に入っていった。
廊下から1番奥の扉が少し明かりが漏れている。
「何?緑色の光?・・・なんだろう・・・」
神酒はその扉のすき間から中を覗いてみたが、そこにはとんでもない光景が繰り広げられていた。
そこにいたのは一人の中年男性だった。歳にして40歳ほど。
その男性がソフトボールぐらいの大きさの石のような物を持って、部屋の中央に立っていたのだが・・・。
異様なのはその石だった。まるでその石がはじけるかのように、強烈な緑色の光を放ち、狂ったように輝いていたのである。
それは、とてもではないが尋常な光景ではなかった。
「な、何よあれ!?」
眼前の異様な光景を目にした神酒は、一瞬体が硬直するような恐怖を感じた。そしてそこから逃げ出そうとしたのだが、彼女はそこでミスを犯してしまった。手に持っていた図書バッグを落してしまったのである。
ふいに緑の光が消え、次の瞬間、扉の奥からその中年男性が飛び出てくると、神酒の腕につかみかかり、そして彼女を部屋の中に引きずりこんでしまったの。
「誰だ!君は!」
男は神酒に噛み付くかのように叫んだ。
男の表情があまりにも恐く感じられ、神酒はうまく話をすることができない。
彼女はただおろおろしながら、やっと少しだけ言葉を口にすることができた。
「ご、ごめんなさい・・・。あ・・あたし、その・・・、佐伯さんていう人・・、ロバート神父が探していたものだから・・・」
「ロバート神父!?君はロバート神父を知っているのか?」
男の表情が急変した。
さっきまでは怒りの表情だったが、今はそのテンションが下がってしまったのか、『やれやれ・・・』といった感じの表情に変わっている。
「君。まあいいからそこに座れよ」
男は散らかった部屋の中から椅子を持ってくると、そこに神酒に座るように指示した。
先程の男の剣幕に涙をぽろぽろと落していた神酒だったが、逆らうとどんな目に遭うかも知れないと思ったのだろうか。
緊張しながらも、その男の指示に従って椅子に腰かけた。
すると男は、今度はもう1つの椅子を神酒の前に置くと、同じく彼女の前に腰掛け、神酒の顔を覗き込むように話しかけた。
「すまなかったね、大きな声を出して。君の口からロバート神父の名前が出てきたのなら、君には本当のことを話しておかなければならないだろう。それに・・・」
男は懐から、さっき手に持っていたソフトボールぐらいの大きさの緑色の石を取り出した。
「この、『翠月』のこともね・・・。」
★
男の言うことはこうだった。
彼の名前は佐伯洋一。
彼は5年前、中東ヨルダンのペトラ遺跡付近の古びた教会でロバート神父に出会った。
その教会の下には地下遺跡があり、教会はその遺跡の中に眠る邪悪な存在を封じるため、フタの役割を果たすために建てられたのだという。ロバートからはその地下に入ることを止められたのだが、彼は興味本位でそこに侵入し、邪悪な魂が封じ込められたある物を持ち出し、それを日本に持ち帰ってしまったのだと言うのだ。
「それが、その翠月という石なんですか?」
佐伯は首を横に振った。
「違うよ。この石は、その邪悪な魂を封じるために置かれていた物さ」
「じゃあ、それって・・・?」
「ああ」
佐伯は翠月を手に持ったまま、奇妙で厳しい視線を神酒に送った。
「それは悪魔の魂が乗り移った邪悪な人形。メアリーとメリルと呼ばれる2つの人形だったのさ・・・」
★
「君はこの町に伝わる『メアリーさんの約束』という噂を聞いたことがあるかい?」
佐伯の話は続いた。
「ええ、知ってます」
「あの噂は信じる・・・?」
「・・・」
「まあ、急に『信じるか?』と言われても迷うよな。実はな、あれはほぼ本当の話だ。なぜなら・・・・。」
佐伯は少し迷った様子を見せたが、それでも次の言葉が出るまで時間はかからなかった。
「その人形、メアリーをこの町に持ち込んでしまったのは私なんだから」
佐伯の話はさらに続いた。
佐伯は地下遺跡で人形の1つを発見し、その後古い文献等で調べた結果、それが人間を闇の世界に引き込む邪悪な人形・メアリーであることが発覚。
処分しようと倉庫を探した時にはすでに人形は紛失していて、その後鳳町に『メアリーさんの約束』の噂が広まり、度々行方不明になる人が出たということである。
ちなみに、佐伯の持つ緑の石『翠月』には、メアリーを封じ込める力があるということだった。
佐伯の話は、神酒には信じがたいものだった。
しかし、彼女が見た先ほどの光景。そして佐伯の真剣な眼差しは、その話を信じさせるに充分な力を持っているように思える。
「私はね、あの遺跡から勝手に翠月や人形を持ち出したことを後悔しているんだよ。だからせめて、あの人形やいなくなった人々を取り戻してからロバート神父に謝罪しようと思っているんだ。この翠月を使ってね」
神酒は考えた。
彼女は絵里子から何度かメアリーの噂を聞いたことがあった。
そ の時はいつもの彼女の怪談程度のことで、ウソとは言わないまでも、たいして気にはしていなかったのである。
ところが、今日この話の真実味が大きく増した。
もしそれが本当なら、いつか神酒の知人に被害が及ぶかも知れない。
「あ、あの!」
神酒は自分でもびっくりするぐらいの声を出した。
「あたしにも、メアリー退治を手伝わせてください!」
「・・・いいのか?いくら翠月があると言っても危険な仕事だぞ?」
「はい、構いません。それが神父様のためになるなら・・・・。でも、それが終わったら翠月は神父様に返してくれるんですよね?」
「ああ、それはもちろんだが・・・」
佐伯はしばらく考え込んだが、神酒の顔を見てみっこり笑った。
「判った、お願いしよう。メアリー人形は大人よりむしろ純真な子どもの前に現れる事が多いようだ。 囮とは言わないまでも、君にはヤツをおびき出す仕事をしてもらう。出現場所が判ったら、君に一肌脱いでもらうことにしよう」




