キバ訓練所 ① 二人の新入生
強制的に、狩りと化けの訓練施設『キバ訓練所』に入会させられることになった伝輝は、キンイロジャッカルのクッキーに施設内を案内してもらってた・・・
伝輝とクッキーはロッカールームを出て、再び無機質な廊下を歩いた。
「今日、君が来てくれて良かったよ。
ありさは見事、完璧に任務をこなしてくれたね」
クッキーは伝輝の緊張をほぐす為に話し出した。
「何で、今日じゃないと駄目なんだよ?」
伝輝は尋ねた。
「今日は君の他に、もう一人新しく訓練生として入会する動物がいるんだ。
それも、ヒトで君と同じくらいの年齢なんだ。
人間界からすれば、当たり前かもしれないけど、同種・同期・同年齢の仲間なんて、動物界では滅多に出会えない。
きっと、伝輝君にとっても、その子にとっても、特別な存在になると思うよ」
クッキーの話を聞いた伝輝は、少し安心した気持ちになった。
こんな訳の分からない状況で、自分と近い立場の存在がいるのはありがたい。
「二人一緒に紹介するから、終礼前にその子と顔合わせしよう」
クッキーは「来客用控室」と書かれたドアの前で止まり、ノックをして中に入った。
「ダニエル。
君と同じタイミングで、入会することが決まった訓練生を紹介するよ。
終礼で、一緒に挨拶するんだ」
クルリと回転式の椅子が回り、少年がこちらを向いて立ち上がった。
彫の深い顔立ち。
メガネの向こうの瞳は青い。
こげ茶色の髪は緩やかにウエーブしている。
伝輝は戸惑った。
どう見ても、欧米系の外国人だった。
外国人とまともに対面する機会がない伝輝は、思わず緊張してしまった。
「彼はダニエル。
北アメリカ大陸から、化けを学ぶ為に、日本列島に来たんだよ」
北アメリカ大陸・・・
伝輝は英語を話せない。どうしてよいか分からなかった。
「ダニエル。
こちらは伝輝。人間だよ」
クッキーは日本語で普通に話した。
ダニエルの目が見開いた。
「人間、だって?」
ダニエルの発言を、伝輝は日本語で聞き取ることができた。
伝輝は、ダニエルが日本語ができるのだと分かり、ホッとした。
「人間なのに、Transformationが、使えるのですか?」
伝輝は「ん?」と思った。
一部、英語の様な単語が入ってきた。
「そうらしいよ。
あと、ダニエル、日本列島では、『Transformation』ではなく、『化け』という単語を使用してくれ」
クッキーは言った。
「分かりました。よろしく、伝輝」
ダニエルは、スッと手を伸ばした。
伝輝もオドオドしながら手を伸ばし、握手をした。
伝輝が見ても分かる、かなり上質な革コート(茶色)を着ている。
(ハーフ丈のレザートレンチコートだが、伝輝はその名前を知らない)
襟元とベルト部分が、デコボコとしている。
その部分だけ、違う革を使用しているようだ。
「どうだい?
最高級カーフスキンを使用しているんだ。
襟とベルトはアリゲーターとクロコダイルさ」
ダニエルは、フフンと自慢げに、襟をピンッと伸ばしながら言った。
「はぁ・・・」
正直、伝輝にはどうでもよかった。
どんなに上質でも、自分とさほど歳の変わらない子どもが着ても、不釣り合いなだけに見えた。
「人間か。日本列島で暮らしていたってことだよね?
僕は、日本の文化に興味があるんだ。
是非とも、色々聞かせてくれ」
「あ、はい」
相手の堂々とした態度に、伝輝は縮こまってしまった。
「そのシンプルなジャケットもよく似合っているよ。
日本列島の動物や人間は、他国の高度な文化を、自分達に合うように工夫するのが上手い」
ダニエルの方が、背が高いからかもしれないが、伝輝は見下されているように感じた。
◇◆◇
三人は、控室を出て、教室に向かった。
ダニエルが先頭を歩く。
その後ろで、伝輝はクッキーにコソッと話しかけた。
「ダニエルってヒト、日本語が上手だね」
「何言っているんだ? ダニエルは英語圏のヒトだよ。
日本語は話していないよ」
クッキーがキョトンとした様子で言った。
「でも普通に会話できたよ?」
「なるほど、伝輝は知らないんだね。
そもそも動物界では、音声言語を使用しないんだよ。
音声言語を使用しているのは、人間位さ。
まぁ、共通の言語圏なら、音声言語も併用するけど、大抵動物達は、音声を使わずに意思疎通している」
「どういうこと?」
「原理は分からない。気が付いたら皆、出来ているから。
テレパシーみたいなものかな?
伝輝ができなくても、伝輝の発する音声言語をテレパシーで受け取るから、ダニエルは伝輝と会話ができる。
逆に、ダニエルは伝輝の耳ではなく脳に直接伝えているから、伝輝は日本語として受け入れている。
でも、固有名詞は地域差がでるから、そこだけ調整が必要なんだ。
さっきの『化け』って言葉も、北アメリカ地域では別の言い方をする。
だから、きっと伝輝はそこだけ聞き取れなかったんじゃないかな?」
伝輝は先程の英語が聞こえた理由を理解した。
深く考えると悩みそうなので、とりあえず、動物界では言葉に困らないということだけ知っておこうと思った。
◇◆◇
廊下の先に、ホッキョクグマの剛力所長が立っていた。
「ダニエル君、伝輝君。
これから終礼だから、君達を他の訓練生達に紹介するよ。
私が先に説明するから、呼ばれたら入って来てくれ」
そう言って、剛力所長はドアを開けて教室に入った。
チラリと中が見えたが、机が段々畑のように並んでいて、着席している全ての生徒が、教壇を見られるようになっていた。
「二人共、入っておいで」
剛力所長の声がドア越しに聞こえてきた。
クッキーが二人を教壇のところまで案内した。
三十人位いるのだろうか、子どもか若い年代の肉食獣がほとんどで、デザインこそ違えど、全員茶色の革ジャンをはおっている。
その中に、ありさもいた。
まごころ学校の時と同じ雰囲気で、静かに澄ました様子で、こちらを見ていた。
「今日から、キバ訓練所に入会した、ヒトのダニエルと、人間の伝輝だ」
剛力所長が言うと、ざわっと訓練生達が反応した。
「人間? 本物?」
「何で、人間が、キバ訓練所に?」
聞き取れた内容は、伝輝に対してだった。
伝輝は気まずくなり、下を向いた。
ダニエルは、自分ではなく伝輝に、周囲は注目していることに、不満を感じた。
「・・・それでは、今日はここまで。解散」
剛力所長と訓練生達は、ピシッと互いに頭をさげ、所長とクッキーは教室を出た。
ドアが閉まると同時に、一斉に訓練生達が立ち上がった。
「君、本当に人間なの?」
「化けが使えるの?」
「何で、動物界にいるんだ?」
ゾロゾロ詰め寄ってくる動物達。
伝輝は初めてまごころ学校に転入した日を思い出した。
「いや、その・・・」
伝輝はダニエルをチラリと見た。
ダニエルは冷たい視線を伝輝に向け、サッと離れた。
今度は、詰め寄る動物達の向こうで着席したままのありさを見た。
ありさは、こちらを全く見ていない。
やがて、ダニエルが近づき、ありさに話しかけているのが見えた。
できるなら、自分もそっちに行きたいと思った。
「あの!」
グイッと、雌ライオンが目の前に現れた。
マスクで口を隠し、目をギラギラ光らせている。
本能的に、伝輝は危険を察知した。
「あ、あなたは『人間』なんですね?
日本列島の人間なんですね?」
「うん、そうだけど」
「年齢は?」
「十歳」
「性別は?」
「男」
雌ライオンは、矢継ぎ早に質問をしてくる。
「男・・・
ふああああ!」
雌ライオンはなぜか、興奮しだした。
「そうよ!
人間は自分達に、雄雌を使わないのよ!
十歳の人間の男・・・」
伝輝は、肉食獣に狙われるのとは、別の恐怖を感じた。
「東アジア系の十歳・・・成長具合はいかほどかしら?」
そういうと、突然雌ライオンは伝輝のお腹に手を伸ばし、服をグイッと上にめくった。
「何するんだよ!」
慌てて、伝輝は阻止した。
タンクトップを下に着ているので、お腹は直接見られてはいない。
(伝輝の腹には、初めての狩りの日に、バラにつけられた傷跡が残っている)
「ああ! そうです!
人間は、体毛で体を覆っていないので、布を重ねないと、体温調節も保護もできないのです!
革ジャンも、まさしく、他の動物の特性を利用しているのであり、それは人間の知恵がもたらす・・・」
雌ライオンは、クドクドと独り言を言いだした。
その姿は、テレビなんかで見る、「オタク」のようだった。
「あの、よろしければ、服を脱いでくれませんか・・・?」
雌ライオンは、ハァハァと呼吸しながら言った。
伝輝は走って逃げだしたくなった。
周りを見ると、雌ライオンの異様な状態に、他の動物達は一歩二歩下がっている。
「いや、それはちょっと・・・」
伝輝は、助けを求めるようにありさの方を再び見た。
しかし、ありさは澄ました様子で、ダニエルと会話していた。
ダニエルの表情が最高に緩んでいる。
ドリスがいれば、この場をフォローしてくれるんだろうな・・・
だがドリスは(多分恐らく)、今頃ヤギのちびっ子たちと、怪獣ごっこをしているだろう。
雌ライオンの手が伝輝に向かって伸びた。
パシッ
その手は、伝輝の身体に触れる前に、誰かに掴まれ、止められた。
「お嬢さん。
そんなに、雄の身体に興味があるなら、俺が協力してあげるよ」
伝輝と雌ライオンの間に立ったのは、生えかけの鬣を持つ雄ライオンだった。
雌ライオンは、一瞬で固まり、動かなくなってしまった。
「クララ!」
背後から、クララと呼ばれたライオンより背の高い雌ライオンが現れた。
クララをグイッと伝輝と雄ライオンから引き離す。
「伝輝だっけ?
すまない、クララは人間に凄く興味を持っているんだ。
悪気はないんだ、許してくれないか」
極端に男っぽい話し方をする雌ライオンだと、伝輝は思った。
「今後はちゃんと見張っとけよ、ジャンヌ」
雄ライオンが言った。
「うるさいな、あんたこそ、クララに気安く声かけるなよ。
ただでさえ、クララは雄が苦手なんだから・・・」
クララはまだ固まったままだった。
「だったら猶更、苦手を克服しないと。
いつでも、声かけてくれよ。もちろん、ジャンヌも大歓迎さ」
雄ライオンは、ウインクして言った。
ジャンヌは、キッと雄ライオンを睨みつけて、クララと一緒に教室を出た。
「ありさ」
雄ライオンは、今度はありさに声をかけた。
「お前も、ちゃんと伝輝の面倒を見ろよ。
クッキーと所長に言われてんだろ」
「・・・分かったわよ」
ありさは席をたった。
ありさが離れようとするので、ダニエルは慌てて話しかけた。
「この後時間あるかな?
是非君に、訓練所内の案内を頼みたいんだが」
「ごめんなさい。
今日はこれから伝輝を案内しないといけないの。
悪いけど、別の日か、他の誰かに頼んでくれるかしら?」
ありさは、表情一つ変えずに、ペコリと頭を下げて、伝輝の方へ向かった。
やがて、伝輝とありさも含め、訓練生達はゾロゾロと教室を出て行った。
ダニエルは、拳を握りしめ、その様子をじっと見ていた。
「てめぇらごときが、なめやがって・・・」
握りしめたダニエルの右拳の色が濃い緑色に変わり、鱗が浮き上がった。




