試験が終わって ② 帰国
パーティーから一夜明けた受験生達は・・・
次の日の朝、受験生達はホテルの一階ロビーにポツポツと集まってきた。
「大きな荷物はこちらで預かって、まごころ町で返却します。
手荷物だけ、しっかり持って行ってくださーい」
キンイロジャッカルのクッキーが、引率者らしく声を出し、受験生達を案内していた。
伝輝、カリンバは一足先にホテルを出て、港の方を見ていた。
昨日と異なり、雲一つない天気だった。
濃い空の青色と、海の青色が、遠くで一つになっていた。
オッセー潜水艦が水上に姿を現し、受験生達が乗り込むのを待っていた。
「なぁ、カリンバ」
伝輝は隣にいるカリンバの横顔を見上げた。
「何だ?」
「まごころ町に戻ったら、すぐに南ヨーロッパに帰るんだよね?」
「ああ。キバ訓練所の退会手続きをしたらな」
「また、会えるかな?」
「会わないだろ」
予想外の返事に、伝輝は「えっ」と反応した。
「何で、そんなに素っ気ないんだよ。
カリンバはまだ三歳で、寿命は二十年位あるんだろ。
あと何年かたったら、俺は海外に行けるかもしれない。
カリンバはすっかり大人になっているだろうけど、無理なことはないだろ」
「仮にお前が何年後かに南ヨーロッパに来たとしても、俺は会うつもりはないね」
「何でだよ・・・」
伝輝は不満そうにカリンバから目をそらした。
カリンバは、うつむいている伝輝を見て、ニッと笑った。
「まぁ、そう怒るなって。
動物にもよるんだろうけど、俺は伝輝や皆に、今の俺の姿を記憶しておいてほしいのさ。
この、今の若くて格好良い俺をな」
そう言って、カリンバはワザとらしくポーズをとった。
しかし、伝輝の表情は晴れずにいた。
「何だよ、何が不満なんだよ」
「カリンバには色々申し訳ないことしちゃったしさ。
鬣とかボーンソードのこととか・・・」
「そんなこと、気にしていたのかよ。
試験に合格する為には、必要なことだったんだ。
仕方ないだろ」
そう言われても、これから立派な鬣が生えようとしていたのに、ザックリとそれを切らせてしまった。
祖父の形見とも言える、ボーンソードを二本とも粉々に折ってしまった。
何年たったところで、弁償できるものではないが、それでも二度と会えないというのは、あまりにもやるせない。
「自分を責めるなって」
カリンバはポンと、伝輝の背中を叩いた。
「そうよ。どうせ、すぐに元に戻せるんだし」
背後から声がした。
振り向くと、ありさが立っていた。
つばの大きな白い帽子に、桜色のチューブトップタイプのワンピース。
足元は、行きでみかけた飾りのついたサンダルだ。
膝丈のワンピースの裾と、背中まである長い黒髪が、潮風に乗ってふんわり揺らめく。
「すぐ、戻るって?」
ありさの女の子らしい姿に見とれるより先に、彼女の発言が気になった。
「あれ位、化け美容師か医者に診てもらえば、すぐに生やしてくれるもの。
カリンバッたら、『信頼できる美容師以外に鬣を触らせたくない』って、ホテルに到着した途端、行きつけのサロンにインターネットで予約してたもんね」
伝輝はカリンバを見上げる。
カリンバは気まずそうに、額に手を添えていた。
「ボーンソードも、訓練中に折ってたの、二回ほど見たことあるわ」
「え!?」伝輝の目が見開く。
「まぁ、そういうことだ。
遺言で、ノンノの骨はボーンソードにする為に、全部残して使うことになっていてな。
まだまだ原材料はたくさんある。
だから、伝輝は責任を感じる必要はないんだぜ」
カリンバはニコニコしながら言った。
「この野郎・・・」
伝輝の表情が、落ち込みから苛つきに変わっていった。
カーッと、顔が熱くなる。
よく考えたら、俺の髪の毛も化けで黒色に生え変わったじゃないか・・・。
気付けなかった自分と、カリンバから必要以上に恩を着せられそうになった事実を知り、悔しくなった。
しばらくカリンバと目を合わしたくなかった。
◇◆◇
「ここにいたのか!」
カリンバ、ありさ、伝輝の順に横並びで、海を眺めていると、ダニエルの声が聞こえてきた。
途端に、ありさの眉間に皺が寄った。
「そのドレス、最高に似合っているよ。
パーティーの時のパジャマ姿もキュートだったけど、今の方がもっと魅力的だ」
寒気のする褒め言葉に、伝輝もありさも、表情を引きつらせる。
ダニエルは気にもせず、メガネをピンと伸ばした指で、クイッと上げた。
高級ブランドなんだろうなと思わせる水玉模様のシャツに、わざわざ黒ネクタイを緩く絞めている。
背伸びしすぎの様な服装に、伝輝はどうしても違和感を抱いた。
「ありさ、ずっと君に話したいことがあったんだ。」
「じゃあ、ここで言って」
ありさの気配りのない言葉に、ダニエルは困惑した。
両横の雄二人をジロリと見る。
しかし、二人は決して場を読んで、離れることはしなかった。
「うん、その・・・。
僕はまごころ町に戻ったら、退会手続きをして、北アメリカに帰るんだけど、君も一緒に来ないか?」
「無理よ。
私も帰ったら、色々やることあるし」
ありさは気持ち良いくらいにバシッと断った。
「そ、そう。
あ、じゃあ夏のバケーションはどうかな?
日本列島じゃあ、比べ物にならない星空が見られるスポットに案内するよ」
ダニエルが頑張って食い下がる。
「そうね、何年かしたら、友達と遊びに行っても良いかもね」
「と、友達?!」
ダニエルはキッと伝輝を睨んだ。
「誰と来るつもりかい?」
「知らないわよ。
その時、誰と友達なんか、分かる訳ないじゃない」
「た、確かに・・・」
そう言って、ダニエルは再び伝輝を見る。
今度は、優越感に満ちた表情だ。
その友達が、伝輝と確定しなかったのが満足らしい。
「俺も行きたいな。
グランドキャニオンに行ってみたい」
「はぁぁ!?」
伝輝の発言に、ダニエルは顔を歪ませる。
「マリーとケインとジョンにも会ってみたいな。
良いよな、ダニー」
伝輝はいたずらっぽく微笑む。
「なっ!?」ダニエルの顔が真っ赤になった。
「このっ、ジャパニーズめ! 黙れ!」
ダニエルは伝輝のTシャツの襟ぐりを掴み、殴り掛かってきた。
段差の淵に立っていたので、慌ててカリンバが二人を抑えようとする。
バランスを崩した伝輝はその場で尻もちをついた。
ダニエルはもう一発殴ろうと、拳を振りかざした。
「ん?」
ダニエルの手が止まった。
伝輝の顔は、怒ったダニエルよりも真っ赤になっていて、戻る様子がない。
バランスを崩したのではなく、頭がボーっとして立っていられなかったようだ。
「伝輝?
お前、熱あるんじゃないか?!」
ダニエルの言葉に、カリンバとありさも伝輝を囲む。
極度の疲労が原因とされる突然の発熱は、潜水艦内でも続き、帰国するまで伝輝は寝込む羽目になった。
◇◆◇
発熱まで至らずとも、疲労に襲われたのは、他の受験生も同じだった。
潜水艦内での移動中、にぎやかになる様子はなく、皆ひっそりと身体を休めていた。
そんな中、ドリアンは潜水艦の小さな丸窓から海底の様子を眺めていた。
「ドリアン」
ベルントが現れ、隣の席に座った。
「早く手続きを済ませて、東南アジアに帰りたいな。
グル―パー島で退会できれば、帰るのも楽だったのに」
「そうだな」ドリアンは静かに言った。
「皆、君を待っている。
君はこの世界の未来を大きく変える存在だ。
生命の誇りを今こそ蘇らせよう」
「大げさだな」
「そんなことはない。
俺は君の可能性を信じている。
俺だけじゃない、仲間達は全員そうだ。
君の大いなる目標の為なら、命の全てを捧げるつもりだ」
ベルントの瞳はキラキラ輝いている。
ドリアンは穏やかに微笑み、内に秘めた複雑な感情を彼に伝えないように努めた。
◇◆◇
「伝輝、起きて」
誰かに呼び起され、伝輝は目覚めた。
無機質な真っ白い天井。
消毒液の香りが漂っている。
「熱はもう下がっているって。
準備して、剛力所長のところに行くわよ」
ありさの声が聞こえる。
伝輝は身体を起こした。
そこは、試験前によくお世話になった、キバ訓練所の医務室のベッドだった。
その脇の椅子にありさが座っていた。
彼女は、茶色のレジャージャケットを羽織っている。
「カリンバや、皆は?」
「とっくに、手続きを済ませて、訓練所を出ているわよ。
受験生で残っているのは、私と伝輝だけ」
胸に無理やり小さな穴を開けられた感覚がした。
自分が寝ている間に、皆、訓練所を去ったのか。
そして、二度と会えないかもしれないのか。
伝輝は戸惑いを隠せなかった。
せめて、カリンバとはちゃんと別れの挨拶を言いたかった。
「皆、あっさりしてるな。
次に会う機会なんて、ないはずなのに」
「それが普通だもの。
でも、伝輝は違うのよね。
潜水艦でカリンバから聞いたわ。
『また会いたいって言われて、嬉しいけどちょっと困る』って笑ってた」
伝輝は悲しくなった。
涙が出そうになって、ありさの前なので、必死にこらえた。
「伝輝の感覚はおかしいことじゃないわ」
ありさは言った。
「また会いたい、とか、もっと一緒にいたいって気持ちは、種も寿命も関係ないでしょ。
伝輝は、カリンバがそんな冷たい動物に思えるわけ?」
伝輝はありさを見る。
彼女は澄んだ瞳で伝輝を見つめていた。
元々表情があまり動かない彼女だが、その瞳はとても温かかった。
目元が熱くなり、再び視線をそらす。
「顔を洗って。
剛力所長も待っているのよ」
ありさはポンッと清潔なタオルを伝輝に投げた。
顔のほてりをごまかすため、伝輝はすぐ傍の洗面台へ向かう。
「何で、剛力所長のところに行かなきゃ駄目なの?」
「進路について報告しないといけないからよ。
私は、上級クラス進級だけど、伝輝はどうするつもりなの?」
顔を洗っていた伝輝の手が止まった。
「進路?」
「そうよ。
試験に合格したら、その後どうするかをちゃんと言わないと。
剛力所長に認めてもらわないと、合格資格も正式にもらえないのよ」
心臓がバクバク鳴る。
このまま、上級クラスに進級して、キバ組織に入らないといけないのだろうか?
訓練生達は良い奴らだったし、皆と過ごせて楽しかった。
しかし、自分がキバ組織になるなど、絶対に嫌だ。
自分はポンコツ先生の推薦で入り、退会は出来ないと言われた。
訓練所を辞めることは、認められないのだろうか?
不安いっぱいの表情を浮かべながら、伝輝はラムレザーのジャケットを羽織り、ありさと一緒に所長室へ向かった。
次回が最終話です。




