試験が終わって ① 後悔
試験の結果が発表され、受験生達はそれぞれの想いを抱きながら、自身の結果を受け止めていた・・・
試験結果が発表された後は、立食パーティーだった。
一旦、受験生達はホールを出て、その間にホテルの従業員達が、丸テーブルと料理や飲み物を運ぶ。
温かい食べ物の匂いが鼻をくすぐる。
伝輝はとてつもなく空腹であることを思い出した。
「この数日、まともなものを胃袋に入れていないんだから、最初はスープとかにしなさいよ。
いきなりガツガツ食べたら、後でお腹壊すわよ」
ありさが母親のような口ぶりで言った。
「分かってるよ・・・」
お腹がゴロゴロ鳴っているのに、無茶を言うなよ、と伝輝は思った。
「カリンバ」
パーティーの準備を待っていると、ジャンヌが声をかけてきた。
「少しだけ時間良いか?」
伝輝とありさの目が見開く。
ジッとカリンバを見て、反応を伺う。
「ああ、もちろん」
極めてラフな返答の後、カリンバはジャンヌについて行った。
「何何何? どういうこと?」
ありさがどこか楽しそうに小声で話す。
「知らないよ」
そう言いつつも、やはり伝輝も少し気になった。
◇◆◇
ジャンヌはホテルの外へ向かっているらしく、スタスタとカリンバの前を進む。
スカイブルーのタンクトップの上に、白い麻シャツを羽織って腕まくりしている。
色落ちして、水色に近いデニムのショートパンツに、シンプルな黒のスニーカーを履いている。
ショートパンツとスニーカーの間は、黄金色の毛並みが足首まで綺麗に流れ、鍛え抜かれた大腿部がはじけそうに膨らんでいる。
ショートパンツの尻尾穴からユラユラ揺れる長い尻尾と、布に覆われていない両脚を、カリンバはじーっと眺めながら歩いた。
(動物界の衣料品は、尻尾や耳が通せるよう、簡単に繊維が伸びて穴ができる材質になっている。
尻尾を抜けば、穴は塞がれるので、尻尾を持つ動物が例えばヒトに化けたとしても、お尻部分に穴が開いたままになることはない。
ハラミのバンダナや、カリンバが現在被っているキャップも同様である)
◇◆◇
ジャンヌとカリンバは、ホテルを離れ、まだ日が沈まない真っ白な海岸沿いを歩いた。
「どうしたんだ、ジャンヌ?
こんなところまで呼び出して」
会話を切り出したのは、カリンバだった。
ジャンヌは歩くのを止めた。
カリンバに背を向けたまま身体の両横に添えた手をギュッと握る。
「カリンバ、お前に頼みがある」
ようやくジャンヌは振り向き、そう言った。
「南ヨーロッパには帰らず、上級クラスに進んでくれ!」
カリンバはキョトンとした表情を浮かべた。
「何で?」
「お前には、キバ組織でやっていけるだけの素質がある。
まごころ町で警察に入れっていうのは、少々酷かもしれない。
だが、キバ組織はまごころカンパニーが動物界に誇る動物集団だ。
お前が目指している、南ヨーロッパ地域の警察組織にだって負けていないはずだ」
「お誘いは光栄だが、俺はキバ組織員になるつもりはないね。
訓練所に通って、肌に合わないことは実感したよ。
下級クラスは、個々の能力を客観的に評価してくれるから、色んな地域から挑戦する動物が多い。
だけど、上級クラスは違う。
その動物が、キバ組織で一体どんな役割を与えれば伸びるかを見極めるクラスだ。
決められた役割に従い、キバ組織のスピリットを第一優先するスタイルは、俺には向かないよ。
君やハラミみたいな、初めっからキバ組織を崇高しているようなタイプとは違うんだよ」
カリンバは少し苛立ちながら話した。
淡い期待が簡単に潰されてしまい、それを隠しきれていなかった。
「けど、このままだと・・・」
ジャンヌは斜め下を見ながら呟いた。
「僕はもう、お前と戦って勝つことができなくなる」
「え?」
「お前が上級クラスに進んでくれれば、卒業試験でまた真剣勝負のチャンスがあるかもしれない。
僕は、まだお前に勝っていない。
お前が南ヨーロッパに戻ってしまったら、僕はきっと納得ができないまま過ごすことになるんだ。
だから・・・」
ジャンヌは顔を上げ、カリンバを見つめた。
「だったら、何で四日目試験で、俺と戦わなかった?」
予想外に落ち着いた声色で、カリンバは冷静に尋ねた。
「それは・・・。
仕方ないだろ。あの時、お前はカードを持っていなかった。
ハラミ達と約束していたんだ。
獲得点が100点になるチャンスがなければ、戦わないって」
「じゃあ、諦めて納得しろよ。
君はあの時、自分の気持ちよりも、合格を優先したんだ。
その結果、君は上位ランクイン、堂々の試験合格だ。
これ以上に、何を望む必要があるんだ?」
ジャンヌは戸惑いの表情を隠せなかった。
顔を横にして、目をそらす。
「分かっているよ。
だけど、僕は・・・僕は・・・」
潮風が優しく吹いた。
その風に乗って、ジャンヌの匂いがカリンバに届く。
彼女の体温がほんのり上がっていることに気付く。
「ジャンヌ・・・」
ジャンヌは目を閉じて黙ったままだ。
カリンバはスッと彼女の肩に触れようと手を伸ばし、止めた。
ここで彼女に触れたらどうなる?
俺の将来を諦めるのか?
彼女に将来を諦めさせるのか?
それとも・・・
カリンバはフッと手を元に戻した。
そして、クルリと背を向け、スタスタと歩き始めた。
それに気付いたジャンヌは慌ててカリンバを呼ぶ。
「おい、話はまだ終わってないぞ」
「いや、終わりだ。
交渉は決裂。
俺は上級クラスに進まない。
君は俺と戦えなかったことを一生後悔すれば良いさ」
「何だって・・・」
ジャンヌの髭が逆立った。
「お前はそうやって、自分の欲しいものはしっかり手に入れる。
合格も、実績も、人望も、将来も!
分かってたさ!
お前が、僕の頼みなんか聞くわけないってな!
これからも、賢く要領よく、昇進も女も手に入れていくんだろ?
お前は後悔なんか、することないんだろうな!」
カリンバの足が止まった。
「そんなことはないさ。
俺も今一番欲しいものは諦めるんだ。
きっとそれは死ぬまで後悔するはずだ」
カリンバは振り向き、ジャンヌを見る。
「必死で真剣に生きていれば、必ず何度かは選択に迫られるんだ。
『後悔』も、生きてく中で一つ位あっても良いだろ。
お互い、大して長くない寿命なんだからさ」
「お前の『後悔』って、何なんだよ?」
その問いに、カリンバは微笑むだけで、答えなかった。
◇◆◇
二人は黙ったまま、ホテルに戻る為、海岸を歩いた。
ザッザッと、ジャンヌがカリンバの横に並ぶ。
「ワガママを言って、悪かった」
ポツリとジャンヌは言った。
「良いよ、嬉しかったし」
カリンバはサラリと答えた。
二人の目が合い、立ち止まる。
お互い、照れくさそうに笑うと、何事も無かったのように歩き出した。
「お前の『後悔』なんだけどさ、あれか?
ドリアンにリベンジできないことか?」
ジャンヌが、いつもの調子に戻り、尋ねた。
「どうでしょーねー」
「何だよ、教えろよ!」
ホテルロビーで、ジャンヌはトイレに行くと言ったので、カリンバ一人で会場に向かった。
「あ、カリンバ、お帰り」
ありさがカリンバに気付き、呼びかけた。
ありさは、クララとハラミと一緒にジュースを飲んでいた。
「伝輝は?」
「グレイ達と一緒にご飯食べているわ。
この面子だと、落ち着いて食事が出来ないみたい」
カリンバはクララを見る。
クララは離れた場所にいる伝輝にチラチラと視線を送っていた。
「ジャンヌと何話していたの?」
ありさはカリンバのドリンクを渡しながら言った。
「ん?
愛の告白をされてきた」
カリンバがケロリと答えた。
「はぁ? 有り得ないんだけど」
「冗談でも言って良いことと悪いことがあります」
「馬鹿じゃないの? カリンバ」
ありさ、クララ、ハラミはギロリとカリンバを睨んだ。
苦笑いしながら、カリンバは料理を取りに行くフリをして、伝輝の方に向かった。
◇◆◇
パーティーがお開きになり、カリンバと伝輝はスイートルームに戻った。
ありさは引き続き、メンテナンスがあるので、別の部屋で泊まるらしい。
「明日の朝には出発するのかー。
折角だから、もう一日休憩日にして、海で遊んだりしたかったな」
「俺達は、そんな暇ないの。
まごころ町に戻ったら、即効地元に戻って、就職手続しないと。
呑気な人間様と同じにしないでください」
カリンバはベッドに寝そべりながら言った。
「悪かったな!
じゃあ、明日早いから、俺はもう寝るよ。
電気消していい?」
カリンバは手を振って、了解した。
伝輝は先に歯を磨く為に、バスルームへ向かった。
たっぷり食料を詰めた胃袋を撫でながら、カリンバは天井を見た。
「ジャンヌ、俺のプライドになってくれ」
誰にも聞こえない小さな声で、彼は呟いた。
あの時、言っていたら、ジャンヌはどんな顔をしただろう。
「ふざけんな!」って、怒って、殴ったかな
でも、言えば良かったな。
ジャンヌみたいに、正直に。
「後悔、二つになっちまったよー」
カリンバはベッドでゴロゴロ身体を動かした。
勢い余って、バタンッと床に落ちた。
「何やってんだよー、カリンバー」
伝輝の呆れたような声が、部屋に届いてきた。




