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卒業試験 五日目 ⑰ アラーム

 イグアナキメラが上昇する中、伝輝、カリンバ、ドリアン、クララは・・・

 伝輝が泣きじゃくっている間に、クララは右手首の捻挫を治し、くっついたボーンソードの柄を綺麗に剥がしてくれていた。


 雨風が打ち付け、いつまたキメラが大きく動くか分からない中、伝輝はスッと立ち上がった。


 微笑みながらドリアンは、刀身が延びたボーンソードを、伝輝の胸元の位置に来るように差し出した。


 背中の中央部分に、焦げた穴があった。

 そこから尻尾の方には黒い道ができている。


 伝輝は反対側のイグアナキメラの後頭部を見つめる。

 ボーンソードを、右小指の側が刀身になるように、ギュッと持ち、バチバチと音を鳴らした。

 白い刀身は再び輝き始める。


 グサッ


 穴に再び、剣を突き刺す。

 一度開けた穴は、先程よりも強度が落ちている。

 脊髄を損傷し、再生能力が落ちている証拠だった。


「クッ、ウウウウ・・・」

 伝輝は慎重に剣を動かす。

 刀身が延びて、体勢は楽になったものの、再びボキンと折れない保証がない訳でない。


 むしろ、折れる前に早く仕留める必要がある。

 徐々に伝輝はスピードを上げていく。


「良い感じだ! 伝輝!」

 カリンバが溌剌はつらつとした口調で伝輝を応援しながら並行して走った。


 二人が走り出したのを見て、ドリアンはクララの方を向いた。

「ご苦労さん、あんたが一番仕事しているな」


 クララはしゃがんだまま、マスク越しに苦笑いを浮かべた。

 辛そうに、ギュッと自分の手を握る。


「どうした?」ドリアンはクララの顔を覗く。


「あの二人には言わないで・・・」

 クララはドリアンに自分の両手の平を見せた。


 全面、肉球が焦げ、水ぶくれが破裂し、血が滲んでいた。


「クララ・・・!」

「自分への治療が一番時間かかるんです。

 しばらく動けませんので、私達が振り落とされないように、見守っていてください」


 ドリアンは伝輝を見た。

「恐ろしい力だ・・・」

 感嘆と畏怖の念を込めて、ドリアンは呟いた。


     ◇◆◇


 イグアナキメラの内部を破壊する感触を右手で感じ取りながら、伝輝は走った。

 決して良い感触ではない。

 金属のような鱗の中にある、弾力ある筋肉や、硬い骨の存在を感じる時、今自分が傷つけているのは、紛れもない生き物なのだと実感する。


 動物界では、動物と家畜が、きっちりと区別されている。

 たとえ見た目はまったく一緒でも、家畜は家畜と、彼らはすっぱりと切り捨てた扱いをする。

 それがこの世界のルールだ。

 同じであって同じでない命。

 この感覚がなければ、動物界で生きていくことは難しいのだ。


 キシャアアアアア!


 イグアナキメラの苦痛の叫びが、耳に痛い。

 背中が大きく傾きかけたので、伝輝は立ち止まり、グッとその場で耐える。


 気付けば、ボーンソードは両翼がある位置を通過していた。

 脊髄から送られるはずの、翼を動かす信号が途絶えたのだ。


「ということは・・・」


 ビュオオオオ


 イグアナキメラは、大きく弧を描くように、翼を広げたまま降下し始めた。

 直滑降でないことが唯一の幸いだが、そんなことを言っている場合ではない。


 伝輝は再び立ち上がり、ボーンソードを滑らす。

 丁度良い下り坂だ。

 一気に加速し、後頭部へと向かう。


「こっちだ! 伝輝!」

 先回りした、カリンバが叫んだ。


「剣を抜け!」

 カリンバの元に到着した伝輝は言われた通りにする。


 するとカリンバは、おもむろに伝輝を抱き上げた。

「な、何するつもり?!」


「最後の仕上げだ。一気に振り落とせ!

 俺達はロープで繋がっている。

 ちゃんと岩壁に掴まっているから、安心しとけ」


 カリンバはウインクした。

 そして、上空へと伝輝を放り投げた。


「うわー!?」


 凄まじい風圧を受けながら、カリンバの無慈悲な仕打ちが、実はナイストスであることに気付けた。


 真正面に、狙うべきイグアナキメラの後頭部が見える。

 クララが言ったように、より密度の濃い鱗になっていて、厚みある皺が幾重にも重なっていた。


 伝輝はボーンソードに力を込める。

 ピシッ、パシッと、刀身にヒビが入る。


「あああああ!」

 伝輝は剣を振り上げた。


 ガバァ


「ひっ」


 危険を察知したかのごとく、イグアナキメラが大きな口を開いて、上空を見上げた。

 僅かなブレで、すっぽり口の中に着地してしまいそうだ。


 ドスッ!


 しかし、その口はすぐに閉ざされた。

 ドリアンが跳んできて、イグアナキメラの上あごに、右ストレートをお見舞いしたのだ。


 ドリアン!


 ドリアンは伝輝の方を見てニッと笑い、格好良く手を振ると、イグアナキメラから飛び降りた。


 よぉーし!


 伝輝はボーンソードを構え直した。


 キメラの後頭部がすぐ目の前に近付いていた。

 刀身を振り上げ、鱗に当てた。


 バチバチバチ!


 伝輝は体を回転させるようにして、剣を下へ下へ突き動かした。


 熱い血肉が全身を襲う。

 重力とボーンソードを信じて、伝輝は火花を起こしながら進む。


 白く輝く刀身が力尽き、粉々に割れる。

 化けの能力を帯びた欠片は、当たると火傷した。

 伝輝は左手で顔を覆い、飛んでくる欠片を防いだ。


 ベシャアアアアアア 


 やがて、砂色の景色が、伝輝の視界全体に広がった。


     ◇◆◇


「あれは!?」

 ありさとダニエルは、一度上昇したイグアナキメラが、今度は落ちてくるのを見た。


 その途中で、ピョンピョンと岩壁に向かって飛び跳ねる影も見えた。


「キャッ」ありさは小さな悲鳴を上げた。


 イグアナキメラの首と胴体が、分離した。


「あ!」

 何かに気付いたダニエルは、ザザッとその場を離れ、岩壁を下り始めた。



 カリンバが立っている胴体は、最早ただの巨大な塊だった。

 慌てて、周囲を見渡し、身体強化した脚でジャンプする。


 ザクッと岩に掴まり、ギューンと伸びるロープを引っ張った。

「クッ・・・」

 ロープの伸びが止まらない。

 すなわちそれは、伝輝との距離がどんどん遠くなっていることを示している。


 ロープは永久に伸びる訳ではない。

 限界に達する前に、伝輝には自らこっちへ向かってきてもらう必要があった。


「伝輝ー!」

 カリンバは叫んだが、その声は落下する巨大生物の前にかき消された。



 キメラの体液まみれになった伝輝は、このままでは自分も岩群の谷底へ突き落とされると悟った。 


「うぐぅ!」伝輝はロープを握った。


 うっかり右手で握ってしまった。

 化けの力で、あっさりそのロープをちぎってしまう。


「やばっ!」


 命綱を失った伝輝は、抵抗する術もなく落ちていく。


「ああああああああああぁぁぁぁぁー!」


 ギュイン!


 突然、伝輝の身体がガクンと止まった。


 生温かくて弾力のある極太のロープが伝輝の身体に巻き付いている。

 ニュッと伝輝の正面に、チロチロ舌を出すアオダイショウの顔が現れた。


「フンッ!」


 ダニエルはアオダイショウを振り上げ、一旦、伝輝から身体を離した。

 そして、素早く右手を別の生き物に変える。


 バクッ!


「うわぁ!」

 伝輝一人に加え、巨大ナイルワニの重さに耐えきれず、ダニエルは一緒に落下した。

 と言っても、すぐ下は、ベルント、ジャンヌ、ハラミがいる岩の頂上だった。


 ナイルワニの口の先端から、ダランと伸びた伝輝の右腕が見えた。


「安心したまえ。

 コントロールが下手な素人とは違って、僕は歯の無いワニも作れるんだよ」


 ダニエルはクイッと左手で眼鏡を上げた。


「ん?」

 その時、ダニエルは伝輝の右手の平に何かが赤く浮かんでいるように見えた。

「アザ? 数字の6みたいだな・・・」


     ◇◆◇


 ありさが戻ってきた。

「伝輝!」


 伝輝は気を失っており、ベルントが顔を拭く等の介抱していた。


「彼は無事だよ。

 ダニエルが落下する彼をこっちに引き戻したんだ」

 ベルントが静かに言った。


 ありさはチラリとダニエルを見る。

 ダニエルはフフンと鼻を鳴らした。


「僕は必要な仕事を、計画的に確実にこなすんでね。

 彼とは真逆だ。

 キメラの身体に突っ込むのは良いが、その後のことなんか、何も考えてやしないんだから・・・」


「ありがとう」ありさはニコッと微笑んだ。

 初めてダニエルに見せた笑顔だった。


 衝撃でダニエルは動けなくなった。


「私がやる」

 ありさはしゃがみ、ベルントから濡れたガーゼを受け取り、ドロドロになった伝輝の顔を拭いた。


 拭いた直後、伝輝の頬に別の液体がポタリと落ちた。

 ありさの大きな瞳から、熱い涙が流れ落ちる。

 汚れるのを厭わず、ありさは伝輝の胸元に顔を押し付けて泣いた。


 ダニエルは顔を真っ赤にしたまま、固まっており、自分の足元で何が起きているのか気付いていない。


「哀れな」

「不憫だ」

「お気の毒に」


 その様子を見たベルント、ジャンヌ、ハラミは、各々ポツリと呟いた。



 しばらくして、カリンバ、ドリアン、クララが三人一緒に戻ってきた。


 三班全員が揃い、皆、歓声を上げた。


 クララもハラミに抱きつき、それを覆うようにジャンヌが二人を抱きしめた。

 ドリアンはベルントの肩をポンと叩き、未だに微動だにしないダニエルを見て、首を傾げた。


 カリンバはありさの隣に座り、気絶している伝輝を見た。

「全く、すげー奴だよ。

 本当にあの怪物を狩っちまうんだからよ」


「カリンバ、その頭・・・」

 ありさはカリンバの鬣がザックリ刈られているのに気付いた。


 ジャンヌもありさの声に反応し、カリンバを見た。

 声に出さなかったものの、かなり驚いた。


「まぁ、作戦の為だから、仕方ないってことよ。

 それより、たった一人でイグアナキメラを抑えてくれてありがとうな」

 カリンバは優しくありさの背中を叩いた。


「私は別に・・・。

 結局途中で、解けちゃったし」


「良いじゃねぇか。

 こうやって成功して、全員無事なんだからさ。

 やっぱ、最高のプライドだぜ」


「まだ、成功じゃないぞ」

 ドリアンが言った。

「早くアラームを一分以上鳴らせ。

 もしかしたら下で、ロナウド班が手柄を横取りするかもしれないぞ」


「おっ、忘れてた」

 カリンバは伝輝を背負って立ち上がった。

 ありさを手招きし、近くの岩でシューシューと音を立てるイグアナキメラの胴体を見た。

 首は岩と岩の隙間に落ち、ここからは見えなくなっている。


 ジャケットからタブレットを取り出し、アラームを起動する。


 特徴もない、どこにでもあるような機械音が岩群全体に響き渡るようだ。

 気付けば、雨は止み、雲間から光が差し込んでいた。


 一分間、受験生達は誇らしげにアラーム音を聞いていた。  

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