卒業試験 五日目 ⑯ お前しかいない
ドリアンが提案した最後の作戦に、伝輝達が挑む・・・
イグアナキメラは、翼も広げているにも関わらず、飛び立つ様子が無かった。
「時間差で、麻酔銃が効いてきたのかな?」
カリンバが言った。
「違うな、ありさが上の方で催眠を発動させている。
キメラの身体は上昇するつもりだが、脳がその指示を出せないようになっている」
ドリアンは、巣がある岩壁の方を指差した。
伝輝には見えなかったが、ありさがこの巨体を抑えつけてくれていると思うと胸が熱くなった。
「今がチャンスだ、早く行こうぜ」カリンバが言った。
四人は再びイグアナキメラの背に登った。
雨は、途切れなく降っている。
土砂降りではないものの、キメラの鱗は雨に濡れ、ツルツル滑りやすくなっていた。
「ここだ、伝輝!」
カリンバは先程と同じ場所を示す。
伝輝はスーッと深呼吸をした。
右手の延長にあるボーンソードに力が行き渡るイメージをした。
やがて、白い刀身が輝きだした。
「よし! その状態でボーンソードを突き刺せ!」
クララは、刀身が上(右手を握った際人差し指側)の方を向くように固定していた。
伝輝は手首を百八〇度捻り、剣先を下に向けた。
右手から剣先にかけて、バチバチと音が鳴る。
伝輝は思いっきり腕を振り落とした。
ガキィィィン!
鉱物が割れるような、硬い音が響いた。
刀身の半分程が、イグアナキメラの体内に埋まった。
突き刺した部分からバチバチと音が鳴り、煙が昇る。
「もう少し、深く差してください!
背骨内部まで到達させるイメージで!」
クララが半ば興奮気味で叫んだ。
伝輝は慎重にズズズと刀身を下へと埋め込んで行く。
焦げた臭いが昇ってくる。
「そのまま、歩けるか?」カリンバが心配そうに尋ねる。
「やってみる」
伝輝はしゃがんだまま、一歩一歩進んでみた。
手首を捻ったままの移動は、腕の負担が大きかった。
右腕を支えるように、左手で掴んだ。
ジュジュジュと音を立てながら、刀身が動く。
刀身が進んだ跡は、消えることなく残っている。
「良いぞ! その調子だ!」
キシャアアアアア!
イグアナキメラも自分の背中の異常に気付き、苦痛の声を上げた。
不安定な場所で、前足や翼を動かしているが、身体を宙に浮かべることができなかった。
◇◆◇
ヴーン・・・ ヴーン・・・
イグアナキメラの巣では、何十匹もの巨大ハエキメラの死骸が落ちていた。
まだ飛び回っているハエキメラは危機を察知したのか、その場から離れて行った。
「ハァ、ハァ・・・」
ジャンヌとダニエルは、肩を上下に動かしながら呼吸をした。
何とか、ハエキメラ撃退に成功し、改めて周囲を見る。
山の様だと思っていた茶色い壁は、ゾウキメラが二頭積み上がったものだと分かった。
ジャンヌはゾウキメラの壁に向かって、ガオーと吠えた。
「ハラミー! どこだー!」
ダニエルもハエキメラや他の家畜の亡骸の間を進みながらハラミを探す。
時折、まだ息をしている家畜もいた。
ウォーン・・・
微かだが、上から鳴き声が降ってきた。
ジャンヌはババッとゾウキメラの身体を登った。
「ジャンヌ・・・」
ハラミが四足歩行姿でうずくまっていた。
後ろ足を負傷しているのが、一目で分かった。
「声がしたような気がしたから、吠えてみたけど・・・。
まさか、助けに来てくれていたなんて・・・」
驚くハラミのことはお構いなしに、ジャンヌは彼を抱き上げた。
「あー! 生きてたー! ハラミー!」
ジャンヌはハラミの背中や後頭部にかけて、自分の顔を擦りつけた。
力が抜けたように、ハラミを抱いたまま座り込んだ。
「ごめん! 僕の不注意で、こんな目に遭わせてしまって・・・」
「心配しなくて良いって。
怪我したから、脱出できなかったけど、あの化け物が餌を溜めてくれたおかげで、食いもんには困らなかったし。
ゾウキメラの死肉なんて、中々前衛的で、ワイルドな味だったよ」
ハラミは冗談ぽく笑いながら言った。
「何、言ってんだよ」
涙混じりの声で言いながら、ジャンヌはハラミを自分の胸元で優しく抱きかかえた。
締め付けが緩まり、身体を動かしやすくなったハラミは顔を上げ、ジャンヌの顎辺りをペロリと舐めた。
「えっ!?」
突然の感触に、ジャンヌはしばらくハラミをじっと見つめた。
しかし、ハラミはジャンヌの胸元に顔をうずめたまま動かなかった。
「と、とにかく、ベルントのところに戻ろう」
ジャンヌはハラミを抱えたまま、ゾウキメラから降りた。
ダニエルと軽く言葉を交わし、そのまま岩壁を下って行った。
ありさの様子を見に行く為、ダニエルは、ジャンヌと違う側から岩壁を降りた。
◇◆◇
瞬きもまともに出来ないほど、ありさは集中していた。
ここからでは、皆が何をしているのか、詳しいことまでは分からない。
ただ、四人が再びイグアナキメラの背に登り、動き始めたことは分かった。
キメラが激しく叫ぶ声がありさの方まで届いてきた。
キメラが必死で暴れようとすればするほど、ありさも催眠が解けないように力を込めた。
命の危機に瀕した時の本能による抵抗。
たとえ、それが商品として造られたキメラだとしても、同じなのだと痛感した。
「ありさー!」
「!?」
頭上から自分を呼ぶ声がしたが、上を向く余裕はなかった。
ダニエルは左手で岩を掴み、右手をヘビに変えた。
ニュニュニュとありさのところまでそれを伸ばす。
「怪我して、動けなくなったのかい?
早く、これにつかまるんだ!」
ありさは苛々してきた。
視界に入るか入らないかのところで、大蛇の舌がチロチロ動く。
「邪魔よ!」ありさはヘビを横に払った。
その勢いでダニエルはバランスを崩し、ズズズと滑り落ちる。
「うわっ!」
「キャッ!」
ありさがしゃがんでいたスペースにダニエルが落ちてきた。
弾みでありさは横に倒れかける。
「危ない!」
ダニエルはありさの肩を抱き、自分に引き寄せた。
元々ヒト一人がギリギリ収まるスペースだ。
ダニエルはここぞとばかりに、ありさに自分の身体をくっつける。
「雨が落ち着くまで、しばらくここで待っていよう。
ハラミは無事に救出できた。
もう、心配は何もない・・・」
バチンと、ありさはダニエルを平手打ちした。
「馬鹿! 何やってんのよ!」
そう言ってありさは指をパチンパチンと鳴らした。
しかし、キメラの反応は変わらない。
一度興奮した巨大生物を抑えるのは、これほど困難なものなのか。
ダニエルに邪魔されたなんて、ただの言い訳に過ぎない。
ありさは自分の力の未熟さを恨んだ。
◇◆◇
コツを掴んできたのか、ボーンソードを刺したままの移動のスピードが上がってきた。
そんな伝輝を横でカリンバは応援した。
雨が強くなる。
足元で水が流れ、一歩一歩の踏込が難しくなる。
伝輝は必死で前に進んだ。
グワン!
今までおとなしくしていたイグアナキメラが遂に上昇を始めた。
上体を起こし、周囲に強風を巻き起こした。
「伝輝ぃ! 耐えろぉ!」
カリンバがイグアナキメラの背中のデコボコにしがみ付きながら言った。
伝輝が頼れるのは、キメラに刺さったままバチバチと鳴るボーンソードだけだった。
イグアナキメラは、高速エレベーターの様にグングンと上昇していく。
しばらく上昇したところで、グインと方向を百八十度変えた。
今度はゆっくり旋回しながら、飛行高度を上げていった。
キメラの胴体が地上と平行になり、伝輝は体勢を整える。
「ひっ・・・」
あまりにも不安定な場所に、伝輝は震えが止まらなかった。
それでも、ボーンソードをバチバチと鳴らし、伝輝は再び歩き始める。
常にユラユラ揺れているような感覚と、集中を削ぐ雨。
さっきよりもゆっくりとしたペースでズズズとキメラの脊髄を破壊していった。
カリンバは自分達が巣の方へ近づいているのが分かった。
もしまだあそこに、ジャンヌ達がいたらどうなる?
痛みで興奮している巨大キメラが巣に到着したら・・・
「伝輝、もう少し早く進めないのか!?
このままだと、巣に到着してしまう!」
伝輝は歯を喰いしばった。
既にジャンヌ達は巣から離れていたが、その事実を今の四人が知る筈もなかった。
伝輝は右腕を下に伸ばし、背中を前に倒した。
スピードスケートのような体勢で、走り始めた。
もっと速く走りたかったが、右手が追いついてこない。
グラリ、とイグアナキメラの身体が斜めに傾いた。
「わっ!」
伝輝も横になぎ倒されるようになった。
踏ん張ろうとしたが、濡れた鱗で足を滑らせてしまった。
バキッ!
「あっ!?」
ボーンソードが、鱗に刺さっている部分を残し、折れてしまった。
支えるものが無くなり、伝輝の身体は転がっていく。
「伝輝!」
カリンバがロープを引っ張り上げ、伝輝を傍に寄せた。
「ううう・・・」
右手首に激痛が走り、伝輝は唸った。
ようやくキメラの胴体が安定し、ドリアンが近付いてきた。
クララは刺さったままのボーンソードを見つめ、勢いよくそれを引き抜いた。
バチッと音がし、クララの目元が歪んだ。
「良い調子だ! ボーンソードはもう一本ある!
これで決めるぞ!」
カリンバは伝輝を励ました。
しかし伝輝の目は絶望の色をしていた。
「む、無理だよ・・・。これ以上は。
カリンバの大事な剣を壊しちゃったし」
「何、言ってんだよ、気にすんな!
あと、もう少しなんだぞ!」
カリンバが必死で説得を試みる中、ドリアンがスッと彼の背中に装着していたボーンソードを抜き取り、クララに渡した。
「分かってるよ。でも、でも・・・」
雨風が容赦なく、伝輝達の全身を打つ。
痛みと恐怖と不安が涙に変わり、留まることなく伝輝の目から溢れてくる。
「怖いのは分かってる!
俺だって怖いさ!
だけど、ここで立ち止まったところで、どうなる?
こいつの気まぐれで着陸するまで、じっと待っているのかよ?」
カリンバは伝輝の両肩を握り、向かい合った。
伝輝はうつむいたまま涙をボトボト落とすだけだった。
「お前しかいないんだ。
イグアナキメラの脊髄を壊せば、奴は降下するはずだ。
そして首を切り落として、近くの岩へ脱出する。
それが出来るのは、お前だけなんだぞ!」
その時、ポッと右手が温かくなった。
「お前が一番重要なんだ」
「弱気になるなよ」
伝輝の頭の中でフッと浮かんだ声。
右手にぬくもりを感じながら、伝輝は顔を上げた。
カリンバが真剣な表情で自分を見つめている。
全く似ていないけど、その目は別の動物の姿と重なった。
伝輝が落ち込んだり不安な気持ちになったりした時、犬のタカシはいつもそんな風に言ってくれた。
夏美と優輝をキバ組織のバラから守る為、駐車場で戦った時、自分の身代わりになって、タカシは最後の止めを刺した。
自分の手を汚させない為に、自らの手を汚した。
だけど、それを彼は当たり前だと言った。
今、目の前にいるライオンの青年も、自分の為に、大切な鬣と武器を差し出してくれている。
なのに、自分は何もしないままなのか?
伝輝はグッとくちびるを噛み、涙を吹き飛ばすように首を振った。
「ごめん・・・。
今度はちゃんとやるから」
カリンバの表情が少し和らいだ。
「そっちの調子はどうだ?
こっちはちゃんとメンテナンスが終わったぞ」
ドリアンが、随分と長いボーンソードを持ちながら言った。
「クララが折れた部分と剣先を繋いだんだ。
これなら、伝輝も走りやすいだろう」
「右手の捻挫も完治しました。
提案ですが、次は手の平とくっつけずに剣を握るのはいかがでしょう?
既に、柄にはカリンバの鬣を密着させているので、効果は変わらないはずです。
先程私は、最後の首を切り落とすことを想定して、刀身を上にした状態にしました。
ですが、それでは背骨を切り上げるには負担が大きいですね。
なので、次は自分でボーンソードを持ち替えられるようにした方が良いと思うのです。
ただ・・・」
クララは伝輝の右手をギュッと握り直す。
「あなたが、絶対にボーンソードを手放さないという自信がお有りなら、の話なんですが」
伝輝はグズッと鼻をこすり、ニッと笑った。
「もちろん! 当たり前だろ!」




