卒業試験 五日目 ⑮ 難問
カリンバはイグアナキメラの背中にボーンソード突き刺そうとしたが、鱗が予想以上に固く・・・
「固くなっているですって!?」
クララはイグアナキメラの背中の鱗を撫でたり、叩いたりした。
「これは・・・」
グワン!
突然、イグアナキメラの背中が、まるで波打つように上下に動いた。
麻痺薬の効果が切れてきたのか、キメラは上昇を試みようと上体を起こした。
「うわぁー!」
伝輝は、背中から振り落とされそうになった。
慌ててカリンバが繋いでるロープを握り、もう片方の手で、イグアナの鱗にしがみついた。
「大丈夫か、伝輝!?」
伝輝も必死でロープを握り、何とか足をキメラの身体のどこかに当てようとした。
「作戦の立て直しだ! 一旦離れるぞ!」
ドリアンのどっしりした声が響いた。
四人はすぐ傍の小さな岩の頂上に向かって飛び跳ねた。
その時偶然、ドリアンは伝輝がしゃがんでいたイグアナキメラの背中部分を見た。
緑の鱗が焦げ付いたように黒ずんでいる。
再生機能で、周囲の焦げた鱗は修復されている最中だった。
だが、中央の最も黒い箇所だけは、煙が昇り、そのまま元に戻ろうとする様子もなかった。
岩に到着し、全員が腰を下ろすと、それで定員オーバーだった。
イグアナキメラは、ゆっくりと翼を動かし始めていた。
「何で、刺せなかったんだろう。
火山では、奴の足を切れたし、その時よりも強度を上げたのに」
カリンバは言った。
クララは黙ったまま、ウエストポーチから先程のガラスケースを取り出した。
キメラの肉片を、メスでつついた。
肉片はウネウネ動いているが、つついた時、コンコンと小さな音がした。
「やはりこのイグアナキメラは現在研究中の再生機能を持っているようです」
「どういうことだ?」カリンバがクララを見る。
「ただ修復するだけではなく、ダメージを受けることで、細胞を強くしたり硬くしたりするのです。
あのキメラは今まで修復機能を発揮することがなかったと想定します。
そして一番最初のダメージは足を食いちぎったハラミとします。
次にカリンバ。これで最低二回は修復していますね」
クララは話しながら、肉片に切込みを入れた。
肉片はシューシューと音を立てて、すぐに傷口を塞いだ。
それを再度クララはメスでつつこうとすると、先程よりも強い音がした。
切込みを入れようとしても、肉片は滑り、カンカンとガラスとぶつかる音がした。
「とはいえ、二回位であれほど硬度が上がるとは考えにくいです。
硬化機能は、修復箇所の範囲と程度に比例します。
ダメージを受けた場所が広く、大きいほど、細胞は強化されます。
火山でカリンバが攻撃した後に、何かあったのでしょうか?」
三人は気まずい表情を浮かべた。
どう考えても、ベルントの火薬攻撃しかない。
「イグアナキメラが現在の強度に至った原因特定は、今不要でしょう。
問題は、あれ程の硬さになったキメラの鱗と背骨に、どうやって穴を開け、脊髄を破壊するかです」
クララは冷静に言い、ガラスケースとメスをしまった。
◇◆◇
ありさは麻酔銃を撃った後、キメラを見下ろしながら、更に岩を登っていた。
しかし、キメラの巨体が大きく動き始めたことに気付いた。
小型望遠鏡を取り出し、イグアナキメラと仲間達の様子を確認する。
ミニチュア人形のようなカリンバ達は、ちょこまか動きながらキメラの身体から移動していた。
麻酔銃を撃つ為には、キメラに近付く必要があるが、そこまで戻るには時間がかかる。
ありさはズザザザと滑るように、岩壁を降り、先程麻酔銃を撃った場所まで戻った。
イグアナキメラ全体図と、仲間たちの様子が一望できる丁度良い高さだった。
深呼吸をした。
ながらの催眠ではなく、イグアナキメラを完全にコントロールするつもりで催眠に集中しよう。
ありさはフンッと気合を入れ、両手の平をキメラの方向へと押し出した。
◇◆◇
獣と血と、排泄物と、屍の臭いが強くなってくる。
ジャンヌとダニエルはそれに耐えながら、岩壁を登り続けた。
ようやく頂上にたどり着いた。
呼吸が苦しいダニエルとジャンヌは、クララからもらった薬品ゼリーを吸い込む。
臭いが目に見えるかのように、靄が辺りを覆っていた。
よく見ると、バッファロー型キメラや、同じ位かそれ以上の大きさの家畜がゴロゴロと転がっていた。
そのほとんどが既に息絶えており、皮膚には、点々と削られたような穴があった。
頂上と思えぬほど、周囲は茶色い壁のようなものに囲まれていた。
「無残な墓場だな」ダニエルが不快そうに言った。
「保存状態が良ければ、素晴らしいコレクションなんだが」
「静かに!」ジャンヌがダニエルのぼやきを制止した。
「獣じゃない音がする」
ジャンヌはピクピクと耳を動かした。
ヴー ヴー
羽根が小刻みにこすれる音。
ダニエルの表情はみるみる青ざめていく。
茶色い影から姿を現したのは、中型犬位の大きさはありそうな巨大なハエの群れだった。
通常のハエと異なり、お尻の方から鋭い針が伸びている。
「ひぇぇぇぇ!」ダニエルは悲鳴をあげた。
「虫のキメラもいるのかよ。
たらふく餌を食って、こんなに立派に育っちまったんだな」
ジャンヌは特製の拳サポーターをつけた両拳にグッと力を入れて構えた。
サポーターからバチバチと音が発する。
表面は硬くコーティングされているが、内部は布製である。
その布は、ジャンヌの尻尾の毛や、父や祖父の鬣の一部が編み込まれている。
カリンバのボーンソードの様に、彼女の身体強化効果がサポーターにも伝わる仕組みになっていた。
「こいつらを何とかしねぇと、ハラミを探すこともできねぇ!
ダニエル、行くぞ!」
ハエキメラ達は、顔のほとんどを占める赤い目で、新鮮な二頭の哺乳類を見据えた、
触角と前足をスリスリ動かしながら、尻の針をターゲットに向けて飛んできた。
ジャンヌは針を避けて、ハエキメラ一頭の顔面を殴った。
ハエキメラの顔面は、殴られた衝撃で破裂し、ヒューッと地面に胴体が落ちた。
ヴーン! ヴーン! カシャシャシャシャ!
仲間が一匹倒され、ハエキメラ達は逃げるどころか、羽根を更に動かし激しく飛び回りだした。
「意外と好戦的だな」ジャンヌはニヤリと笑った。
ジャンヌは拳を幾度も振り上げ、ハエキメラを殴り倒した。
針を避けて胴体を掴み、片方の手でも掴み、二匹まとめて地面に投げつけた。
ヒュッ!
一瞬の隙をつかれ、一頭のハエキメラの針がジャンヌの後頭部を狙おうとした。
ジャンヌが振り向いた瞬間、鋭い歯を持つ小型ワニの口がガブリとハエキメラの頭を噛み砕いた。
「熱くなるのは良いが、もう少し周りを見たまえ」
ダニエルが左手で眼鏡をクイッと上げた。
右手は体長五・六十cm程のアリゲーターになっていた。
「ああ、助かった」
ジャンヌは笑みを浮かべ、ダニエルと共にハエキメラを倒しながら奥へ進んだ。
「ありさはどうしたんだろう」
「来なくて良いさ、こんな汚い場所に彼女を呼ぶわけにはいかないよ。
とっとと虫を退治して、僕が彼女を迎えに行くよ」
ポツポツと雨が降り始めた。
しかし、二人に気に留めている暇はなかった。
◇◆◇
「どうやって・・・。
火薬も通用しないバケモノになっちまったんだぜ」
小さな岩の頂上で、カリンバがぼやいた。
「化け解除薬みたいなさ、奴の硬化を解除する薬とかないの?」
伝輝は以前樺から教えてもらった情報を用いて言ってみた。
「私が持っている化け解除薬は、動物を本来の姿に戻すための医療薬です。
キメラに通用するとは考えにくいですし、何より量が足りないです」
クララは首を振りながら答えた。
「そっかぁ・・・」
伝輝は残念そうにため息をついた。
カリンバも諦めの表情でイグアナキメラの方を見た。
「ハラミ救出に合流するか、キメラが巣に戻れない内に・・・」
「諦めるのは、まだ早い」
ドリアンがビシッと言った。
「可能性は一つ残っている」
ドリアンはスッと指を差した。
その先は、伝輝に向けられていた。
「俺?」伝輝は戸惑った。
「伝輝、お前の『消失』の化け能力で、背骨ごと脊髄を破壊するんだ」
「ええ!? 無理だよ。ちょっと焦げたくらいだったし」
実は伝輝もこっそり試していた。
しかし、硬いキメラの皮膚は簡単に壊れなかった。
「やっぱりお前、あの後ふっとばされて見ていないんだな。
お前が発動させた化けは小範囲だったが、確かに修復できていない場所があった。
つまり、その部分の脊髄は破壊できたということだ」
ドリアンはグイッと自分の顔を伝輝に近付けた。
「お前が破壊できる範囲が狭くても、化けを発動させたまま移動すれば良い。
理想を言えば、腕をキメラの身体に突っこんだまま首へ向かうことだな。
お前が発動できるのは、右手の平だけか?」
伝輝はコクリとうなづいた。
今までの訓練などでそれは確認済みだ。
化けの発動中に右腕などに物が触れても、それが壊れることはなかった。
「確かに、背骨の内部で『消失』の化けが発動すれば、非常に効果的です。
ですが、発動範囲が狭いなら、背骨内部まで腕を入れられても、そこから動くことはできません」
「カリンバのボーンソードを使え。
あれの刀身にお前の『消失』の化け能力を反映させるんだ」
「俺の!?」今度はカリンバが驚いた。
「でもボーンソードはカリンバしか使えないんだよ!?」
「いや、カリンバの身体を介せば、他の動物の化け能力も発動できるはずだ」
ドリアンはチラリとカリンバを見た。
「そう言えば、そうだったな・・・」
カリンバは四日目のことを思い出しながら言った。
「ボーンソードなら、発動範囲を広められる上に、剣を突き刺したまま移動しやすくなる。
カリンバがボーンソードを持ち、伝輝が手を添えて、化けを発動するんだ」
「手を添えて・・・」
伝輝はブルッと身体を震わした。
「駄目だ! カリンバに触ったまま、化けは使えない!」
自分の右手が、どれだけ相手を傷つける力を持っているか。
キバ組織のバラと戦った時の、赤くただれた皮膚が頭に浮かんだ。
「俺が黒焦げになることを心配してるのか?
気にするなよ、後でクララが治してくれるさ」
カリンバはボーンソードを手に持った状態で、伝輝の手を握った。
反射的に伝輝はその手を振り払った。
「何だよ! もう、この方法しか残っていねーんだよ!
あのキメラを狩れるのは、お前だけなんだぞ!」
伝輝はうつむいたまま黙り込んだ。
「あーもう、クソ!」
カリンバは苛つきながら立ち上がった。
ポツポツと雨が降り始めた。
丁寧に立ち上がらせた鬣から雨水が垂れ、カリンバの顔に当たった。
「・・・・」
突然、カリンバはボーンソードを自分の頭に押し当てた。
ジョリ!
カリンバは自分の鬣を根元から刈り取るように切った。
左手でギュッと掴んだ鬣を伝輝に差し出した。
「これをお前の手とボーンソードの間に挟め!
鬣だって、俺の身体の一部だ!」
「カ、カリンバ・・・」
乱暴に剃ったせいで、カリンバの頭の一部が血で滲んでいた。
どんな時も、カリンバはクシで鬣のセットを整えることを忘れなかった。
移動中、ちょっと会話が途切れると、すぐにヘアワックスの話をするので、ありさに面倒がられていた。
「クララ、ボーンソードは骨でできている。
伝輝の手と、鬣とボーンソードの細胞を一時的に一体化させられるか?」
「ええ、もちろんです」
そう言って、クララは伝輝の右手を優しく持った。
カリンバから鬣を半分程受け取り、伝輝の手の平にファサッと置いた。
「ボーンソードは二本あるから、念の為残しておきますね」
次に、ボーンソードの柄を伝輝に握らせた。
伝輝が持ちやすいように微調整し、ギュッと右手を自分の両手で包んだ。
ポワッと右手が温かくなった。
クララが手を離すと、伝輝の右手はまるで接着剤で固定されたかのように、動かなくなった。
「悪いが、ここまで来たんだ。
腹括れよ、伝輝」
ドリアンが言った。
カリンバとクララも伝輝を見つめた。
ジッと右手を見つめていた伝輝が、ようやく顔を上げた。
「うん、分かってる」
その眼を見て、ドリアンは満足そうにうなづいた。




