卒業試験 五日目 ⑭ 討伐のコツ
遂に岩群の上層部に到着した伝輝達は、夜明けを迎える・・・
ここの岩群は、別名「大地の落し物」と呼ばれているらしい。
どんな人間や動物の力を使っても建築できないような巨大な岩が悠々とそびえ立ち、表面は雨風に削られ、不思議な婉曲を描いている。
特に大きいものは、山とほとんど変わらない。
ポツポツと岩の切れ目に生える植物が、虫や小動物、草食、肉食動物と、生態系を育んでいた。
伝輝達はとある大きな岩の頂上部分に移動した。
岩群全体が見渡せる場所から、日が昇る様子が、雲越しから見えた。
辺りが黒から灰色へ、そしてその自然が持つ色へと移り変わっていく。
「ふわー・・・」
試験中にも関わらず、伝輝はその壮大な風景に思わず、ため息をついた。
後ろで「グランド・キャニオンの方がもっと・・・」など言う声など、伝輝の耳には届かなかった。
「奴はまだ戻ってきていないみたいだな」
カリンバが言った。
「だが、どこに巣を作っているかは、あらかた予測できる」
そう言ってドリアンはスッと前方を指差した。
奥の方に、大樹が空に向かって伸びるかのように一際背の高い岩があった。
「あの頂上辺りから、ここの岩群の生態系と異なる生き物の気配や臭いを感じる」
「臭いは大体屍臭だな。
色んな臭いが混じりすぎて、ハラミがいるか特定できない」
ベルントが続いて述べた。
二人の意見はライオン三人も納得した。
カリンバは上のヒト達に、背中から降りるよう促した。
「身体強化して、岩と岩を伝っていくぞ。
ここからは両手を使った方が良さそうだ」
全員二足歩行姿で、奥の岩に向かって移動を始めた。
岩と岩の間は、深い谷のようになっていて、落ちたらどうなるか、想像する必要もなかった。
目的の岩の隣に、十分な敷地が確保できる岩の頂上部分で、一旦ストップした。
この岩も相当な高さだが、それでもすぐ傍の岩の先端が見えない程だった。
空気が薄く、呼吸するのが苦しかった。
伝輝はクララに手渡された薬品ゼリーチューブを吸い込んだ。
◇◆◇
「ここからは目的別に分かれて行動しよう。
何かあった場合は、ここに戻ってくること。
ジャンヌとダニエルは隣の岩の頂上を目指して進み、ハラミを探す。
俺と伝輝はイグアナキメラが現れたら、奴に飛び乗って攻撃する。
それのフォローをドリアンとクララに頼みたい。
特にクララ、伝輝の身体をしっかり見てやってくれ」
クララは目をキラリと光らせ、無言のまま嬉しそうに伝輝を見つめた。
伝輝は鳥肌がたった。
「ありさとベルントは、イグアナキメラの目に麻痺薬を打って、奴の動きを鈍らせてくれ。
それに成功したら、ジャンヌ達と合流してくれ」
「いや、ベルントはここで待機してもらう」
ドリアンが言った。
「何言っているんだ。俺も参加させてくれ」
「やめておけ。
ここに来るまでに相当な体力を消費しているだろう。
それに、これから行われる計画も、この場所も、非常に大きな危険を伴う。
いざという時、確実に救援信号を送れる状態にしておきたい」
ドリアンは自分のジャケットからヒビが入ったタブレットを取り出し、ベルントに渡した。
「ここからなら、ある程度の状況判断ができるだろう。
ヤバいと思ったら、迷いなくアラームを一分以上鳴らせ。
そして、自分に危機が及ぶ場合は、ためらうことなく、この場から避難しろ」
ベルントは反論しようとしたが、フランジの隙間から覗く強い眼差しを受け、渋々了承した。
「ベルントが待機なら、ありさと同行するのはこの僕が・・・」
「私は一人で大丈夫っていうか、一人の方が集中できるから良いわ」
ダニエルの言葉を遮るように、ありさはピシャリと言った。
「俺達はイグアナキメラが現れるのを待つが、二人は早速移動してくれ」
「分かった。クララに無理をさせるなよ、カリンバ」
そう言ってジャンヌは、隣の岩に向かってジャンプする為、助走の準備を始めた。
「待て。出発前に、アラームを一分以内で鳴らしてみてくれ」
ドリアンが言った。
「なぜだ、ドリアン?」ジャンヌは首を傾げる。
「イグアナキメラが現れる条件について、考えていたんだが、このアラーム音が少なからず関係しているように思えるんだ。
奴は基本的に餌となる大型家畜を見つけた時に現れる。
しかし火山では、周囲に家畜はいなかったし、奴もそれ目当てで降りて来た様子ではなかった。
つまりこのアラーム音を奴は、何かの合図として認識しているかもしれない」
「家畜飼育場で飼われているなら、アラーム音等の信号で、躾けられていることは大いに考えられます」
クララが妙にキビキビした口調で言った。
「あ、このアラーム音アプリの製作元、グル―パー島になってる。
全く一緒じゃなくても、似ているのかもな」
カリンバが自分のタブレットを撫でながら言った。
「アラーム音が奴を呼びだす引き金になるって訳か。
それにここでアラーム音を鳴らせば、ハラミにも届くかもしれない」
ジャンヌは隣の岩に向けてタブレットをかざし、アラーム音を鳴らした。
少し長めに五十秒ほど鳴らし続け、タブレットをしまった。
「それじゃあ、僕達は行くぞ。
ベルント、荷物を頼む」
ジャンヌとダニエルは、必要最小限の荷物だけを持ち、残りは置いていった。
◇◆◇
「さてと、問題はここからなんだよな。
どうやってイグアナキメラを倒すか。
だって、あいつ傷つけても再生しちゃうんだよなー」
カリンバはドカッとその場に座り込んだ。
残りの五人も同様に腰を下ろした。
「再生、ですか・・・」
クララはそう呟き、リュックから透明のガラスケースを取り出した。
中には茶色とピンク色を帯びた肉片が入っている。
「うわ、何それ」カリンバが顔をしかめた。
「ハラミが食いちぎったイグアナキメラの、恐らく足の部分の肉片です」
クララはテキパキとリュックからメスと薄手のゴム手袋を取り出した。
手の平サイズのガラスケースの蓋を開け、肉片にスッとメスで切り込みを入れた。
肉片は生きているかのようにウネウネ動いていた。
切込みが入ると、シュシュシュと小さな音を立てて、すぐに傷口が消えてしまった。
「再生能力が高いですね。
商業用、いえ軍事用キメラであれば当然の仕様です。
この反応を見て、確信しました。
イグアナキメラは再生を前提とした身体なので、意外と脆いんです。
場所さえ間違えなければ、仕留めることは可能かと思います」
「どこを狙えば良いんだ?」ドリアンが尋ねる。
「背骨と首です。
首を切り落とし背骨を縦に割る形で切るか、背骨から切り上げて最後に首を切り落とすかですね」
クララはヒュッヒュとメスを縦横に振った。
「背骨には脊髄が通っており、脳から再生命令を受けて、細胞を修復します。
脳は再生の指示は出来ますが、自らの力で再生することはできません。
よって、首を切り落とすことが必要条件です。
しかし、いきなり首を狙うのは、危険です。
その部分は丈夫に出来ているでしょうし、キメラもそこを狙われれば強く抵抗するでしょう。
先に再生機能を持つ脊髄を破壊してから首を狩った方が良いと思います。
首を落とされても脊髄が無事なら、胴体だけでしばらく動けるような連中です」
「破壊、か・・・」伝輝は小声で呟いた。
「クララ、詳しいな。
それに、何か口調も口数も変わっているんだけど」
カリンバは半ば引き気味に言った。
「キメラビジネスは動物界の最重要項目の一つです。
キバ組織専属医師を志す者として、当然の知識です」
クララはキリッと答えた。
「人間についても、要研究対象です。
試験が終わったら、あなたの太ももの肉を少しで良いので切り取らせてもらえませんか?」
ハァハァと息を吐きながら、クララは伝輝の方を見て言った。
手にしているメスの刃が、不気味に光った。
「その交渉は後にしろ。主役が現れたぞ」
ドリアンが静かに言った。
◇◆◇
遠くからイグアナキメラの姿が見えてきた。
一日の活動を終え、ゆったりと低い位置を飛んでいる。
途中で方向転換する様子もなく、まっすぐジャンヌ達が登っている岩の方を目指している。
「予想は当たりの様だな。
きっとジャンヌ達も気付いているだろう」
カリンバが言った。
「私も隣の岩に移動して、奴を狙うポイントを探すわ。
今のところ低飛行してるみたいだけど、いつ頂上へと上昇するか分からないし」
ありさはそう言うと、隣の岩へとジャンプした。
支給品の中には、クライミングで使用するような、ハーネスやロープなどもあった。
訓練で使用したことがあるが、これが支給品で用意されているあたり「絶対に使え」と言っているようなものだった。
数が少ないので、キメラ狩りを担当する四人が装着することにした。
カリンバと伝輝は、ロープ両端を互いのハーネスに取り付けた。
ドリアンとクララも同様にロープを取り付けた。
動物界仕様の道具なので、ロープはゴムの様に伸縮性が強く。
繋がっていても、互いの動きを制限することはなかった。
「上昇される前に、飛び移った方が良い。
移動して奴との距離を縮めよう」
「いや、その必要はないさ」
カリンバはドリアンの方を見て言った。
「俺の班には、優秀な狙撃手がいるからね」
ありさは身体強化した両手足でグングンと岩壁をよじ登っていく。
イグアナキメラと自分の距離や位置を確認し、ポイントとなる場所を先読みして探す。
怪物の顔が徐々に近づいてくる。
ありさは腕を上げ、パチンと指を鳴らし、化けを発動した。
自信がある。
これでイグアナキメラは、急な上昇をすることができない。
キメラの飛行ルートを真正面から迎えられる場所を見つけた。
削れた岩の斜面に、自分一人なら腰を下ろせるスペースがあった。
ありさはそこに到着し、一旦深呼吸し、心身を状態を整えた。
銃を構え、悠然と飛ぶイグアナキメラの目を狙う。
デコボコの鱗に覆われた的は、予想以上に小さかった。
ベルントとクララが特別に調合してくれた、特別な麻痺薬弾の数は少ない。
この一発が勝負だと、ありさは慎重にスコープを覗き、引き金に指を添えた。
パンッ! パンッ!
時間差で二回銃声が鳴った。
キシャアアア・・・
怪物は悲鳴を上げ、巨体のバランスを崩し、目指していた岩の手前で降下していく。
「最高だぜ! ありさ!」カリンバが吠えた。
「行くぞ!」
四人は一斉にイグアナキメラに向かって駆け出した。
「ベルント、ここを頼んだぞ!」
最後にドリアンの声を聞き、ベルントはジッとキメラの方を見つめた。
支給された麻酔銃をギュッと握りしめる。
愛用の銃たちは、火山での爆発で全て失ってしまった。
お守り程度にしかならない武器を抱え、ベルントはドカッと皆が置いて行った荷物の傍で座り込んだ。
◇◆◇
イグアナキメラは手前の大きな岩に着陸した。
眼球がクルクル動いているが、それは自らの意思でコントロールできていなかった。
ベタリと広がったままの翼から、四人はイグアナキメラに乗り移った。
ビクビクと身体を震わせているが、飛んでいる時に比べたらはるかに歩きやすいものだった。
(ドリアン談)
胴体に到着し、クララの指示に従い、最初の攻撃ポイントへ向かう。
「この辺りから頭に向かって、切っていきましょう!」
クララが言った場所は、イグアナキメラの背中のかなり後方ですぐ先に、尻尾が見えた。
「よしっ! とびきり強力なのをブチ込んでやるぜ!」
カリンバはボーンソード一本を両手で持ち、バチバチと身体強化した。
刀身が白く輝き始めた。
伝輝はそれを見ながら、こっそり右手をクララが指示した場所のすぐ近くに置いた。
意図的にバチバチと音を出した。
「くらえ!」
カリンバはボーンソードを真下に振りおろし、イグアナキメラの背中を突き刺そうとした。
ガンッ!
「ウクッ」カリンバは唸り、反動で尻もちをついた。
「どうした!?」
ドリアンとクララが近付き、キメラの背中を見た。
ボーンソードを突き立てたはずの背中の鱗は、傷一つついていなかった。
「なぜだ? 何でこんなに固くなっているんだ?!」
カリンバは戸惑いの声を上げた。




