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卒業試験 五日目 ⑪ 続行

化け治療ができるジャンヌ班を探し、負傷したドリアンとベルントを助ける為、カリンバ達は一旦東の管理棟へと向かう・・・

 三段跳びのホップステップの踏切足を左右交互にするような要領で、カリンバ達は前進した。

 そこに身体強化が加わるので、一歩一歩の距離が五メートル以上に及ぶ。


 伝輝は皆に置いて行かれないように必死で走った。

 慣れてくると、重力の無いフワフワした空間を進んでいるような感覚になった。


 この走法なら、どんな足場の悪い道も、切り立った斜面もお構いなしだ。

 時折パラパラと降る雨が、火照った身体を冷ますシャワーの役割を果たしていた。

 バチバチと体から音を発し、砂煙を起こしながら一行は東の管理棟を目指した。


「このまま休憩無しで進むようだが、問題ないか?」

 伝輝の少し前にいたダニエルが速度を調整し、隣に並んだ。

「って、ドリアンが確認して来いって言われたんだ」


「大丈夫だよ。

 逆に一度止まってしまうと、次動けないかもしれない」

 今は勢いで進んでいるが、動きを止めてしまうと、疲労が一気に襲ってきそうな気がした。


「君の粗削りな身体強化では、無駄に体力を消費しすぎるからね」

 ダニエルは余裕そうな笑みを浮かべた。


 伝輝は眉間に皺を寄せた。


「そう言えば、ダニエル。

 あのイグアナキメラって、この試験以外で見たことある?」


「あるわけないだろ。

 小さいサイズでも見たことないね。

 あのキメラの製作者は、イグアナの魅力を何一つ理解していない。

 センスが無いと言うか、生物に対しての尊重の意思が無さすぎる。

 キメラを作るなら、爬虫類や他の種の特性や美しさを十分考慮し・・・」


 伝輝は、まだダニエルが隣でぶつくさと呟いているのを聞きながら黙った。

 頭の中にあるモヤモヤがはっきりせず、走りながら一生懸命それについて考えていた。


     ◇◆◇


 めまぐるしく試験場内を駆け抜けていたので、時間の流れを、伝輝は忘れていた。

 西の管理棟に到着し、ホッとため息をついた時、辺りがすっかり真っ暗になっていたことに気付いた。


「一階ロビーのソファにベルントを休ませよう。

 ドリアン、身体の調子はどうだ」

 カリンバが言った。


「ダッシュし続けたせいで、折れた骨の数が何本か増えたよ」

 そう言いながらも、ドリアンはうっすら笑みを浮かべていた。  


 暖色の照明が、広い一階ロビーの隅々まで、優しく包み込んでくれていた。


 カリンバはその中で一番大きなソファにベルントを寝かせた。

 消毒後ガーゼと包帯を巻いていた彼の背中からは、血が滲んでいた。


 ドリアンも向かいの一人用ソファにぐったりと身を任せるように座った。


「ドリアンとベルント用の携帯食料はあるか?」

 カリンバがダニエルに尋ねた。


 ダニエルは伝輝と一緒にソファ近くの床に寝転がっていた。

 身体強化し続けた反動が、管理棟に到着した途端にやってきた。

 二人共、全身が痛くて少しも動かせない状態だった。


「ドリアンのウエストポーチにベルント用の食糧が入っているはずだ。

 でも、ドリアンは携帯用食料は食べないから・・・」

 ゼーゼー息を吐きながら、ダニエルは答えた。


 ドリアンが身に付けているウエストポーチから、ありさはドッグフードを取り出した。

 ベルントの口元にやると、彼はゆっくり舌を出してそれを口に入れた。


「ジャンヌ班探しよりも先に、フルーツを採ってこないとな。

 ありさ、手伝えるか?」

 干し肉を齧りながらカリンバは言った。

 雨に濡れたのもあり、鬣のモヒカンは崩れ、額に垂れていた。


「手伝えるの、私しかいないもんね。

 怪我は大したことないし、大丈夫よ」

 ありさは無表情で答え、栄養ゼリーを吸い込んだ。

 そして、チラリと寝転がっている二人を見る。


 視線に気付いた伝輝とダニエルは、気まずくなり寝返りを打った。

 すると、互いの目が合ってしまった。


「俺のこと、言えないじゃないか」

「誰かさんのチンタラしたペースに合わせてやっていたからな」


 ムカついたが、次の言葉も手も、出てくる余力がなかった。


「それじゃあ、早速行くぞ。

 伝輝達はここで休んでろ。

 苦しくても、エネルギーと水分はちゃんと補給しとけよ」


 カリンバとありさは入口の方に向かって歩き出した。


 すると、バタンッと勢いよく入口のドアが開いた。


     ◇◆◇


 入ってきたのは、雌ライオンのジャンヌとクララだった。

 ジャンヌの毛並みは逆立ち、ガブリと噛みついてきそうだった。


 カリンバ達がいることに気付いたものの、方向転換しカウンターに向かった。

 ジャンヌはドンドンと荒っぽくカウンターを拳で叩いてスタッフを呼んだ。


 奥からカンガルーが現れた。

 その姿を見た途端、ジャンヌは吠えた。


「なぜ、試験が中止にならないんだ!」

 ジャンヌはタブレットをグイッとスタッフに見せつけた。


 ジャンヌの怒号を聞いたカリンバは慌ててタブレットを見た。

 新着お知らせが届いていた。


『現在試験場内に、課題指定外キメラが出没しています。

 このキメラへの対応方法は、各受験生の自由とします。

 課題指定外キメラの死傷については、減点対象になりません。

 試験時間中に、試験場外に避難した場合、減点もしくは不合格とします』


「何だよ、これ・・・」

 カリンバの手が小刻みに震えた。

 ありさもタブレットを見せてもらうと、血の気が引いたように青くなった。


 伝輝とダニエルも、ドリアンが放り投げて渡してくれたタブレットを見て、状況を知った。


「あんな危険な生き物を放置しといて、受験生を避難させないなんて、どうかしている!

 こっちは早く救助を要請したいんだ!

 スタッフでもキバ組織でも良いから、あのキメラを止めなきゃいけない!」


「その要請を承るには、あなた方の不合格を覚悟していただかないと・・・」


「じゃあさっさと、僕を不合格にして、ハラミを助けてくれ!」


 ハッと、ジャンヌの言葉にカリンバが反応した。


 戸惑うカンガルーが「分かりました」とポケットからケータイを取り出した。


「待て! 今のジャンヌの発言は取り消してくれ!」

 カリンバはジャンヌの腕を掴んで引っ張った。


「何するんだ、離せ!」

「良いから、ついて来い!」


 カリンバはジャンヌとクララを連れてきた。

 ありさも戻り、皆、三人を見た。


「ハラミに何があったんだ? ジャンヌ」

 ジャンヌの腕を離したカリンバが優しく尋ねた。


「イグアナの顔をしたキメラに掴まってどこかに連れて行かれた。

 お知らせにあった、指定外キメラに違いない」

 ジャンヌはバツが悪そうに答えた。


「僕のせいだ・・・僕のせいでハラミは犠牲に」

 ジャンヌは右手で左腕を強く握った。


「お願い、自分を責めないで。

 ハラミだって、覚悟してこの試験に臨んでいる。

 ハラミの遺体を助け出したいというあなたの気持ちは分かるけど、この状況では仕方ないわ」

 ジャンヌにそっと触れながら、クララが言った。


「どうして、ハラミはイグアナキメラに掴まったんだ?」

 ドリアンが少し身体を起こしながら言った。


「松子班から指定キメラを奪って、アラームを鳴らした後、僕達はしばらくその場にいたんだ。

 そうしたら突然、奴が空から現れて、指定キメラを鉤爪で持ち上げていこうとしたんだ。

 その時、ハラミも巻き込まれて・・・」   


「マジで!?」カリンバは目をむき出しにした。

「既に、指定キメラ全滅だったのか・・・」


 落胆するカリンバを見て、ジャンヌは不快そうな顔をした。


「イグアナキメラはその後どっちの方角に向かったか分かるか?」

 ドリアンは落ち着いた様子で質問を重ねた。


「いや、分からない・・・」

「私達が居た場所を起点に南東。火山の方へ向かったと思うわ」

 戸惑うジャンヌの横から、クララが答えた。


「火山か」ドリアンがジッと一点を見つめた。

「俺の時もそうだった。しかし、目的地は火山ではなかったようだ」


「だとすれば、イグアナキメラは餌を捕まえた後、どこに向かったのかしら?」

 ありさはグル―パー島概略図を取り出した。


「火山の先となると、岩群かしら」


「岩群?」

 伝輝はソファで身体を支えながらゆっくりと立ち上がった。


「火山のふもとから砂浜近く辺りまで広がっている場所よ。

 乾燥していて、草木もほとんど生えないようなところね」


 ありさの説明を聞き、伝輝の頭の中にあったモヤモヤから、一つの記憶がよみがえった。


「あ、あのさ!」

 伝輝の弱々しい声が、沈黙した空気の中で響く。


「ハラミはまだ無事かもしれない・・・」


     ◇◆◇


 北の管理棟では、剛力による質問が続けられていた。

 そこに新たな情報が入ってきた。

 指定外キメラに捕まった審査員が、無事に脱出できたとのことだった。


 ヒレは安堵の表情を浮かべた。

 しかし、剛力に睨まれ、背筋を伸ばし直した。


「審査委員長。

 指定外キメラの存在は、今回の試験に大きな影響を与えないかと思います」

 西管理棟スタッフのカンガルーの発言に、剛力も表情を変えた。


「あのキメラは肉食ですが、非常に巨体の為、小さな餌は食べません。

 今回の受験生の中で、キメラが好みそうな獲物はいないと思います。

 審査員が捕まったのも、バッファロー型キメラに巻き込まれてとのことです。

 つまり、余程の不注意でなければ、危険な目には遭いません。

 私は先輩から、記憶の種をいただき、長年に渡る様々な試験の様子を頭にインプットしています。

 最近のキバ組織の試験は、安全に考慮しすぎており、レベルが下がっていると思われます。

 実際、他の地域から試験に参加する団体は、もっと過激ですよ。

 岩群に、丸裸で放置させることなんて当たり前です」


 火山傍の岩群は、かつてキバ組織でも、下級クラス卒業試験課題の場として活用されていた。

 だが、家畜の肉食獣が好んで集まる場所でもある為、死傷者が続出し、使用されなくなった経緯がある。


 剛力は机上に肘をつき、目をつぶった。

 今回は人間6号とありさが参加していることもあり、例年よりもかなり配慮した試験内容になっている。


「オランウータンにライオン、キツネ。

 受験生は、これまでにない優秀な動物達です。

 任意課題はどれも、彼らには役不足でしょう」


 カンガルーは更に発言を続けた。


「そもそも、あのキメラは凶暴と言われていますが、実際は飼育員に懐いて甘噛みするような、穏やかで可愛い奴なんですよ」

 その言葉に、ヒレは思わず反応した。

 しかし、すぐに冷静を振る舞った。


 やがて、剛力は試験続行の判断を下した。

 待機を命じられたヒレとカンガルーは、軽トラックに乗って、西の管理棟へ向かった。


「ラッセルに思わず貸しを作っちまったよ」

 運転中、カンガルーはこう呟いた。


「まぁ、良いんだ。

 私もドリアンやダニエルの、気取った態度にはムカついていたし。

 試験が終わったら、審査員からあいつらのビビっていた様子を聞かせてもらおう」

 カンガルーはチラリとヒレの方を見て、ニヤリと笑った。


「どうせ、どっちが放たれたかなんて、分かりっこないしな」


 剛力の前に立った時よりも、背筋が凍り、ヒレは返事すらできなかった。


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