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卒業試験 五日目 ⑧ 暴走

カリンバ達は、ドリアンから、今起きている非常事態について知るが・・・

「ドリアン!」


 グレート・デーン犬のベルントが四足歩行姿で現れた。

 全身を丸々覆う程の大きさのリュックを背中に乗せている。


「流石だな、よくここに居るって分かったな。

 伝えていたルートを逸れていたのに」


「そんなことより、カリンバ達と合流できたんだな」

 ベルントはスッと二足歩行姿に戻った。

 立ち上がる時、足の痺れで、表情が歪んだ。


「ああ、ちゃんと説明したよ」

 オランウータンのドリアンはニヤッと笑いながら言い、三人の方を見た。

 ベルントも同じ方を見る。


「あ! ありさ!」

 ベルントが大きな声を上げた。

 両横の垂れた黒い耳をプラプラ揺らしながら、ありさに近付く。


「お前なぁ!

 あの麻痺薬、一体どんな調合したんだ!?

 解除薬を使っても、足の痺れが消えないんだよ!」


「え?」

 ありさはキョトンとした顔でベルントを見上げた。

「そうなの?

 対動物用だから、そんな強い薬は使っていないつもりだけど・・・」


「だけど、装填用に、自分で調整するだろ。

 どんな風にしたんだよ?」

「えっと・・・」


 二人は伝輝の聞きなれない薬品名などを幾つか言った。

 その後、ベルントは頭を抱えた。


「違うだろ・・・。

 その分量は多すぎるよ。だからか・・・。

 お前が持っている解除薬もどうせ俺のと同じだろうし、全く・・・」


「ごめん」

 ありさはしょぼんと顔を下にした。


「記憶の種を使わないもんな、ヒトは」

 ベルントの言葉は、どこか見下すような響きがあった。


「ベルント。

 お前がありさに撃たれたのが悪い。

 それにお前も種を使ったのは、ごく少量で、試験直前の話だろ」

 ドリアンは声に重みをつけて言った。


 ベルントはグッと口を閉じ、ありさから一歩退いた。


「とにかく、これで残りはジャンヌ班と松子班だな。

 ロナウド班は管理棟で避難するって言っていたよ。

 あと、管理棟スタッフに聞いたけど、試験中止の情報は入っていないようだ」


「そうか」ドリアンは言った。


「カリンバ達も、ドリアンから話は聞いているだろう。

 ここからなら草原の管理棟も方が行きやすいはずだ。

 途中まで俺達も一緒に行くよ」


「いや、ベルント。

 俺達は引き続き、指定キメラを探すぜ」

 カリンバは言った。


「はぁ? 何、言っているんだ?

 ドリアン!?」

 ベルントはドリアンとダニエルの方を見た。


 しかし、ドリアンはうっすら微笑み、ダニエルは呆れたようにため息をつくだけだった。


     ◇◆◇


「お前達も湖の方に行くなら、一緒に行こうぜ。

 キメラ探し、手伝ってくれよ。

 あ、狩りはしなくて良いから」

 カリンバは二カッと笑いながら言った。


「調子の良い奴というか、ただの危険察知のできない馬鹿だな」

 ベルントは吐き捨てるように呟いた。


「はっ!?」

 突然、ドリアンが何かに気付いた。

「近くの木に登れ!」


 ベルントとダニエルは素早く指示に従い、木に向かって跳んだ。

 ありさもそれに続き、カリンバは伝輝を片手で抱きかかえて木に登った。


 ドドドドドドドドドドド・・・!


 地響きが音となって届いてきた。


 サイの皮膚をしたバッファロー型キメラの集団が、土色の道を削り取るように進んで行く。

 互いの硬い身体がひしめき合い、ガチガチと音が鳴った。

 頭数は多くはないが、個体が大きいので、しばらく道が完全に塞がれていた。


「危なかったな。

 話してたら、気が緩んじまっていたよ」

 カリンバは、バッファロー型キメラの暴走を見下ろしながら言った。


「これも、ドリアン達が言ってる爬虫類みたいなキメラの影響かしら?」

 ありさが言った。


 ブォッ!


 バッファロー型キメラの集団が過ぎ去って間もなく、今度は切り裂くような風が吹いた。


「キャーッ!」

 木々が大きく揺れ、勢いに負けたありさが吹き飛ばされそうになった。


「ありさ!」

 カリンバがありさの腕を掴み、そのまま自分の胸元に引き寄せた。

「悪いな、伝輝。

 ありさを怪我させる訳にいかないから、一人で踏ん張ってくれ!」


 伝輝は幹にしがみつくのに必死で、カリンバの言葉を聞く余裕は無かった。


「また、出てきやがった・・・」

 近くの木に掴まっていたドリアンが歯を喰いしばった。


 バッファロー型キメラ集団が進んだ先に、イグアナの顔をしたキメラが、黒い翼を広げて浮遊していた。

 鋭い爪を持つ前足を振り下ろし、いとも簡単にバッファロー型キメラを掬い取る。

 集団は混乱し、四方八方に散らばろうとするが、ぶつかり合って将棋倒しの状態になった。


 そこにイグアナの顔が近付き、口を開ける。

 口だけ見れば、恐竜そのものだった。

 開いた口の輪郭に、尖った歯がびっしり詰まっている。


 その口で、バッファロー型キメラをガブッと一頭咥え、飴玉の様に飲み込んだ。


「何だよ、あれ・・・」

 カリンバとありさは、視界に広がる巨大な怪物をただ茫然と見るだけだった。


「あのキメラ・・・」

 伝輝は幹にしがみ付いたまま、じっと怪物の様子を見る。

「どこかで見たような・・・」


 キシャァァー!


 怪物は集団からすぐ傍の木々の部分を、もう片方の前足でかき分けた。

 そこから現れたのは、逃げようと離れていた一頭のバッファロー型キメラの無残な姿だった。


「助けてくれー!」


 一瞬、空耳かと思った。

 掴まったバッファロー型キメラが悲鳴を上げたように聞こえた。


 カリンバ達と、近くの木に掴まっていたドリアン達がお互いに顔を見合う。


「いる!」

 ドリアンが叫んだ。

 背負っていた荷物を近くにいたダニエルに押し付け、ぐおんっと体を振って、木々を間を移動し始めた。


「ドリアン!?」

 ベルントが慌ててついて行った。


 ダニエル、カリンバ達も後に続いた。


 道は混乱した状況が続いていた。


 ドリアンは怪物の前足部分を見る。

 そこには、必死で鳴き声を響かせる、服を着たヤギがいた。

 バッファロー型キメラに挟まれ、上半身しか動かせないようだった。


「クッ!」

 ドリアンは飛び跳ね、怪物の翼の先端に乗り移った。


 耐空中の翼は常にゆっくり動いている。

 ドリアンは不安定な足元をもろともせず、怪物の胴体の方へ向かっていく。

 デコボコとした鱗の背中部分に到着した時、更に怪物は大きく動いた。


 辺りに風を起こし、上昇しようとしている。


「うわっ!」

 怪物に近付いていたカリンバ達は、強風を浴び、まともに正面を見れない程だった。


「ドリアン! 戻ってこい!」

 カリンバが叫んだが、風にかき消されて届くことはなかった。


 その時、カリンバにくっついていたありさがスッと離れ、別の木に移動した。

「どこに行くんだ?」

 カリンバの問いに答えず、ありさは突風に耐えながら離れて行った。


 ドリアンは激しく動く怪物の背中の上で、ただじっと踏ん張ることしかできなかった。

 ヤギの鳴き声が聞こえる。

 まだ、息はあるようだ。

 このまま上昇させ、怪物の飛行が安定してから、助けるしかない。


 たっぷりと餌を捕獲した怪物は、ぐんぐんと上昇していった。

 ドリアンはグッと息を呑んだ。


 バシッ!


「痛っ!」

 ドリアンは自分の背中が気持ち悪く濡れるのを感じた。

 おまけに強烈な臭いが鼻を刺す。


 そっと片手を背中にやると、どろりとした紫色の液体が背中にまとわりついていた。

 しかもかなりの量で、ボトボトとジャケットつたって落ちていく。


「なるほど・・・」

 ドリアンは片手で怪物の背中の突起に掴まりながら、ジャケットを脱ぎ、はためかせた。

 液体が風に乗って飛んで行った。


「こんな臭いを強いものは、ベルントは使わない」

 非常事態だが、ドリアンの口元からは笑みがこぼれる。


「頼んだぞ」

 

     ◇◆◇


 舞う砂埃がようやく落ち着いてきた。

 バッファロー型キメラの集団も、体勢を整え、移動を再開した。


 ベルント、ダニエル、カリンバ、伝輝は、地上に降りた。


 ダニエルは心配そうにベルントを見上げた。

 彼は魂が抜けたように背中を丸めてうつむいていた。


「何で、ドリアンはキメラのところへ行っちゃんたんだろう?」

 伝輝が尋ねた。


「お前、分からなかったのか。

 バッファロー型キメラと一緒に、動物が捕まっていたんだよ」

「え!?」

 カリンバの言葉に伝輝は驚いた。


「それを助ける為に、ドリアンはバケモノに飛び移った。

 そうしたら、バケモノがドリアンを乗っけたまま飛んでいっちまったんだ」

 カリンバが悔しそうに言った。


「そんな・・・」

 伝輝のか細い声が、更に空気を重くした。


「何、ボーっと突っ立ってんのよ」

 ありさが木から降ってきた。

 彼女は麻酔銃を手にしていた。


「はい、これ」

 ありさはベルントに小さな筒を渡した。


 何かが入っていたものらしく、受け取った途端、ベルントは顔を筒から逸らした。

「くっさ!」


 血と糞が混じったような臭いがもわんと伝輝達の鼻にも届いてきた。


「私の実力を舐めないでほしいわよ。

 風向き考えて、ちゃーんとこれをドリアンに命中させたんだから」

 ありさは不敵な笑みを浮かべた。


「あなたなら、追えるでしょ」


 それを聞いたベルントの表情は険しくなった。

「ふざけるな。

 こんなものが無くても、ドリアンの臭いならどこまでも追跡できる」


「あらそう。

 それじゃあ、皆行くわよ」

 ありさが言った。


 カリンバはありさの背中を叩き、笑った。


 ベルントは四足歩行姿になり、クンクンと鼻を動かしながら先頭を進んだ。


「素晴らしい、素晴らしいよ、ありさ・・・」

 ダニエルは、ずれた眼鏡を直し、ありさの方へ駆け寄った。

 しかし、全く相手にされていなかった。

 ダニエルはふてくされながら、ドリアンに押し付けられた荷物を、カリンバに無理やり持たせた。


 恐怖よりも興奮が勝っていた。

 伝輝は、ここにいるメンバー達の力強さを感じながら、彼らの背中を見続けていた。 

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