卒業試験 五日目 ⑦ 合流
他の班に、状況を知らせる為、ドリアン班は密林内を駆け巡っていた・・・
ベルントはハッハッと小刻みに呼吸しながら四足歩行姿で密林内を走った。
鼻がピクンと反応した。
立ち止まり、木々を見上げ遠吠えをする。
「ワォーン」
すぐにドリアンが降ってきた。
少し遅れて、ダニエルも地上に降りた。
「グレイ班の縄張りを回ったんだが、彼らの反応は全くなかった。
恐らく、既に危険を察知していて、どこかに隠れているんじゃないかと思うんだ。
だとすれば、下手にグレイ班に近付かない方が良い。
神経を尖らしている彼らに接触したら、攻撃されかねない」
「そうだな。
グレイなら、きっと賢明な判断をして、班のメンバーを守るだろう。
ロナウド班は見つかったか?」
「いや、まだだ。
俺、今から密林内の管理棟に行こうと思うんだ。
取りに行きたい荷物がある。
そこに、ロナウド達がいるか確認してみるよ」
「僕の寝室に行くのかい?
そんなことをしたら、君、減点になるんじゃ」
ダニエルが言った。
「多少減らされたとしても、今の状況ではあれが必要だと思う。
俺が戻ったら、密林以外の場所を探そう」
「分かった。
俺とダニエルは滝を起点に北東の方に向かって進む。
草原との境界で待っているから、気をつけて行って来いよ」
「了解。俺の荷物を頼む、ドリアン」
ベルントはそう言って、引き続き四足歩行姿で力強く走り出した。
◇◆◇
密林内にある管理棟は、他の管理棟に比べると、かなり質素な作りであった。
煉瓦が積まれた外観は同じだが、水道・ガス・電気設備は必要最低限の非常に頼りないものだった。
ドリアンとベルントが密林内で休息をとるので、ダニエルも渋々この管理棟の寝室で寝泊まりした。
ベルントはダニエルに頼み、その部屋に自分の荷物の一部を保管させていた。
万が一緊急事態が発生した時の為に、準備していたものだ。
それを使う気など全く無かったが、残念ながらそうは言っていられない状況になった。
管理棟の入口で、ベルントは呼吸を整え、二足歩行姿に戻った。
骨格が変わり、体重負荷具合が変わると、ビリッと足の痺れが戻った。
照明がついていない一階ロビーは、日中でも薄暗かった。
奥の木製カウンターや、中央に適当に並べられた椅子やテーブルは、どれも寂れた印象がした。
壁に取り付けられた薄型画面だけが、唯一現代的で、この空間から浮いていた。
「ベルント?」
中央の椅子に座っていたガリレイが立ち上がって、ベルントに声をかけた。
「ガリレイ、コウメイ、無事だったのか!」
ベルントは慌てて二人の方に向かった。
ガリレイ達は不思議そうにベルントを見た。
「何かあったの?」
ベルントは自分達が密林内で見た、翼の生えた巨大イグアナの話をした。
二人は驚いた表情を隠せなかった。
「ロナウドはどこにいるんだ?」
「分からないわ。
でも、ロナウドには申し訳ないけど、彼を探す必要はないと思うわ。
教えてくれてありがとう、ベルント。
私達は、試験が終わるまでここで休むことにするわ。
あなた達も早く避難してね」
ベルントは軽く微笑み、サッと手を振った後、奥のカウンターの方へ行った。
暗いカウンターの向こうから、虚ろな目をした羊の女性が現れた。
毎回、ダニエルのチェックインを受け付けていた動物だ。
「ダニエルの寝室に行きたいのですが・・・」
「減点対象ですが、良いですか?」
「はい」
ベルントはきっぱりと答えた。
羊の女性はそれを見て、カウンターの下をガチャガチャと手で探った。
そして雑な態度で、ベルントに部屋の鍵を渡した。
「ありがとうございます。
ところで、試験中止になったとか、そういった情報は入っていないのでしょうか?」
ベルントの質問に、羊の女性は目をキョロキョロ動かした。
「さぁ? そんな連絡は入っていませんが」
「そうですか・・・」
少し期待していただけに、ベルントは残念な気持ちになった。
軽く会釈し、傍の階段室に向かった。
◇◆◇
カリンバ班は湖の方角に向かって、木々を伝って、密林内を進み続けていた。
ワサワサワサと落ち着かない物音が聞こえてくる。
下を見ると、家畜の小動物が忙しなく走り回っている様子が見える。
「指定大型キメラってのは、そんなにヤバいやつなのかな?
他の家畜達が、ビビッていやがる」
カリンバは言った。
カリンバや家畜達の様子を見て、伝輝は、考えている以上に状況は良くないのでないかと思った。
「誰か来る!」
カリンバはザッと移動を止めた。
「どこから?」
隣の木の枝に掴まっていたありさが尋ねた。
「木の上だ。俺達と同じ・・・」
カリンバは片手で木の幹を掴み、もう片方の手でボーンソードを一本握った。
ありさはすかさず、麻酔銃を構えた。
伝輝はじっと枝の上に掴まり立ちしていた。
(ダニエルとの戦いで、槍がバキバキに折れた為、今は持っていない)
「警戒するのは良いが、もっと相手が誰かを判断してからじゃないと、失礼だぞ」
木の陰から、落ち着いた声で話しかけてきたのは、ドリアンだった。
その背後にはダニエルもいた。
「何の用だ?
お前達も指定キメラを探しているのか?」
カリンバは歯を喰いしばった。
ドリアンに合うのは、気まずいのだろう。
それは、ダニエルも同じらしく、まともにこちらと目を合わそうとしなかった。
「それについて、話がある。
もう少し進んだ先で、一旦地上に降りよう。
俺達はお前達を攻撃するつもりはない。
お前達も攻撃する意味はない。
なぜなら、俺達は既に五日目課題をクリアしている」
「な・・・!」
カリンバ達は言葉を失ったが、ドリアンは移動を始めたので、仕方なくついて行った。
◇◆◇
五人は、木々があまり密集していない場所に着地した。
様々な生き物が行き交う道のようで、乾いた土色がくっきりとしていた。
密林中央を頂きとしたゆるやかな山の山腹であるこの場所は、穏やかな傾斜を作り、背の高い木々もあまり生えていなかった。
「話って何だよ、ドリアン?」
カリンバが尋ねた。
ドリアン達が課題をクリアしたと聞き、かなり苛ついた口調になっている。
「試験は諦めて、管理棟へ避難しろ。
今、試験場には、大型指定キメラではない、別の大型キメラが出没している。
指定キメラもあっさり餌にしてしまう、凶暴で物凄くデカい生き物だ。
とてもじゃないが、俺達受験生が太刀打ちできるものじゃない。
奴に遭遇する前に、避難すべきだ」
ドリアンは真剣な口調で言った。
だが、カリンバ班は、突然のことに、どう反応して良いのか分からなかった。
「でも、試験中止って、タブレットに出てないよな?」
カリンバはポケットからタブレットを取り出した。
松子に言われてから、頻繁に見るようになった。
「中止されていないから問題なんだ。
試験とは関係ないキメラに襲われても、受験生の自己責任になるかもしれないんだ」
「何それ、無茶苦茶じゃない」
ありさが顔をしかめた。
「俺達は指定キメラがどんなのか知っているし、指定じゃない別の大型キメラも見ている。
だが、他の班はそうとは限らないから、こうやって試験場内を回って、避難を呼びかけているんだ。
悪いことは言わないから、すぐに管理棟に行くんだ。
既に二頭の指定キメラがやられているんだ。
残り一頭もこの調子だと、その大型キメラにやられるだろう。
受験生が場内をうろついていても、何のメリットもないんだ」
ドリアンの話を聞いて、カリンバはジッと黙っていた。
両横に立つ、ありさと伝輝が不安げに、カリンバの方を見上げた。
「その、大型指定キメラと別の大型キメラって、どんな奴なんだ?」
「指定キメラの方は、アフリカゾウを通常の倍以上大きくしたようなものだった。
もう一つのキメラは、爬虫類らしき顔と体に、大きな翼が生えていた。
ゾウキメラの方は、狩ってから思い出したが、グル―パー島では有名な観光マスコットだ。
だけど、もう一つの方は、見たことがない。新種かもな」
「なるほど・・・」
カリンバは顎の毛並みを整えながら呟いた。
「ターゲットの情報は皆無って訳か・・・」
「はぁ!?」ありさが声をあげた。
「ターゲットってどういう意味よ?
まさか、指定じゃない方の大型キメラを狩るつもりなの?」
ありさの言葉を聞き、カリンバはニヤッと笑った。
「だってさ、指定の方は、ラッキーでもあと一頭だけなんだぜ。
それも、その爬虫類キメラに襲われたらアウトだし。
だったら、そのキメラを捕まえるつもりでいないと、点はとれないぜ」
「ドリアンの話を聞いてないの?
アフリカゾウの倍以上の大きさのキメラがあっさりやられたのよ。
私達がどうにかできるレベルじゃないでしょう?」
「けどさ、ここで避難しちまったら、俺達全員での合格は消えるぜ。
そいつを捕まえるってのは、無理かもしれないけど、そいつが指定キメラを見つけてくれるなら、俺達はそこを狙って、指定キメラを狩れば良いわけだし」
「あんた、馬鹿じゃないの・・・」
ありさが唇をワナワナと震えさせた。
その後、キッと伝輝の方を睨んだ。
伝輝はビクッとして、カリンバの方を再び見た。
「ありさ、伝輝。
悪いが、俺はギリギリまで合格のチャンスを逃したくない。
その為には、最後までお前達にも付き合ってもらわないといけないんだが、良いか?」
カリンバはギュッと二人の肩を握った。
ありさは先程から伝輝に「反対しろ」と目で訴えていた。
しかし伝輝は自分でも思ってもみなかった言葉が口から出てきてしまった。
「ここまで来たし、やれるだけのことはやろうよ」
ありさの表情は真っ青になった。
「そうか、ありがとう、伝輝!
流石は俺のプライドだ!」
カリンバはそう言って、大げさに二人に覆いかぶさるようにして、両腕で抱きしめた。
毛皮がズリズリ顔に当たり、少し痛かった。
その様子を見ていたダニエルは、慌ててドリアンに話しかけた。
「ちょっと、止めなくて良いのか?」
「まぁ、俺達に強制力はないからな」
「そんなぁ・・・」
ダニエルは心配そうにカリンバ達を見た。
一方、ドリアンはどこか楽しそうに微笑んでいた。
ギュッとくっついているカリンバ達の表情は、諦めたありさも含めて、どこか活き活きしていた。




