卒業試験 五日目 ⑤ 松子の憂鬱
湖畔での、大型指定キメラの奪い合いを制したのは、ジャンヌ班だった・・・
卒業試験五日目が始まってから、まだ半日もたっていない。
しかし、既に三頭の指定大型キメラは試験場に姿を現していた。
そのキメラ達の結果はもちろん、三頭とも既に出没している事実を、受験生はおろか、審査員でさえも、全て把握している動物はいなかった。
今起きている問題についても、知っているのはまだ、ドリアン班とその審査員達だけだった。
ロースはもう一人の審査員を何とかごまかし、現在休憩中のヒレに連絡をとった。
彼の頭の中は「イタズラがヤバい方向に行き、バレたらどうしよう」ということしかなかった。
◇◆◇
事実を知らぬカリンバ班は、まだ見ぬターゲットを追い求めて、草原を進み密林へと向かっていた。
「生き物を探すなら、まずは川だな」
カリンバはそう言った。
三人は密林に入ると、木に登り、四日目同様に進んで行った。
伝輝もこの移動手段にかなり慣れることができた。
カリンバ班は、川までの最短ルートを迷いなく進んだ。
「川が近いぞ!」
カリンバが言った。
「誰かいそうだ! ジャンヌ達かな?」
伝輝の目にも川の流れが見えてきた。
三人はザザッと木から飛び降りた。
川べりには、カリンバの予測通り、動物がいた。
しかし、ジャンヌ達ではなかった。
「えっ?」
雌トラのガリレイが背後の異変に気付き、振り向いた。
水浴びをしていたのか、上半身は服を着ていなかった。
黄色味と黒味を帯びた縞模様が背中全体を覆っている。
毛量を抑えた背中は、くっきりとした肩甲骨と、しなやかな腰のラインを目立たせていた。
伝輝はまだ、二足歩行姿の動物の雌の裸を見たことがなかった。
その身体付きは、ヒトの女性そっくりで、少しドキドキした。
「キャア!」
ガリレイは自分のジャケットを胸元に当てた。
「よーっしゃあー!」
カリンバは力強くガッツポーズをしたが、その瞬間ありさに顔を殴られた。
「ガリレイ、どうした!?」
ガリレイの目の前に、ヒョウのコウメイが降ってきた。
彼は近くの木の上に居たのだろう。
先に水浴びを済ませていたらしく、さっぱりしたハーフパンツ一枚姿だった。
コウメイはカリンバを見て、唸った。
「ぐ、偶然だよ!
俺達はたまたまここに来ただけだって」
カリンバは慌てて弁解した。
しかし、口元はまだ少し緩んでいて説得力があまりなかった。
「コウメイ、落ち着いて。
大丈夫よ、ちょっとびっくりしただけだから」
ガリレイはコウメイの陰でササッとジャケットをはおり立ち上がった。
「あなた達、こんなところで何してるの?」
ジャケットのチャックを上げながら、ガリレイは尋ねた。
前を閉じると、二つの乳房の山の膨らみがほんのり浮かび上がった。
「大型指定キメラを探しているのよ」
ありさが言った。
「二人は探していないの?」
ありさの質問に、二人の肉食獣は表情を曇らせた。
「提案はしてみたけど、班長のロナウドが全く乗り気になってくれなくて。
試験が始まった途端、四足歩行姿のまま、勝手にどっか行っちゃったわ。
私とコウメイは、今回の卒業試験は諦めて、体力回復に集中しようと決めたの」
ガリレイは大きくため息をついた。
「私がもっと上手く、メンバーをまとめていれば、こんなことにならなかったのに・・・」
コウメイはぎゅっと黙り、うつむいていた。
「ロナウドは、そこそこ優秀だけどクセの強い性格だからな。
じゃあさ、二人はずっと密林にいたってことだよな。
キメラがどこにいそうとか、分かるか?」
カリンバが尋ねた。
「さぁ。
私達は試験が始まってから、水浴びでここに来たけど、他の班にも会ってないし」
「あ、でも」
コウメイが口を開いた。
「凄く大きな気配みたいなのは、感じたよ。
でも、すぐにそれもどっかいなくなったみたいだ。
もしかしたら、他の班が捕まえたのかも。
だとすれば多分、密林にはもういないんじゃないかな?」
「なるほど、そっかぁ」
カリンバはポリポリと耳裏を掻いた。
「一歩出遅れたかもしれないわね。
どうする?
目的地を変える?」
ありさがカリンバを見上げながら言った。
「そうだな。
他を当たってみよう。
密林を進んで、湖の方に向かってみよう」
「大したものね。
まだ、諦めていないのね」
ガリレイがクスッと笑った。
「おう、だって俺達は今回二頭キメラを捕まえないといけないんだからな!
それじゃあ、ありがとうな!」
そう言うと、カリンバは先にありさと伝輝を木に登らせた。
「そうだ、ガリレイ!
試験が終わったら、お茶でもしないか?
ホテルのロビーに良いカフェテリアがあるんだ・・・ゴフッ!」
登り終えようとしたカリンバを、ありさが蹴落とした。
「カリンバはこの班にいて、正解だったわね」
ありさが苛々しながら言った。
伝輝も、この組み合わせになった理由を少し理解した気がした。
◇◆◇
密林北部の草の茂みの中から、もぞもぞと動く動物がいた。
バサッと、姿を現したのは、タヌキの梅千代だった。
気絶したまま投げ飛ばされた彼女は、密林の枝葉がクッションとなり、幸い大きな怪我はなかった。
「うう・・・」
膜を張るのに集中していた梅千代は、ジャンヌ班に襲われ、今まで気を失っていた。
頭がぼんやりし、自分がどうしてここにいるのか、分かっていなかった。
「竹男・・・松子・・・
どこにいるのー!?」
不安から声が震え、それが鬱蒼とした木々の中で響く。
日中だが、密林にはほとんど日が差し込んでおらず、どんより暗い空気が漂っていた。
「迷子か? お嬢ちゃん」
低い、くぐもった声が背後からした。
振り向くと、そこには四足歩行姿のトラのロナウドがいた。
涎を垂らしながら、自分を見ている。
「一人で、何やってんだ?
カレシとは別れたのか?」
ロナウドはジリジリと梅千代に近付く。
「ヒッ・・・!」
梅千代の毛は電流が走ったように、逆立った。
逃げ出したいのに、足が全く動かない。
「どうした? 優秀な化け能力者だろ?
俺よりでかいバケモノにでも変身して、攻撃したらどうだよ?」
目の前の動物が、自分を見て、恐怖に震えている。
ロナウドはこれ以上もない悦びを感じた。
「四日目は、随分遊んでくれたじゃねぇか。
おかげでまだ体の調子が戻らねぇ。
腹になんか入れないと、落ち着かないんだよ・・・」
「こ、来ないで・・・」
梅千代は、足に力が入らず、その場に座り込んでしまった。
ジャンヌ班に襲われた直後で、抵抗できる体力も残っていなかった。
ロナウドが、口を開き、梅千代に飛び掛かろうとした。
「梅ー!」
竹男が木の上から降ってきた。
ロナウドを力いっぱい蹴り、梅千代から離した。
「丁度良い。
タヌキ一頭じゃあ、物足りないところだった」
体勢を整えたロナウドは、すぐに竹男に襲いかかった。
爪を光らせ、竹男めがけて振り落とした。
竹男は身体強化した身体で、必死で対抗した。
しかし、ロナウドもまた、身体強化しており、目で追いきれぬ程のスピードで竹男の首元を狙った。
グシャア
首元を食いちぎられた竹男は、ロナウドの前足で、頭を地面に押し付けられた。
ロナウドの前足の下から、血がどんどん広がっていく。
「キャー!」
梅千代の悲鳴が辺りに響いた。
口周りが血で染まったロナウドは、ジットリと梅千代を見た。
シュルン!
「うぐっ!?」
突然、ロナウドの首を、金色に輝く尻尾のようなものが巻き付いた。
ロナウドの身体は、上へ持ち上げられた。
「何だ、これ?」
尻尾の先は、自分よりもはるかに大きなキツネの姿があった。
四足歩行姿で、服は着ておらず、金色に輝く毛並みを晒していた。
尻尾はロナウドを捕まえているものも含めて九本ある。
九尾のキツネは、キーンとするような高い泣き声を上げ、ロナウドを密林の外に向かって投げた。
ロナウドの悲鳴は、距離と共に、小さくなっていった。
キツネはポンッと姿を変えた。
いつも通り、ジャケットをはおった松子がそこに二足歩行姿で立っていた。
松子は血まみれの竹男の方へ向かった。
一目で、手遅れの状態であることが分かった。
「竹男・・・」
松子は悔しそうにつぶやいた。
木の葉を拾い、それをシーツに変えた。
そして、ふんわりと竹男の遺体を包んだ。
「た、竹男・・・」
梅千代が、四つん這いの状態で、竹男に近付いた。
松子の表情を見て、彼女は悟った。
「いやぁー!」
梅千代はガバッと竹男にしがみついた。
泣き声はやがて、タヌキの鳴き声に変わり、彼女の姿は本来のタヌキになっていた。
松子はしばらく二人だけにしようと思い、近くの木に登った。
頂上に着き、雲から見え隠れする青空を見た。
「やっぱり、私には、まごころ町もキバ組織も合わないわ。
理解に苦しむわ。
化けを使って、動物同士が無意味な争いをするなんて。
ウコンさんに言われて、試験を受けたけど、これ以上関わりたくないわね。
動物界なんて、所詮この程度のものなのかしら?」
松子は枝に腰掛け、ため息をついた。
化けキツネの常木一族は、はるか昔、人間界と動物界とが分かれる前から存在していた。
彼らにとって、異なる世界が二つ存在することなど、どうでも良いのだ。
自分達の力は、人間界も動物界も、超越している。
まだ若い彼女は、自分がどのように生きたいのか、その答えが見つけられていなかった。
それ故に、キバ訓練所に入ったが、残念ながら、何の参考にもならなかったようである。
湿気が混じった風が、松子の髭をくすぐる。
雨の気配を感じ取りながら、松子はしばらく目を閉じていた。




