卒業試験 五日目 ④ 松子班の狩り
五日目試験が始まり、松子班はグル―パー北東部にある湖の近くで、大型指定キメラが現れるのを待っていた・・・
日の光がわずかに届き、洞穴の中はほんのり明るかった。
ジャンヌ班は、五日目課題が発表された後、密林内のねぐらで作戦を練り、荷物の整理を始めた。
「忘れ物がないようにしろよ」
二日目試験で狩った猪肉の燻製を齧りながら、雌ライオンのジャンヌは言った。
ジャンヌはねぐらの入口に立ち、見張りをしていた。
シマハイエナのハラミは、雌ライオンのクララが隅っこでカシャカシャと作業をしているのを見た。
彼女の荷物は多く、ハラミでは背負えなさそうな大きなリュックが、ねぐらの一部分を支配していた。
そのリュックから、物を出したり戻したりしながら、クララは黙々と手を動かしていた。
「たき火の不始末がないように、ちゃんと片付けろよ、ハラミ」
ジャンヌが言った。
ハラミは木の枝で灰をかき集めた。
作戦会議の時、ジャンヌは力強く言っていた。
『先手必勝だ。
どんなキメラだろうと、必ず僕達が提出するんだ。』
灰が飛んで、目に入る。
ハラミは頭に巻いている黄色のバンダナの裾を目元まで引っ張りゴシゴシ擦った。
その時、こっそりジャンヌを方を見る。
タンクトップ一枚のその背中からは、頼もしさだけではなく、どこか哀しさを感じた。
声をかけたくなったが、次の試験に向けて集中しないといけない。
ハラミはブルルっと頭を震わせて、片付けを進めた。
五日目課題の作戦を考えると、ハラミは最高にワクワクした気持ちになった。
◇◆◇
グル―パー島北東部の湖畔にて、松子班は現れたゾウキメラと対峙した。
空腹らしく、長い鼻を豪快に振りかざし、木の葉を摘んで口に入れていた。
「デカいな。体高十メートル位ありそうだ」
竹男が言った。
梅千代は、ヌラヌラと茶色く輝く巨体を見て、毛を逆立てていた。
「まぁ想定の範囲内だわ。打合せ通りにいくわよ」
松子は不敵な笑みを浮かべて言った。
それを見た竹男は「うむ」と力強く頷くしかなかった。
雌の松子がやる気まんまんの表情を見せている以上、怯んだ態度は見せられないと竹男は覚悟した。
「キメラはお食事に夢中だから、今がチャンスよ。
梅千代、膜を張ってきてちょうだい」
「分かったわ、松子。
竹男も無理しないでね」
そう言って梅千代はタタタと走って行った。
この狩り中では、他の班に乱入されると、自分達は抵抗しきれないだろう。
梅千代の化け能力で膜を張り、このキメラの臭いや音などを遮断し、バレないようにしたかった。
密林程太く立派なものではないが、湖畔周辺には木々が連なっている。
風に揺れ、丸みを帯びた柔らかな葉が、サワサワと音を立てる。
試験がなければ、ここで木漏れ日を浴びながら、一日中寝ころんでいたいと思わせる。
そんな美しい場所で、ゾウキメラは木々の枝葉を太い鼻で引っ張り、ムシャムシャと食べていた。
通常のゾウより大きい分、一回の摘み取りで、木の先端の葉をほとんど持っていかれる勢いだった。
松子と竹男は、まだゾウキメラが鼻をつけていない木へ先回りした。
スルスルと登り、頂上に到着した。
松子は竹男の肩に乗った。
二人はスウッと姿を木の幹と枝と葉に変えた。
松子と竹男の身長分だけ、その木は伸びた。
ゾウキメラは、一口二口食べると、次の木へ移動した。
ドスンドスンと、徐々に松子達のところに近付いてくる。
竹男は歯を喰いしばった。
心臓が破裂するくらい鼓動した。
しかし、それを一生懸命抑え込み、ただの木になりきろうとした。
相手に少しでも違和感を与えたら、たちまち警戒し、攻撃体勢に入るかもしれない。
そうなれば、いくら松子の化け能力があっても、太刀打ちできないだろう。
早く、こっちに来てくれ。
竹男はそう願いながら、ジッと耐えた。
隣の木に、ゾウキメラの鼻が伸びた。
鼻で枝を引っ張りながら、歩みを進めている。
近くで見ると、動く山だった。
テラテラと光るものは汗のようで、一歩キメラが進んだ時、ピチャリと一滴竹男の顔にかかった。
「ヒッ!」
竹男は思わず、うごめいてしまった。
木の先端が不自然が揺らぎを見せる。
「落ち着いて! いよいよ来るわよ」
松子が静かに、強く言った。
遂に、ゾウキメラの鼻が、松子達のいる木に向かって伸びた。
鼻が葉に触れた瞬間、その枝がギュイーンと伸び、周囲の枝葉と共に、キメラの鼻の付け根までからみついた。
「プボォ!」
ゾウキメラは咄嗟の事態に戸惑い、その木から後退しようした。
しかし、枝がびっしり絡みつき、離れることができない。
次に木の中腹あたりから、枝が何重にもまとまってできた、二本の腕の様なものが飛び出てきた。
それは、両横からゾウキメラの首を絞めつけた。
キメラは苦しそうに声をあげ、渾身の力を振り絞って、絡みつく枝木から身体を引き剥がそうとした。
ビチビチビチ・・・
二人がいる木から、不穏が音がし始めた。
松子は化けで一時的に自分の両手と木の細胞を一体化させた。
その上で、木を強化・成長促進させ、ゾウキメラを襲っているが、時間の問題だと判断した。
「竹男、早くとどめをさして・・・。
私はこれ以上耐えられそうにないわ」
竹男は頷き、松子を枝の付け根の比較的座りやすい位置に腰を下ろさせた。
二人が離れると、フッと松子と竹男の姿が元に戻った
ズザザザと、木の幹を滑り降りた竹男は、地団太を踏んでいるゾウキメラの元へ走った。
フライパンで炒られるポップコーンのように、振動で竹男の身体が跳ねる。
竹男は今自分がいる場所を見て、天井から不規則に柱が落ちてくるゲームステージを想像した。
「悪く思わないでくれよ」
砂埃が舞う中、竹男は精神を集中させた。
タヌキの彼は大体の範囲の毛並みは茶色いが、両手足の毛は黒い。
その黒い肩から腕にかけて、バチバチと音が鳴る。
竹男は身体強化した腕で、ゾウキメラの後左足に渾身を一撃を与えた。
グニュンっと、その分厚い皮や肉の奥までめりこんだが、骨まで達せていないことを感じた。
再び、竹男は腕に力を込め、同じ場所を殴る。
何度か繰り返していると、徐々にキメラの足の皮膚が裂けてきた。
殴っている箇所に、赤く滲んだ液体が浮かぶ。
竹男の拳も、血で滲んでいた。
痛みも何も感じなくなってきた。
キメラは、始めから何も感じていないのだろうか?
ずっと、攻撃している後ろ左足に体重を乗せ、木から離れようと踏ん張っている。
竹男は少し間合いを置いた。
身体強化を、丸くて大きな自分の尻尾に集中させた。
「これでとどめだ!」
竹男は身体を回転させ、ゾウキメラの後左足に尻尾を打ち付けた。
ゾウキメラの足は、あらぬ方向へグニャリと曲がった。
重心を乗せていた足を負傷し、キメラはバランスを崩し、左後方に身体が倒れる。
竹男は咄嗟に四足歩行姿に戻り、慌ててその場を離れた。
一方、松子はキメラがバランスを崩したことを確認し、自分も木の幹を滑り降りた。
鼻に巻き付いている枝を残し、首を絞めていた二本の枝は、幹をスライドするように下方へ移動した。
「おとなしく、狩られなさい!」
松子は二本を枝を鞭のように動かし、キメラの前足を薙ぎ払った。
キメラは抗うことができず、その巨体を地面に打ち付けた。
◇◆◇
ズシーン・・・!
山が崩れたかのように、大きな衝撃と共に、ゾウキメラは倒れた。
息はあるものも、鼻と足を負傷し、満足に動くことが出来なかった。
松子は木から離れ、フラフラになりながら、ゾウキメラに近付いた。
ゾウキメラを見て、抵抗の意思がないことを確信した。
「やったな! 松子!」
竹男が四足歩行姿で走って近付いた。
到着手前でクルンと前転し、いつもの二足歩行姿に戻った。
「竹男もお疲れ様。
足一本とはいえ、こんな馬鹿でかいのを相手に大変だったでしょう」
竹男は照れくさそうに、右手で耳を掻いた。
「ちょっと、あんた右手を怪我してるじゃない」
「どうってことないよ。
それより、早くアラームを鳴らしてくれよ」
「そうね」
松子はポケットからタブレットを取り出した。
「梅千代を呼んできてちょうだい。
膜範囲を狭めて、成分を濃くした方が・・・」
その時、松子の手が止まった。
「どうした?」竹男が首をかしげる。
「膜が、張られていない・・・」
「え!?」
元々、膜とういうのは無色透明なもので、傍目から分かるものではない。
だが、化け能力者なら、近くにいれば膜の有無くらい察知できる。
松子は先程の狩りに集中していて、いつから張られていないのか把握していなかった。
「梅を探すか?」
竹男が不安そうに尋ねる。
「いいえ、まずはアラームよ。
一分耐えれば、全てが終わるわ。
心配なのは分かるけど、今は辛抱して周囲を警戒して」
松子は毅然とした態度で言った。
タブレットを叩き、アラームを作動させる。
ビー・ビー
一分が恐ろしく長く感じる。
竹男は自分の腕時計を見る。
まだ、十秒しかたっていない。
バシャア!
その時、突然頭上から何かが降ってきた。
二人は、バケツで水を被ったように、びしょ濡れになった。
「ペッ! 何だ、これ?」
竹男は苛々しながら言った。
「これは・・・」松子は表情は青ざめた。
たちまち、タブレットを持つ手が、強制的に変化していく・・・
バキッ! ドカッ!
二人はほぼ同時に背後から何者かに強い衝撃を与えられ、その場から吹き飛んだ。
松子の手からタブレットが離れ、地面に落ちた。
アラームは止まってしまった。
「小さな体でお疲れさん」
四足歩行姿に戻った竹男の首根っこを掴み、ヒョイと持ち上げたのは、ジャンヌだった。
同じく四足歩行姿の松子はハラミに持ち上げられ、彼の頭上にいる。
「あんた達、化け解除薬なんて、イレギュラーなものを用意していたのね。
あれは、素人が使用してはいけないはずよ」
松子は悔しそうに言った。
全身に解除薬を被ってしまった以上、催眠も姿を変えることもできない。
「ああ、僕達には名医がいるからな」
ジャンヌはニヤッとして振り向いた。
クララが梅千代(四足歩行姿)を抱いて歩いてきた。
「この二人、付き合っているから、一緒にしてあげた方が良いと思うの」
クララが梅千代をジャンヌに渡した。
ジャンヌは二頭のタヌキをヒョイと両手で持った。
「梅!」竹男が叫んだ。
梅千代は気絶しているようだった。
「悪いが、確実に提出する為には、邪魔者はどっかにやりたいんだよ。
あんたらなら、死にはしないだろう」
ハラミとジャンヌは密林の方へ、方角を定める。
「残り時間、ゆっくり休んでくれ」
そう言って、ジャンヌは竹男を思いっきり投げ飛ばした。
すぐに梅千代を同じ方向へと投げた。
ギュイーンと、二人の影は空の向こうへ消えて行った。
「松子は一人ご飯とか好きって言ってたよね」
そう言いながら、ハラミは竹男達と少し軌道を変えて、松子を投げた。
松子班を追っ払い、三人は傍らの巨体に目を向けた。
「よく、こんなクソでかいのを、倒せたな。
すげーよ、あいつら」
そう言いながら、ジャンヌはアラームを鳴らした。
ハラミとクララが周囲を囲む。
一分が経過した。
タブレット画面に文字が表示される。
「任務完了です。
スタッフがそちらに向かいますが、立ち会いは任意です。
指定大型キメラをその場に残したまま、移動されても構いません。
もし、他の班がアラームを鳴らしたり、キメラを移動させたりしても、無効です」
「どうする? どっか移動しとく?」
ジャンヌは二人に尋ねた。
「折角だから、試験が終わるまでここでキャンプしようよ
ここ、すげー良い場所だし!」
ハラミの意見に二人は気持ちよく賛同した。
早速、三人はたき火の準備を始めた。
遥か上空で、黒い影が近づいてきていることを、今の三人が気付くこともなかった。




