卒業試験 五日目 ③ 招かれざる生き物
任意課題を完了したドリアン班は・・・
オランウータンのドリアンは空を見上げた。
スタッフのカンガルーが言っていたように、これから雨が降りそうな気配だ。
今までと違い、雲の量が多く、厚みもある。
雲の切れ目から、強い太陽の日射しが届く時もあるが、隠れてボンヤリしていることの方が多かった。
さっき暗くなったのは、雲の所為じゃない。
もしあれが大きな生き物の影によるもので、それを大型指定キメラと勘違いして、攻撃しようとする受験生がいたらどうする?
「密林へ行くぞ」
ドリアンは言った。
グレート・デーン犬のベルントは静かに頷いた。
「休憩しないのかい?
随分な待遇だね」
ダニエルは不服そうだった。
支給されたダニエルのジャケットはあちこち擦りむき破れている。
ゾウキメラの動きに追いつけなくなったダニエルは、クロコダイルに化けた右手でキメラの皮膚に噛みつき、くっついた。
胴体を伝って移動し、前足辺りまで到着したところで、キメラの動きによる衝撃で吹き飛ばされかけた。
咄嗟に両手を使って、巨大なクロコダイルを作り出し、その口でゾウキメラの前足にしがみついた。
しばらく引きずられる状態になったが、暑苦しいロングジャケットのお蔭で、大怪我には至らなかった。
前足を噛みつかれて、キメラが動きを止めたのは、偶然によるものだった。
しかし、二人が珍しく褒めてくれたので、ダニエルは何も言わず、メガネをクイッと上げた。
「そう言うな、エリート。
早々と任意課題をクリアしたんだ。
たまには、高みの見物も一興じゃないか」
ドリアンはニヤッと笑った。
もちろんの本意ではない。
しかし、ダニエルには効果があったらしく「仕方ないなぁ」と笑顔を作らせることに成功した。
◇◆◇
ドリアンは黙ったまま木々の間を跳び移って行く。
背中には荷物を担いだベルントを背負っている。
倍近く身長差がありそうだが、ドリアンは全く支障とせず進んだ。
ベルントとダニエルは、彼が、一体に何に向かっているのかが分からなかった。
「止まれ!」
ドリアンがダニエルに指示した。
前方には、開けた土地があった。
密林の中に点々と存在する、踏み倒された草むらによる天然のカーペットだった。
枝の隙間から見える、ドスンドスンとゆっくり地を踏む巨大な姿があった。
ドリアン班なら一目で分かる、指定大型キメラだった。
土管のような鼻の先を繊細に動かし、時折草を摘んで口元に運んでいる。
自分達が対峙したキメラよりも、穏やかな雰囲気をまとっていた。
「あれだったら、ダニエルのコートもボロボロにならずに済んだかもな」
ドリアンの背中から降りたベルントがいたずらっぽく言った。
「うるさいな。
それにしても、君も良い趣味をしているね。
ここで、合格に飢えた受験生達を待ち伏せするのかい?」
ダニエルは、エネルギー補給用ゼリーを取り出しながら言った。
ドリアンは何も言わず、ゾウキメラから少し離れたところから、じっと見つめていた。
長毛の毛先がピリピリとする。
この感覚は、きっと、本来の姿を捨てたベルントや、ヒトのダニエルにはないのだろう。
ドリアンは、何かが近づいてくるような気配をずっと感じ続けていた。
◇◆◇
それは一瞬だった。
それは、ゾウキメラの頭を一噛みで砕き、ダランとした巨体を、水を掬って飲むかのように、軽々と咥えて飛び立った。
凄まじい風をその場に引き起こし、ドリアン達は木から落ちそうになった。
風が止むと、ゾウキメラが居た場所には、水たまりのような血痕と荒れた草むらが残っていた。
ベルントとダニエルは、目の前で起きたことへの恐怖に、身体をガタガタ震わせていた。
「い、今のは、一体・・・」
「あんな、怖ろしいもの見たことがないよ・・・」
ドリアンは、歯を喰いしばった。
そして「ロース!」と大声で叫んだ。
「あれは一体何だ!?
あんなのが、うろついている状態で、俺達に試験を受けさせるのか!?」
ドリアンから離れた場所で見張っていたロースは、ビクッと耳を動かした。
彼もまた、あの生き物の姿を、遠くから見ていた。
あっさり審査員である自分の存在に気付かれているのは、癪だが、今はそれどころじゃなかった。
「早く、上に報告しろ!」
ドリアンの声は、怒りに満ちていた。
これで指定大型キメラは残り一頭になった。
受験生達はそこに集中するだろう。
それは同時に、あの生き物に受験生達が遭遇してしまうことを示唆するのだ。
「行くぞ」ドリアンは二人に行った。
「ど、どこに? 帰るの?」
ダニエルは涙声で言った。
「そんな訳ないだろ!
これから他の受験生を探しに行く。
そして、避難するよう伝えるんだ。
この事実を知っているのは、審査員除けば、恐らく俺達だけだ」
「だけど、ドリアン。
あんなのが出没しているの分かったら、中止になるんじゃないか?」
何とか冷静さを取り戻したベルントが言った。
「中止にならなかったらどうする?
試験期間中は何が起きても自己責任、が前提だ。
とにかく、この事実を皆が知っていることが重要だ」
ドリアンは、ベルントの腰に手を回し、担ごうとした。
だが、ベルントがそれを断った。
「俺は、地上を進むよ。
密林の地上に居る可能性が高いのは、グレイ班とロナウド班だ。
四足歩行で走る位なら、麻痺もあまり気にならないしな。
荷物を頼んだよ」
そう言って、ベルントは木から降りた。
四足歩行姿に変え、草むらの方へ言った。
クンクンとゾウキメラ達が居た場所の臭いを嗅ぐ。
「君達は、好きに移動してくれて構わない。
俺は臭いで君達を追跡できる。
何か用があれば、互いに声を掛け合おう」
「分かった。まずは、密林内を探そう。
ダニエル、行くぞ」
自分の体長よりも長い荷物を背負って、ドリアンは再び移動を始めた。
ダニエルは怯えた表情をしつつも、ドリアンについて行った。
◇◆◇
グレイ班の審査員は、キンイロジャッカルのクッキーと、グル―パー島スタッフのウサギだった。
日替わりで審査する班は変わるが、最も長い五日目試験の担当が、グレイ班なのはありがたい。
彼らは常に三人まとまって行動するので、尾行しやすい。
その上、試験が始まってからずっとねぐらとしている洞窟から出てこない。
恐らく、任意課題を受けることを諦めたのだろう。
最終日を楽に過ごせるのは嬉しかった。
ワンワンワンッワン!
ガルルルル・・・!
グレイ班のいる洞窟の中から、彼らの吠える声が聞こえた。
非常に興奮しているようだ。
クッキーは、不思議そうに洞穴の入口から彼らを覗いてみた。
「落ち着いて、二人共!」
雌コヨーテのマーブルが戸惑いながら叫ぶ。
シベリアンハスキー犬のグレイと、キタキツネのサンドは、その場で四足歩行姿で立ち、尻尾をピンと立てている。
毛先や髭が逆立ち、今すぐにでも決闘を始めてしまいそうだ。
おいおい、ここに来て、仲間割れか・・・?
クッキーは少し面倒そうに思った。
ちゃんと顛末を見届けて、グループ点にも反映させないといけない。
とっとと終わらせてくれ、と願った。
だが、少しすると、二人は舌を出して呼吸しながら、足を折り畳み、寝る体勢に入った。
「ありがとう、マーブル。大丈夫だ」
グレイは落ち着いた声色に戻っていた。
「一体、何だったんだろう、今のは?
ダコタカーペットの辺りだろな、きっと」
サンドが地面にペタンと顔をつけながら言った。
「もしかしたら、今の気配が、今回の指定大型キメラなのかもしれないな。
だとすれば、参加しなくて正解だったよ。
あんなの、俺達どころか、ドリアン班だって無理だろう」
どこかに行ったみたいだし、念のためもう少し時間を置いてから外に出よう」
「ああ、そうだな」
三人は再び眠りについた。
喧嘩が始まらずに済んで、クッキー達は一安心した。
「落ち着いたようですね」
スタッフのウサギが言った。
「全くだ。
グレイ班は縄張りを密林内に張っているから、そこに侵入したキメラに過剰反応したんだろう。
大したもんだ。
日頃の訓練に加え、試験中本来の姿に戻し、野生の勘を磨いただけあるな。
俺も見習わないと。
気が緩んで、全然察知できなかったよ」
「そうなんですか。
いやぁ、あんな巨大な気配なのに。
私も正直、背筋が凍りましたよ。
さすがキバ組織、余裕がありますね」
「え? たかだか、ゾウキメラでしょう。
グル―パー島では、観光名物でもあるのに」
クッキーは不思議そうに言った。
「ゾウキメラだったんですか?
いやはや、私もまだまだ経験が浅いな。
ゾウキメラって、あんな狂暴だったんだ」
ウサギは自分の頭と耳を撫でながら言った。
クッキーは、ウサギとの会話がかみ合っていないと感じたが、審査に集中する為、洞穴の方を見た。
◇◆◇
グル―パー島北東部には、湖と火山がある。
湖は、二日目試験にカリンバ班が猪狩りをしたところでもある。
その広大な湖は、場所によって様子を変える。
キタキツネの松子、タヌキの竹男と梅千代は、火山と湖が最も近い場所にいた。
火山の影響で豊潤な土壌のおかげで、湖付近は緑豊かで美しい姿を現していた。
水質も他と異なっており、様々な生物が生息していた。
(動物界において、家畜・野生動物の分類対象は原則哺乳類であり、魚類・爬虫類・昆虫類等は含まれない。
よって、湖に生息する生物のほどんどは、自然発生のものだが、それを獲ることについて、大きな規制はない。
ただし、希少種や、過剰な乱獲の場合は、それに当てはまらない)
松子は、湖の水を掬って、口にした。
身体が大きな生き物は、大量の栄養を求める。
それを満たすには、数を摂取するか、高い質のものを摂取するかだ。
ここは、大型キメラが過ごすにふさわしい場所だと確信した。
「松子」 竹男が声をかけた。
プオオオオオ・・・!
振動が心地よく伝わってくるようだ。
松子は愉しそうに目を細めた。
他班は、自分達を奪う作戦で挑むと思っているだろう。
今回は、ターゲットの数が非常に少ない。
先に狩った方が、はるかに有利なのだ。
「来るぞ」
竹男と梅千代は、少し不安そうに、鳴き声のする方を見つめた。




