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卒業試験 五日目 ② 指定大型キメラ

五日目試験開始直後、オランウータンのドリアン、グレート・デーン犬のベルント、ヒトのダニエルは、西の管理棟の塀の外で、ある大きな鳴き声を聞いた・・・

 プオオオオオオオーッ!


 西の管理棟は、敷地を高い塀で囲っていた。

 塀には、大小様々な鉄製の門が所々につけられていた。

 最も大きな門の場所を、ドリアン班は、試験が始まる前までに確認した。

 そして管理棟のスタッフや、他の班に悟られない様に注意しながら、交代で見張っていた。


「ドリアンの推測が当たった!」

 耳が痛くなる鳴き声に、ダニエルは身震いした。


 門が開いた。

 巨大な生き物が、管理棟の敷地を一歩超え、ズシンと地面を踏みしめた。


 泥と砂が混じったような色味の皮膚は分厚く、関節ごとに深い溝のような皺が刻まれている。

 全身がテラテラと光を反射させるほど、ネットリと濡れている。


 生温かい熱風は、その生き物を鼻息だった。

 ブオンブオンと、大木の幹の様な鼻を振り回し、先端の二つの穴から、空気が行き来していた。


 ベースはアフリカゾウのようだが、大きさはその倍あった。

 長い鼻と、帆のように広がった両耳がパタパタと動いている。

 カバのキメラでもあるのか、濡れたような皮膚をしていて、皺が一つ一つ粘液で覆われている。


「間違いなく、こいつのようだな」

 ベルントをおんぶしたドリアンが到着した。

 ありさに撃たれたベルントは、身体の麻痺が完全にとれずにいた。


「試験開始と同時に指定大型キメラを三頭放つ。

 つまりターゲットは、試験が始まるまでは、この試験会場にはいない、と考えられる。

 ならば、ターゲットとなるキメラが待機するに最も適した場所は、家畜飼育場のここしかない。

 かなりデカいが、過去の課題でも、あれ位のサイズのキメラ狩りが出されたことがあるようだ」

 ベルントが言った。


「出てきたのは、一頭だけか、ダニエル」

「ああ。もう扉は閉まっているみたいだし」


 ドリアンは首元の長い毛を撫でた。

「審査側も、俺達みたいな奴がいることを想定していたんだろうな。

 残り二頭は、上手く別のところから放つんだろう」


「おしゃべりは、程ほどにしないか。

 他の班に気付かれる前に、回収まで持っていきたい」

 ドリアンから降り、二足歩行で立つベルントが言った。


「そうだな」ドリアンはうなづいた。


「どうやって、生け捕りにするんだ?

 あんなにデカいと、ベルントの麻酔銃も効かないんじゃないか?」

 ダニエルが尋ねた。


 ブワァァァッと、砂埃が三人にかかった。

 しばらくじっとしていたゾウキメラが、三人の方を向いたのだった。


 ゾウキメラは、見知らぬ生き物がいることを認識した。

 何枚も重なったような瞼に埋もれた瞳が、ギロリと光る。

 ブゥシュゥ・・・

 気圧弾のような、重い鼻息が三人を襲った。


「ひぃぃぃぃ!」

 ダニエルは、引きつったような声をあげた。


「アフリカゾウもカバも、自分やテリトリーに危険が及ぶとなれば、かなり狂暴化する」

「管理棟をテリトリーとしているなら、最も近くにいる俺達は、間違いなく敵だろうな」

 ドリアンとベルントは笑みを浮かべて言った。


     ◇◆◇


「移動するか?」ドリアンはベルントを見て言った。


「いや、ここで大丈夫だ。

 その代わり、二人でゾウキメラを動かしてくれ」

 ベルントは腰を下ろし、背負っていた荷物から銃などを取り出し、組み立て始めた。


「分かった。

 よし、行くぞ、ダニエル」

「え、行くって、どこにだい?」


 その問いに答えることなく、ドリアンはゾウキメラに向かって走り始めた。

「ドリアン!?」


「お前も早く行けよ。

 それとも怖いのか?

 北アメリカ一のエリートが?」

 ベルントは言った。


「じょ、冗談じゃない。

 ただ、僕はもっとスマートに取り組むべきだと思ったまでさ」

 ダニエルはメガネをクイッとあげた。


「良いから、早く行けよ」

 ベルントは、銃口でダニエルの背中を押すようにつついた。


「うわっ、やめてくれよ。まったく・・・」

 ぶつぶつ言いながら、ダニエルも出発した。 


 ゾウキメラは両耳を大きく動かしていた。

 逆に、鼻を動かすのは止め、狙いを定めるかのように、ドリアンとダニエルを見下ろした。


「俺達から逃げるのではなく、戦おうとするゾウキメラの本能に敬意を表しないとな」


「どうするつもりだ、ドリアン?」


「塀からキメラを離す。

 ベルントが動けない以上、俺達でキメラをベルントの射程範囲に連れ込む。

 理想はあの辺だな」

 ドリアンは、塀の向かい側の、密林がある方向を指差した。

「壁は死角を作る。

 何もない草原の方まで、キメラを動かすぞ。

 俺がキメラの前で誘導する。

 ダニエルは、後ろから移動を促せ」


 ドリアンはフンッと、気合を入れた。

 折り曲げた足を、身体の両側に開き、手の甲の部分を地につけ、力を込めた。

 そして、カエルが跳ねるように、一気にゾウキメラの鼻の付け根まで飛んで行った。


「うわぁ」

 ダニエルが一瞬見とれてしまっていると、ドスンッと先程よりも強い地響きが発生した。

 ドリアンがゾウキメラに飛びついたせいで、興奮し始めたのだ。

「急がないと!」

 ダニエルは、ゾウキメラの周囲をぐるりとやや遠回りに走った。


 ゾウキメラの鼻の付け根に到着したドリアンは、がっしりと全身でしがみついた。

 違和感を感じたゾウキメラは、頭を横に振った。


「うぐぅ!」

 遠心力に負けない様に、ドリアンは手足指に力を込めた。

 だが、力を入れようとすればするほど、皮膚が滑って上手く掴めない。

「カバの汗で体をまとう習性を応用しているのか?

 これだけデカいと、出てくる量も半端ねぇな。

 うわっ!?」


 ドリアンは、滑り台のように、鼻の付け根から鼻先に向かって滑り落ちた。

 ゾウキメラは、先端を上げていたので、鼻はアルファベットのUの字を描いていた。

 そのUの底の部分で止まったドリアンは、パッと立ち上がり、今度は鼻先の方に向かって登ろうとした。


「プオオオオ!」

 鼻に感じる異物を振りほどこうと、ゾウキメラは力強く鼻を塀の方へ振った。

 ドリアンは、勢いに耐えられず、吹き飛ばされ、塀に激突した。


 身体強化で体を保護したドリアンは、塀にめり込んだ。


「一筋縄ではいかないようだな」

 ドリアンは、ニヤリと笑い、再び足に力を込めた。


 今度は鼻先に向かって飛んだ。

 そこに掴まるのではなく、右腕だけを、太い鼻に巻きつけた。

 腕の長いドリアンでも、鼻の周囲の半分程しか到達しなかった。

 それでもしっかり固定し、自分が地面に落ちようとする力に合わせ、ゾウキメラの鼻を塀の反対方向へ向けようとした。


 鼻先を強い力で引っ張られたゾウキメラは、頭も体もその方向へ動かした。

 ドスンドスンと、巨大建築物の柱のような足で歩き始める。


「こっちだ!」

 地面に着地したドリアンはすぐに飛び、ゾウキメラの鼻先に掴まり、またジャンプして地面に降りた。

 ゾウキメラは、目の前に現れた異質な生き物に抵抗しようと鼻を振り回し、突進しようとした。


 ゾウキメラが動き始めたことを確認したダニエルは、背後に回った。

 後ろ蹴りされないように距離を保ちながら、右腕をバチバチと鳴らした。


「本当はこんな乱暴なことはしたくないんだけど」

 そう言いながら、右手をアオダイショウに化けさせた。

 伝輝と戦った時よりも、大きいものだった。


 ダニエルはその状態で走り出し、ゾウキメラの左後ろ脚へ近づいた。

「ヒッ!」

 頭上を、ゾウキメラの尻尾が掠める。

 フリフリしてるつもりだろうが、こちらからすれば、クレーンのチェーンが暴走しているようだった。


「痛い思いをしたくないなら、僕達の言う通りにしてくれ!」

 ダニエルはアオダイショウの右腕を振りかざした。

 それは鞭のようにしなり、ゾウキメラの左後ろ足に当たった。


「プオオオ!」

 ゾウキメラは更に歩みを進めた。

 どんどん塀から離れ、ドリアンが指定した草原の広いところで進んで行く。

 まるで大型トラックの様に、巨体が加速する。

 数回攻撃したが、ダニエルは追いつけなくなった。

「クッ・・・!」

 ダニエルは右手を、別のものへ変化させた。


 ベルントは、銃の組み立てを終え、ガシャンと構えた。

 普段使っている狩猟用の麻酔銃よりも大きく、明らかに武装用に見えた。

 スコープ越しにゾウキメラを捉える。

 視角だけではなく、獲物の臭いを敏感に感じ取る。

 そこから距離と位置を測り、獲物を最も傷つけずに仕留められる場所を探す。

 ただ狙うだけなら、何てことない。

 重要なのは、あの分厚い皮膚に覆われた生き物を一発で気絶させることだ。

 身体の部分によって微妙に異なる臭いを感じ取りながら、ベルントはじっとその時を待っていた。


 ゾウキメラに追いつかれそうになったドリアンは、ベルントとの現在の位置を確認した。

 悪くない位置だ。

 ドリアンは、激しく駆動するゾウキメラの身体によじ登った。

 バッサバッサと揺れる左耳の付け根に到着し、その耳を引っ張り、穴が見えるようにした。

 動きを止めるには、体内に直接麻酔薬をぶち込む必要があるからだ、


 ゾウキメラは再び頭を大きく動かした。

 ドリアンは背中に沿って飛んでいきそうになった。

 しかし、何とかゾウキメラの耳に掴まったまま、留まることができた。


 耳の裏側が良い具合に、ベルントがいる方向に向いてくれている。

 しかし、このスピードのままでは、すぐに射程位置から離れてしまう。

 ゾウキメラの動きを止めるか、遅くさせないと・・・


「ブオッ!」

 ガクンッと、ゾウキメラの身体が大きく揺れた。

 先程の突進の勢いはなく、留まっているようだ。

「何が起きた?」

 ゾウキメラの耳を引っ張った状態のまま、ドリアンは背中の方へ移動した。

 

 見下ろすと、ゾウキメラの左前足外側に、ボロボロのダニエルがうつ伏せになっている。

 彼の両腕の先はクロコダイルになっていた。

 ゾウキメラの前足を一本丸ごと食らいつけるほどの大きさがあった。


「やるじゃないか、エリート」ドリアンはつぶやいた。

 ベルントの方を見ると、しっかりと獲物を捕らえていた。


 ベルントはトリガーを引いた。


 小型ミサイルの様に、銃口からカプセルが飛び出し、ゾウキメラの耳に直撃した。

 衝撃と麻酔薬の効果で、ゾウキメラは意識と平衡感覚が保てず、右側へ身体が倒れていった。


 ドリアンは、軽やかにゾウキメラの身体を伝って降り、ダニエルを拾って安全な距離まで移動した。


 ドシーン!

 地震の様な揺れと砂埃が起き、動かないゾウキメラが横たわっていた。


     ◇◆◇


 ドリアンはアラームを鳴らした。

 塀に反射するのか、重なるように音が響いた。

 三人はゾウキメラを囲み、周囲を警戒した。


 一分後、パパパと管理棟からスタッフが現れた。

 がっちりと太い二の腕の筋肉を持つ、カンガルーのラッセルもその一人だった。


 三人は、ラッセルが自分達を見て妙に不機嫌そうな表情をしているのに気付いた。

 ベルントとダニエルは、キッと睨み返したが、ドリアンが手を振り上げ止めた。


「おめでとー。二十四時間もいらなかったね」

 スタッフがゾウキメラを化けで小さくし、片付けている間、ラッセルは任意課題完了を三人に知らせた。


「残りの時間はどーすんの?

 すげー、余っているんだけど」

 言葉のトゲを隠せないまま、ラッセルは話した。


 ブワッ・・・


 一瞬夜になったのかと思う程暗くなった。

 思わず顔を上げると、すぐに眩しい太陽が顔を出していた。


「何だ、今の?」


「雲に隠れただけだろ?

 早く、決めろよ。

 今日はこの後、雨が降りそうだし・・・」

 ラッセルは少々焦りながら言った。


 ドリアンは黙っていた。

 やがて、引き続き、外に居ることを選んだ。


 管理棟スタッフは全員その場を後にした。


 ベルントが不思議そうにドリアンを見る。

「どうして、ロビーに行かないのかい?

 君は少し身体を休めるべきだ」

 

「嫌な予感がするんだ」

 ドリアンはずっと草原の向こうを見ていた。


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